Jamieson-Fausset-Brown Commentary Critical and Explanatory on the Whole Bible
Robert Jamieson, A. R. Fausset, David Brown · 1871
Commentary Critical and Explanatory on the Whole Bible (1871). CCEL expanded electronic edition states it is in the public domain.
- 翻訳進捗
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- en
ペテ一 2:1-25.
勧め。
新しく生まれた幼子として、キリストなるかしら石の上に建てられた霊的な神殿の生ける石、王なる祭司としての自らの特権の意識によって、偽りのないことばの養いを求めること。また、肉の欲を避け、生活のあらゆる関係においてふさわしく歩み、自分たちに反対する外部の世界が彼らの良い行いを見て神に栄光を帰さずにはおれなくなるようにすること。善を行って苦しむ際の忍耐において従うべき偉大な模範としてのキリスト。
1. 捨てて──「一度きり」を意味する。ギリシア語のアオリストが 脱ぎ捨てる 衣のように表現する。この勧めはクリスチャンにのみ適用される。なぜなら、「内なる人」
(エペ 3:16)
として新しい性質を持っているのは彼らの中にのみであり、その新しい性質が古いものを外的なものとして脱ぎ捨てることができるからであり、それゆえクリスチャンは内なる人の絶え間ない更新を通して、外面的にも新しい人として現れることができる。しかし不信者に対しては、内面的に、ヌース(心)に関して、変わらなければならない、すなわち メタノエイン(悔い改める)ことが求められる [シュタイガー(Steiger)]。「だから」は
ペテ一 1:22 で
始まった勧めを再びつなぐ。あなたがたは朽ちない種から新しく生まれたのだから、再び悪に絡み取られてはならない。悪は「実体的な存在を持つものではなく、わたしたちの内に形作られた存在に反して作用することである」 [テオピュラクトス(Theophylactus)]。「悪意」等は、あなたがたが「たましいをきよめて」至った「兄弟愛」
(ペテ一 1:22)
と全く相容れない。ここに挙げられた悪徳は、上で教えられた兄弟愛に逆らうものである。それぞれの後に続くものは直前のものから生じ、愛に逆らう罪の 系譜 を成す。悪意 から 偽り が生じ、偽り から 偽善(自分がそうでないものを装い、自分が実際そうであるものを示さないこと。「偽りのない愛」、「偽善のない愛」の反対)が生じ、偽善 から、自分が偽善をしなければならないと考える人々への ねたみ が生じ、ねたみ から他者を悪意と嫉妬をもって傷つける 悪口 が生じる。偽り は持続的な 性向、偽善 はそこから流れ出る 行為 である。偽りのない人はねたみを知らない。比較せよ、
ペテ一 2:2、
「純真な」、ギリシア語「偽りのない」。「悪意 は他者の害を喜び、ねたみ は他者の善を苦しみ、偽り は心に二重性を与え、偽善(へつらい)は舌に二重性を与え、悪口 は他者の人柄を傷つける」 [アウグスティヌス(Augustine)]。