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Matthew Henry's Complete Commentary

Matthew Henry · 1714

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Matthew Henry's Complete Commentary

Matthew Henry · 1714

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Matthew Henry 사후(1714) 공개 도메인. 디지털판 CC0-1.0.

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2 Chronicles 6章 서론 Matthew Henry's Complete Commentary

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主の栄光が厚い雲という乗り物に乗ってソロモンの建てた宮に満ち、それによって神がそこに臨在されることを示されたので、ソロモンは直ちにこの機会を活かして神に向かって語りかけた。今や神は特別な仕方で近くにおられる方であった。 I. 彼はこの宮を建てた自分の意図を荘厳に宣言し、民を満足させ神に栄光を帰した。そして民と神の双方を祝福した(2Ch 6:1-11)。 II. 彼は神に荘厳に祈り、この宮のうちで、あるいはこの宮に向かってささげられるすべての祈りを恵みをもって受け入れ、答えてくださるよう願い求めた(2Ch 6:12-42)。本章全体はすでにほとんど変わらない形で記されており(1Ki 8:12-53)、ここで改めて立ち返ってみるのも有益であろう。

2 Chronicles 6章 1-42 Matthew Henry's Complete Commentary

Solomon's Prayer to God (1004 BC)

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ソロモンの神への祈り (紀元前1004年)

¹ そのときソロモンは言った。「主は厚い暗やみの中に住むと仰せられた。
² しかし私はあなたのために住みかの家を、とこしえにあなたの住む場所を建てました。」
³ 王は顔を向け、イスラエルの全会衆を祝福した。イスラエルの全会衆は立っていた。
⁴ 彼は言った。「イスラエルの神、主はほむべき方。主は御手をもって、私の父ダビデに御口で語られたことを果たされた。すなわち、
⁵ 『わたしが民をエジプトの地から連れ出した日から今日に至るまで、わたしはイスラエルのすべての部族の中から、わたしの名をそこに置くために家を建てる町を一つも選ばず、またわたしの民イスラエルの上に治める者を選ばなかった。
⁶ しかしわたしはエルサレムを選び、わたしの名をそこに置いた。またダビデを選んで、わたしの民イスラエルの上に立てた。
⁷ 今、私の父ダビデの心には、イスラエルの神、主の御名のために家を建てることがあった。
⁸ しかし主は私の父ダビデに仰せられた。『あなたがわたしの名のために家を建てようと心にかけたことは良かった。
⁹ しかしあなたはその家を建ててはならない。あなたの腰から出るあなたの子が、わたしの名のためにその家を建てる。』
¹⁰ それゆえ主は語られた御ことばを果たされた。私が父ダビデに代わって立ち、主が約束されたようにイスラエルの王座に着き、イスラエルの神、主の御名のために家を建てたからである。
¹¹ そこに私は箱を置いた。その中に ある 主の契約は、主がイスラエルの子らと結ばれたものである。」

私たちのすべての宗教的な行いにおいて、良い意図を持ち、目が単一であることは極めて重要である。もしソロモンがアハシュエロスがその盛宴を 自分の王国の富とその威光の誉れを示す ためだけに設けたように、自分の心の誇りからこの神殿を建てたのであれば、それは彼の益には全くならなかったであろう。しかし彼はここで、どんな動機からこれに着手したかを宣言する。そしてそれはこの企てを正当化するだけでなく、大いなるものとする。 1. 彼は神の栄光と誉れのためにこれを行った。これが彼のこの事における最高かつ究極の目的であった。それは イスラエルの神、主の御名のため であり(2Ch 6:10)、 彼の住みかの家 (2Ch 6:2)となるためであった。神は私たちに対しては 暗やみをその幕屋とされた(2Ch 6:1)が、この家をその暗やみの住所としよう。というのも、神は上の世界に、いかなる目も近づけないような光の中に住まわれるからである。 2. 彼は神がエルサレムを選ばれたこと、すなわち御名を記す都市として選ばれたこと(2Ch 6:6)に従ってこれを行った。 わたしはエルサレムを選んだ 。エルサレムには王、その君主たち、王室のために多くの堂々たる建物があった。もし神がその場所を選ばれるなら、そこに他のすべてにまさる神のための建物があるのが当然である。もし人がそこでこのように尊ばれたなら、神もこのように尊ばれるように。 3. 彼は父の良い意図を追ってこれを行った。その意図は父が実行に移す機会を持たなかったものである。 私の父ダビデの心には、神のために家を建てることがあった 。この計画は彼の父のものであった。彼の誉れとして知られよ(2Ch 6:7)。神はこれを認められた。ただ実行に移すことは許されなかった(2Ch 6:8)。 あなたがそれを心にかけることは良かった 。神殿のわざはしばしばこのようになされる。一人が蒔き、別の者が刈り取る(Joh 4:37,38)。一つの時代が始めるものを次の時代が完成に至らせる。最も知恵ある者も、先人たちが据えた良い計画を追求し、その土台の上に建てることを、自分の価うちを下げることと思ってはならない。すべての良い作品が独創的なものというわけではない。 4. 彼は神が語られたことばを果たすためにこれを行った。神は あなたの子がわたしの名のために家を建てる と言われた。そして今彼はそれを行った(2Ch 6:9,10)。この奉仕は彼に任命され、その誉れは神の約束によって彼に予定された。それゆえ彼は自分の思いからではなく、神に召されてこれを行った。わざを任命する者が、わざを行う者を任命するのは当然である。そして自分の召しが明確に見える者は、大きな満足を持ってそのわざに進むことができる。

¹² 彼はイスラエルの全会衆の前で主の祭壇の前に立ち、手を広げた。
¹³ ソロモンは真鍮の台を造っていた。長さ五キュビト、幅五キュビト、高さ三キュビトのものを。これを庭の真ん中に置いた。その上に彼は立ち、イスラエルの全会衆の前でひざをつき、天に向かって手を広げた。
¹⁴ そして言った。「イスラエルの神、主よ。天にも地にもあなたのような神はありません。契約を守り、心を尽くしてあなたの前に歩むしもべに、あわれみを示される方。
¹⁵ あなたはそのしもべダビデに約束されたことを守られた。御口で語り、御手でこれを果たされた。今日のとおりである。
¹⁶ それゆえイスラエルの神、主よ。あなたのしもべダビデに約束されたことを守ってください。『あなたの前に、イスラエルの王座に着く者が絶えることはない。ただし、あなたの子らが自分の道に気をつけ、わたしの律法に従って歩むように。あなたがわたしの前に歩んだように。』と。
¹⁷ 今、イスラエルの神、主よ。あなたのしもべダビデに語られたみことばが真実であるようにしてください。」
¹⁸ 「しかし神は本当に人と共に地に住まわれるのでしょうか。見よ、天と天の天もあなたを包容できないのに、まして私が建てたこの家をや。
¹⁹ それゆえ、私の神、主よ。あなたのしもべの祈りと願いを顧みてください。あなたのしもべがあなたの前にささげる叫びと祈りに耳を傾められるように。
²⁰ あなたの目が昼も夜もこの家に、あなたが御名を置くと仰せられた場所に開かれていますように。あなたのしもべがこの場所に向かってささげる祈りに耳を傾められるように。
²¹ それゆえ、あなたのしもべとあなたの民イスラエルの願いに耳を傾められるように。彼らがこの場所に向かって祈るとき。あなたの住む所、すなわち天から聞いてください。そしてあなたが聞かれるとき、お赦しください。
²² もし人が隣人に対して罪を犯し、誓いを求められ、彼に誓わせるなら、その誓いがこの家のあなたの祭壇の前に来る場合、
²³ そのとき、天から聞いて、わざを行い、あなたのしもべたちをさばいてください。悪人にはその道の報いをその頭上に返し、義人にはその義にしたがって報いて、義と認めてください。
²⁴ もしあなたの民イスラエルが、あなたに対して罪を犯したために敵の前に敗れ、立ち返ってあなたの御名を告白し、この家であなたの前に祈り、願いをささげるなら、
²⁵ そのとき、天から聞いて、あなたの民イスラエルの罪を赦し、あなたが彼らとその父祖たちに与えた地に彼らを再び帰らせてください。
²⁶ もし彼らがあなたに対して罪を犯したために天が閉ざされ、雨がないなら、なお、彼らがこの場所に向かって祈り、あなたの御名を告白し、あなたが彼らを苦しめられるとき、その罪から立ち返るなら、
²⁷ そのとき、天から聞いて、あなたのしもべたちとあなたの民イスラエルの罪を赦してください。彼らの歩むべき良い道を教えられたとき。そしてあなたがあなたの民に相続地として与えられた地に雨を送ってください。
²⁸ もし地にききんがあり、疫病があり、立ち枯れや黒穂病、いなごや毛虫があり、敵が彼らの地の町々で彼らを包囲するなら。どんな災いも、どんな病気があっても、
²⁹ そのとき、すべての人が、あるいはあなたの民イスラエルのすべてがささげるどんな祈りや願いであれ、おのおの自分の災いと悩みを知り、この家で手を広げる場合、
³⁰ そのとき、あなたの住む所である天から聞いて、赦し、その道のすべてにしたがって各人に報いてください。その心をあなたが知られるのですから。(あなただけが人の子らの心を知られるからです。)
³¹ それは彼らが、あなたが私たちの父祖たちに与えられた地に生きている間、あなたを恐れてあなたの道を歩むためです。
³² また、あなたの民イスラエルのでない異邦人について、あなたの大いなる御名と、あなたの力強い御手と、伸ばされた御腕のゆえに、遠くの国から来た者が、この家で祈る場合、
³³ そのとき、天から、すなわちあなたの住む所から聞いて、その異邦人があなたに呼び求めるすべてのとおりに行ってください。地のすべての民があなたの御名を知り、あなたの民イスラエルのようにあなたを恐れ、また私が建てたこの家があなたの御名によって呼ばれることを知るためです。
³⁴ もしあなたの民が、あなたが遣わされる道を通って敵に向かって戦いに出るなら、彼らがあなたが選ばれたこの都と、私があなたの御名のために建てた家に向かってあなたに祈るなら、
³⁵ そのとき、天から彼らの祈りと願いを聞いて、彼らの訴えを助けてください。
³⁶ もし彼らがあなたに対して罪を犯し(罪を犯さない人はいないからです)、あなたが彼らに怒り、彼らを敵に引き渡し、彼らを捕虜として遠くにも近くにもの地に連れ行くなら、
³⁷ 彼らが捕らえ移された地で思い返し、立ち返って捕囚の地であなたに祈り、『私たちは罪を犯しました。曲がったことをし、悪を行いました』と言うなら、
³⁸ 彼らが捕囚の地で心を尽くし、たましいを尽くしてあなたに立ち返り、彼らを捕囚とした者たちが彼らを連れて行った捕囚の地から、あなたが彼らの父祖たちに与えられた彼らの地に向かい、 あなたが選ばれた都 に向かい、私があなたの御名のために建てた家に向かって祈るなら、
³⁹ そのとき、天から、すなわちあなたの住む所から、彼らの祈りと願いを聞いて、彼らの訴えを助け、あなたに対して罪を犯したあなたの民を赦してください。
⁴⁰ 私の神よ。どうかあなたの目が開き、この場所でささげられる祈りにあなたの耳が傾けられますように。
⁴¹ 今、主なる神よ。あなたの安息所に立ち上がってください。あなたと、あなたの力の箱と。主なる神よ。あなたの祭司たちが救いを着物としてまとい、あなたの聖徒たちが幸いを喜びますように。
⁴² 主なる神よ。あなたの油注がれた者の顔を退けないでください。あなたのしもべダビデのあわれみを思い出してください。」

ソロモンは前の節で、神殿を神の誉れと奉仕のために献げる献堂の証書に、いわば署名し、封印した。今ここで彼は聖別の祈りをささげる。これによって神殿はキリストの型とされた。キリストは大いなる仲保者であり、私たちはその方を通してすべての祈りをささげ、すべての神の恵みを期待し、神と関わるすべての事においてその方に目を注ぐ。この祈りの詳細はすでに開いた(1Ki 8:12-53)。それゆえここでは、私たちの瞑想にふさわしい少数の箇所を拾い集めるのみとする。

I. ここに、折に触れて置かれた教理的な真理がいくつかある。 1. イスラエルの神は比類のない完全な存在であるということ。私たちは神を描写できない。しかし次のことは知っている。 天にも地にも神のような方はいない(2Ch 6:14)。すべての被造物は同類を持つが、造り主は同等な者を持たない。神はすべてに無限にまさり、 すべての上に、永遠にほむべき神 である。 2. 神は、語られたすべてのことばに真実であり続け、真実をもって仕える者はすべて、神が忠実で親切な方であることを必ず見いだすということ。神を常に自分の前に置き、 心を尽くしてその前に歩む 者は、神が約束に忠実である以上のものを見いだす。神は彼らと契約を守り、あわれみを示される(2Ch 6:14)。 3. 神は無限で広大な存在であり、天と天の天も包容できず、神の奉仕において私たちができる最上のことも神の幸福に何も加えないということ(2Ch 6:18)。神は被造物の境界を無限に越え、すべての知的存在の賛美を無限に越える。 4. 神であり、 ただ神だけが、人の子らの心を知られる ということ(2Ch 6:30)。すべての人の思い、目的、感情は神の前に裸であり、開かれている。私たちの心の想像と意向が人、御使い、悪魔から隠されていても、神からは隠せない。神は心の中にあるものだけでなく、心そのものとそのすべての鼓動を知られる。 5. 現世においては罪のない完全などというものはないということ(2Ch 6:36)。 罪を犯さない人はいない 。否、 善を行って罪を犯さない者はいない 。彼はこう書いている。ここで語ることと一致して(伝 7:20)。

II. ここに、留意すべきいくつかの仮定や場合が置かれている。 1. 人と人との間に疑いや論争が生じた場合、双方が神に訴え、その証言が事柄を決定しなければならない者に誓いを負わせることに同意するであろう、と彼は仮定した(2Ch 6:22)。誓いに対する宗教的な畏敬は、古くからのものとして、人の間に良心と正しい理性の残りがある限り続くものと推定される。 2. イスラエルが深い平和と静けさを享受していたとしても、悩みの時が来るであろう、と彼は仮定した。彼は彼らの繁栄の山が強く立っていて動かないとは考えなかった。否、彼は罪がそれを動かすと予期した。 3. 他の時には神を呼び求めなかった者たちも、苦難の中では早くから熱心に神を求めるであろう、と彼は仮定した。苦難の中で彼らは自分の罪を告白し、あなたの御名を告白し、あなたに願いをささげるであろう。悩みは、神に「去ってください」と言った者たちを神に駆り立てる(2Ch 6:24,26,28)。 4. 異邦人が遠くから来てイスラエルの神を礼拝し、神に敬意を払うであろう、と彼は仮定した。これもまた、諸国の神々が何と価値のないものであるか、またイスラエルの神が全地の主であることの証拠をどれほど示されたかを考えれば、合理的に期待できることであった。

III. ここに、極めて適切な願いがある。 1. 神がこの家を認め、これに目を注ぎ、御名を置くと仰せられた場所としてくださること(2Ch 6:20)。もし神ご自身がこれを永遠の安息所とすると仰せられなかったなら、彼は信仰をもって、この家に他のいかなる家以上の特別な恵みを示すよう神に求めることはできなかった。聞かれる祈りは、みことばによって保証されなければならない。私たちは、神がキリストにあって私たちを喜んで受け入れることを、謙虚な確信をもって祈ることができる。神がご自身において喜ばれたと宣言されたからである。 これはわたしの愛する子である 。しかし神は今、どんな家についても「これはわたしの愛する場所である」とは仰せられない。 2. 神がその場所で、あるいはその場所に向かってささげられる祈りを聞き、受け入れてくださること(2Ch 6:21)。彼は、彼らが自分自身のために祈るかどうかにかかわらず、神が彼らを助けてくれるよう求めたのではない。彼らの祈りに答えて神が助けてくれるよう求めたのである。キリストのとりなしでさえ、私たちの願いに取って代わるのではなく、むしろ励ます。彼は神がその住む所、すなわち天から聞いてくださるよう祈った。天は今も神の住まいであり、この神殿ではない。そしてそこから助けは来る。 あなたが聞かれるとき、お赦しください 。ここで、私たちの罪の赦しこそが、私たちの祈りに対する他のすべての答えへの道を備える。 3. 神がなされるすべての訴えにおいて公平にしたがってさばいてくださること(2Ch 6:23,30)。これは私たちは信仰をもって祈ることができる。必ずなされると確信しているからである。神はさばきをもって正しく座に着かれる。 4. 民が悔い改め、改心し、神を求めるとき、神があわれみをもって彼らに立ち返ってくださること(2Ch 6:25,27,38,39)。これも私たちは信仰をもって祈ることができる。悔いる者を受け入れる神の用意の繰り返しの宣言に基づいて。 5. 神が異邦人をこの家に迎え入れ、彼らの祈りに答えてくださること(2Ch 6:33)。もし義務において異邦人と国生まれの者に一つの律法があるなら(Le 24:22)、特権においてもなぜないのか。 6. 神があらゆる機会に、その民イスラエルの訴えを認め、すべての反対者に対して彼らの訴えを弁護してくださること(2Ch 6:35)。 彼らの訴えを助けてください 。そして再び(2Ch 6:39)。もし彼らが神のイスラエルであるなら、彼らの訴えは神の訴えであり、神はそれを担われる。 7. 彼はこの祈りを、良い父から学んだ、父の詩篇の一つから借りたいくつかの表現で結ぶ。それらは列王記にはなかったが、ここにはある(2Ch 6:41,42)。神のことば全体が、祈りにおいて私たちを導くのに役立つ。そして私たちは、神の御霊のことば以上に良い言葉で、神に表現することができるであろうか。しかしこれらの言葉は、特別な仕方でソロモンを導くのに役立った。それらが彼が今行っているこのわざに関係していたからである。それらは詩篇にある(Ps 132:8-10)。彼は祈いた(2Ch 6:41)、(1.) 神が神殿を所有し、所有を保たれること。それをご自身の安息所として。 あなたと、箱と 。箱の神なしに、箱の定めは何をなしえようか。 (2.) 神殿の奉仕者たちを公の祝福としてくださること。 彼らに救いを着物として着せてください 。すなわち、彼らを救うだけでなく、義のいけにえをささげることによって他を救う器としてください。 (3.) 神殿の奉仕が、すべての主の民の喜びと満足に豊かに向かうこと。 あなたの聖徒たちが幸いを喜びますように 。すなわち、 あなたの家の幸いにおいて(Ps 65:4)。 「ここに礼拝に来るすべての者が、宦官のように、喜んで帰って行きますように。」彼は二つのことを弁明する(2Ch 6:42)。 [1.] 神に対する自分自身の関係。 あなたの油注がれた者の顔を退けないでください 。主よ、あなたは私を王として任命された。そして私を認められないのですか。 [2.] 父との神の契約。 あなたのしもべダビデのあわれみを思い出してください 。ダビデの神に対する 敬虔 (ある者はそう理解し、その言葉は時にそう意味する)—神の箱に対する彼の敬虔な配慮と関心(詩 132:1,2等を見よ)、あるいはダビデに対する 神の約束 。それは彼にとってあわれみであり、彼のすべての悩みにおける大いなる支えと慰めであった。私たちは、ソロモンがここでするように、キリストに目を向けて弁明することができる。「私たちは、神が私たちの顔を退け、私たちと私たちの祈りを拒否されるに値します。しかし私たちは主イエス・キリストの御名において来ます。 あなたの油注がれた者、あなたのメシヤ (その言葉はそうである)、 あなたのキリスト (LXX訳はそう)。あなたは常にこの方を聞かれ、決して この方の顔を退けられない 。私たちには弁明すべき自分の義はない。しかし主よ、 あなたのしもべダビデのあわれみを思い出してください 。」キリストは神のしもべであり(Isa 42:1)、 ダビデ と呼ばれる(Hos 3:5)。「主よ、そのあわれみを思い出し、それらに基づいて私たちを受け入れてください。父の誉れと人の救いに対するその深い関心と、その原理からなされたこと、その苦しみを思い出してください。永遠の契約の約束を思い出してください。それは自由の恵みがキリストにあって私たちに与えたものであり、 ダビデの確かなあわれみ と呼ばれる(Isa 55:3、Ac 13:34)。」これが私たちのすべての願い、すべての望み、すべての祈り、すべての訴えでなければならない。それは私たちのすべての救いだからである。