Matthew Henry's Complete Commentary
Matthew Henry · 1714
Matthew Henry 사후(1714) 공개 도메인. 디지털판 CC0-1.0.
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1 さて使徒たちとユダヤにいる兄弟たちとは、異邦人たちも神の言を受け入れたと聞いた。
2 そしてペテロがエルサレムに上ってきたとき、割礼を受けている者たちが彼と論争した。
3 「あなたが割礼を受けていない人々のところにはいり、彼らと共に食事をした」と。
4 しかしペテロは事の次第を初めから順序正しく彼らに説き明かして言った。
5 「わたしはヨッパの町で祈っていた。すると恍惚状態の中で幻を見た。大きな布のような器が四隅から天から降ろされて、わたしのところに来た。
6 それをじっと見つめて観察すると、地の四つ足の獣、野の獣、這うもの、空の鳥が見えた。
7 そして声が聞こえた。『ペテロよ、立って、屠って食べよ』。
8 わたしは言った、『主よ、それはいけません。俗で汚れたものは、これまで一度もわたしの口にはいったことはありません』。
9 すると声が二度目に天から答えた。『神がきよめたものを、あなたは俗としてはならない』。
10 このようなことが三度あった。そしてこれらはすべて再び天に引き上げられた。
11 すると見よ、カイザリヤからわたしのところに遣わされた三人の人が、わたしのいた家にやって来た。
12 御霊がわたしに、ためらわずに彼らと共に行けと命じた。またこの六人の兄弟もわたしと一緒に行った。そしてわたしたちはその人の家にはいった。
13 彼は、御使いが彼の家に現れて、『ヨッパに人を遣わし、ペテロという名のシモンを呼びよせよ』と言って立っているのを、どのように見たかを、わたしたちに話してくれた。
14 その人が、あなたとあなたの全家の者が救われる言葉を語るであろう。
15 わたしが語り始めると、聖霊が最初わたしたちの上に下ったように、彼らの上に下った。
16 そこでわたしは、主が『ヨハネは水でバプテスマを授けたが、あなたがたは聖霊のバプテスマを受ける』と言われたことを思い出した。
17 すなわち、主イエス・キリストを信じたわたしたちに神が与えられたと同じ賜物を、神が彼らにお与えになったのなら、わたしは何者であって、神に逆らうことができようか」。
18 人々はこれを聞いて静まり、神を賛美して言った、「それでは神は異邦人にも、いのちに至る悔い改めをお与えになったのだ」。
コルネリオへの福音の説教は、異邦人の貧しい罪人であるわたしたちが、多くの喜びと感謝をもって振り返る理由を持つ事であった。それは暗闇の中に座するわたしたちに光をもたらすことであったから。さてこれが信じるユダヤ人にも信じないユダヤ人にも大きな驚きであったので、それがどのように受け取られ、どのようなコメントがなされたかを尋ねる価値がある。ここに、
一、それについての知らせがすぐにエルサレムとその周辺の教会にもたらされた。というのもカイザリヤはエルサレムから遠くなく、すぐに聞くことができたから。ある者は好意から、ある者は悪意から、その報せを広めるであろう。彼自身がエルサレムに帰る前に使徒たちとそこおよびユダヤにある兄弟たちは異邦人たちも神の言を受け入れたことを聞いた。すなわちキリストの福音を。それは単に神の言ではなく、神の言である。それはすべての神の啓示の要約と中心であるから。彼らはキリストを受け入れた。その名は神の言と呼ばれるから(黙示19:13)。異邦人の国に離散していたユダヤ人や、ユダヤ教に改宗した異邦人だけでなく、これまで共通の交わりを持つことが不法であると考えられていた異邦人自身が教会の交わりに迎え入れられ、彼らが神の言を受け入れたこと。すなわち、1. 神の言が彼らに宣べ伝えられたこと。これは彼らが期待した以上の栄光が彼らに与えられたことであった。それにもかかわらず、わたしはこれが、すべての造られたものに福音を宣べ伝えるように委任された者たちにとって驚くべきことと思えるのを不思議に思う。しかし高慢と偏見の先入観はこのようにしばしば神の真理の最も明らかな啓示に反して固く保たれる。2. それが彼らによって迎え入れられ、服されたこと。これは彼らが期待した以上の良いわざが彼らにおいてなされたことであった。おそらく彼らは、福音が異邦人に宣べ伝えられても無駄であろうという考えを持っていた。なぜなら福音の証明は異邦人が受け入れない旧約聖書からこれほど多く取り出されていたから。彼らは異邦人を宗教に傾かない、その印象を受けそうにないと見なし、それゆえ彼らが主の言を受け入れたと聞いて驚いた。注記。わたしたちは、試みられるとき非常に従順であることが分かる者たちに善を行う望みを持ちすぎる傾向がある。
二、信じるユダヤ人たちがそれにつまずいたこと(使徒11:2,3)。ペテロ自身がエルサレムに上ってきたとき、割礼を受けた者たち—割礼に対する畏敬を保っていたユダヤ人の改宗者たち—が彼と論争した。彼らは彼が割礼を受けていない人々のところにはいり、彼らと共に食事をしたことを罪として彼に負わせた。それによって彼が使徒職の栄光を汚したか、失ったと彼らは考える。そして教会の非難を受けるべきであると。彼らが彼を誤りのない者、すべての者が彼に責任を負い、彼はだれにも責任を負わない教会の最高の頭として見なしたとはほど遠い。ここに見よ。1. 教会を独占し、すべての事においてわたしたちのようでない者をそこから、また恵みの手段の益れから除外することが、教会の毒と損害であることがいかに多いか。教会の富を独占しようとする狭い魂がある。世の富を独占しようとする者がいるように。地の真ん中に独り置かれたいと願う者のように。これらの人々はヨナの考えであった。ヨナは自分の民への嫉妬から、ニネベ人が神の言を受け入れたことに腹を立て、それを正当化した。2. キリストの牧師たちは、公言した敵だけでなく公言する友人からも、彼らの愚かさや弱さのゆえにだけでなく、時宜を得て良くなされた彼らの良い行いのゆえにさえ、非難され、論争されることを不思議に思ってはならない。しかし、もしわたしたちが自分のわざを証明したなら、兄弟たちからどのような反映を受けても、ペテロがそうであったように、自分自身のうちに喜びを持つことができる。キリストの奉仕において熱心で勇気ある者たちは、慎重であるという口実の下に冷たく無関心な者たちから非難されることを期待しなければならない。普遍的で、寛大で、慈善的な原則を持つ者たちは、自信満ちで狭量な者たち—そばにいてください。わたしはあなたよりも聖いのですと言う者たち—から非難されることを期待しなければならない。
三、ペテロは事実の十分で公正な説明を与え、それはいかなるさらなる議論や言い訳なしに、彼を正当化し、彼らを満足させるのに十分であった(使徒11:4)。彼は事の次第を初めから順序正しく彼らに説き明かした。そして彼が間違ったかどうかを彼ら自身に訴えることができた。それは最初から終わりまで神ご自身のわざであり、彼のではなく。
彼は、もしその事を正しく理解していたなら、彼らは彼と論争せず、彼を称賛したであろうことを当然とする。そしてわたしたちが非難において寛容で、それを控えるべき良い理由である。というのも、わたしたちがこのように進んで追い落とそうとするものを正しく理解するなら、おそらくそれに乗る理由を見るであろうから。他の者が疑わしいことをするのを見たとき、彼らと論争する代わりに、彼らがどのような根拠で行ったかを尋ねるべきである。そしてその機会がないなら、自分たちでそれが耐えうる最善の解釈を下し、時の前に何も裁かないべきである。
彼は彼らの意見において正しく立つことを非常に望み、彼らに満足を与えるために骨を折る。彼は自分が使徒の頭であることを主張しない。彼はその偽の後継者たちが主張するような至上権の考えから遠く離れていた。彼らに、自分が進んだ根拠において自分自身で満足しており、彼らはそれについて心を煩わせる必要がないと告げるだけで十分だとも思わない。彼は異邦人についての自分の中にある望みの理由を、そして彼が彼らと同じであった以前の考えから退いた理由を、与える用意がある。最初悪く見え、つまずきを与えたわたしたちの行動を真の光に置くことは、自分自身にも兄弟にも負う義務である。それによって兄弟の道からつまずきを取り除くことができる。さてペテロが自分のために何を主張するかを見よう。
(1) 彼は幻によって、儀式の律法によって作られた区別をもはや保たないよう教えられた。彼は幻について語る(使徒11:5,6)。前にあったように(使徒10:9等)。そこで地に降ろされたと言われた布は、ここでは彼のところに来たと言われる。この事情はそれが特に彼への教えとして意図されたことを示唆する。わたしたちはこのように、神が人の子らにされたご自身のすべての啓示がわたしたちに来るのを見るべきである。信仰によってそれらを自分自身に適用する。ここで加えられるもう一つの事情は、布が彼に来たとき、彼はそれに目を留め、それを観察したことである(使徒11:6)。もし神の事の知識に導かれたいなら、それらに心を留め、考察しなければならない。彼は彼らに、良心のゆえに何も問わず、あらゆる種類の食物を区別なく食べるよう命じられたことを告げる(使徒11:7)。洪水ののち(と思われる)まで人は肉を全く食べることを許されなかった(創世記9:3)。その許可はのちに儀式の律法によって制限された。しかしここで制限は取り払われ、事は再び大らかにされた。キリストの目的は、節度と節制の律法と、滅びる食物よりも永遠のいのちに至る存続する食物を優先する律所以外の律法によって、被造物の慰めの使用においてわたしたちを縮めることではなかった。彼は、異邦人と交わることや彼らのごちそうを食べることを、彼らができたのと同じくらい厭っていたと訴える。それゆえ与えられた自由を拒んだ。主よ、それはいけません。俗で汚れたものは、これまで一度もわたしの口にはいったことはありません(使徒11:8)。しかし天から告げられたのは、事態は今や変わったということ。神は以前汚れていた人々や事物をきよめられた。それゆえ彼はもはやそれらを俗と呼ばず、特別な民がかかわるのにふさわしくないと見なしてはならない(使徒11:9)。それゆえ神が事を変えられたとき、彼が自分の考えを変えたことで非難されるべきではなかった。この性質の事において、わたしたちは自分の現在の光にしたがって行動しなければならない。しかしそれらについての自分の意見に固執し、事が他のようであり得るか、他のように見え得る場合に、さらなる啓示に偏見を持ってはならない。神はこれをわたしたちに啓示されるかもしれない(ピリピ3:15)。そして彼らがそこで欺かれていないことを確かにするために、それが三度行われたと告げる(使徒11:10)。同じ命令—屠って食べよ—と同じ理由—神がきよめたものは俗と呼ばれてはならない—が二度、三度繰り返された。そしてそれが神からの幻であることをさらに確認するために、彼が見たものは空中に消え去るのではなく、天に再び引き上げられた。そこから降ろされたのだが。
(2) 彼は特に御霊によって、コルネリオが送った使者たちに同行するよう導かれた。そしてその幻がこの事において彼を満足させるために意図されたことが現れるように、彼は使者たちが来た時—幻を持った直後—を彼らに観察させる。しかしこれでもって彼の道を明らかにするのに不十分であることを恐れ、御霊は彼にカイザリヤから彼のところに来た人々と共に行けと命じた(使徒11:11,12)。ためらわずに。彼らは彼が行く異邦人であり、彼と共に行く異邦人であったが、彼は彼らと共に行くことに何のためらいも持ってはならなかった。
(3) 彼は割礼を受けている彼の兄弟たちの何人かを共に連れて行った。彼らも彼と同様に満足するように。そしてこれらの者をヨッパから連れて来た。彼がどれほど慎重に進んだかについて彼のためにあかしするために。それに対してつまずきが取られることを予見して。彼は単独で行動せず、相談して。軽率にではなく、十分な熟考の上で。
(4) コルネリオも幻を持っており、それによってペテロを呼び寄せるよう導かれた(使徒11:13)。彼は御使いを家に見たことを話してくれた。ヨッパに人を遣わし、ペテロという名のシモンを呼び寄せよと言った。神との交わりを持ち、天との通信を保つ者たちが、ノートを比較し、互いの経験を伝え合うことがいかに良いことかを見よ。ここによって彼らは互いの信仰を強め合うことができる。ペテロはコルネリオの幻によって自分の幻の真理をいっそう確証され、コルネリオはペテロのによって。御使いがコルネリオに語ったことにここで何かが加えられる。前はペテロを呼び寄せよ。彼はあなたに語る。あなたにすべきことを告げる(使徒10:6,32)であった。しかしここでは彼はあなたとあなたの家の者が救われる言葉を語るであろう(使徒11:14)。それゆえあなたにとってそれは非常に重大であり、彼を呼び寄せることは計り知れない益となる。注記。[1] 福音の言葉は、わたしたちが救われる—永遠に救われる—ことのできる言葉である。単にそれらを聞き読むことによってではなく、それらを信じ従うことによって。それらはわたしたちの前に救いを置き、それが何であるかを示す。それらはわたしたちに救いの道を開き、もしわたしたちがそれらによって定められた方法に従うなら、わたしたちは怒りとのろいから確かに救われ、永遠に幸いな者となる。[2] キリストの福音を受け入れる者は、それによって家族にも救いをもたらされる。あなたとあなたの全家の者が救われる。あなたとあなたの子どもたちは契約に取り入れられ、救いの手段を持つ。あなたの家は、彼らが信じるなら、救いの益れにあなた自身と同じように歓迎される。あなたが持つ最も身分の低いしもべでさえ。きょう救いがこの家に来た(ルカ19:9)。ここまでは救いはユダヤ人からであった(ヨハネ4:22)。しかし今や救いはユダヤ人にあったのと同じように異邦人にももたらされた。その約束、特権、手段は、かつてユダヤの国民に専属されていたのと同じように、すべての国民に豊かに完全に伝えられる。
(5) 事をすべての争いのかなたに置いたのは、異邦人の聞く者たちの上への聖霊の降下であった。これが異邦人を交わりに迎え入れることは神の御心であるという証拠を完成させた。[1] 事実は明らかで否定できなかった(使徒11:15)。わたしが語り始めると(そしておそらく彼は自分の胸の中に何らかの秘密の嫌悪を感じ、割礼のない者に説教することが正しいかどうか疑った)、すぐに聖霊が彼らの上に下った。最初わたしたちの上に下ったのと同じ目に見えるしるしにおいて。そこには誤りがあり得なかった。このように神はなされた事を証明し、それへのご自身の承認を宣言された。聖霊が与えられる説教は確かに正しい。使徒はガラテヤ人たちと論じるときこれを仮定する。あなたがたは律法のわざによって御霊を受けたのか、それとも信仰の聞くことによってか(ガラテヤ3:2)。[2] ペテロはこれによって、主が彼らを去るときの言葉を思い出した(使徒1:5)。ヨハネは水でバプテスマを授けた。しかしあなたがたは聖霊のバプテスマを受ける(使徒11:16)。これは明らかに示唆する。第一に、聖霊はキリストの賜物であり、彼の約束の産物であり成就である。彼らのために天に行ったときに残された大きな約束。それゆえこの賜物が彼から来たことは疑いなく、彼らを聖霊で満たしたのは彼の行為であった。彼の口によって約束されたように、彼の手によって成就され、彼の恵みのしるしであった。第二に、聖霊の賜物は一種のバプテスマであったこと。それを受けた者は、バプテスマのヨハネ自身が水でバプテスマを授けた者の誰よりもすぐれた仕方で、それによってバプテスマを受けた。[3] そのように言葉づけられたその約束を、いま授けられたこの賜物と比較して、これらの人々がバプテスマを受けるべきかどうかの問題が起こったとき、彼はその問題はキリストご自身によって決定されたと結論した(使徒11:17)。それなら神がわたしたちと同じ賜物を彼らにお与えになったから。主イエス・キリストを信じるわたしたちにお与えになったように、彼らも彼を信じることによって。わたしは何者であって、神に逆らうことができようか。神が聖霊でバプテスマを受けた者たちを、わたしが水でバプテスマを受けるのを拒むことができたか。彼が意味されるもののしるしを与えられた者たちに、わたしがそのしるしを拒むことができたか。しかし、わたしは何者であったか。何ですって。神を禁ずる力があると。神の御心を制御したり、天のはかりごとに反対したりすることがわたしにふさわしいと。注記。魂の回心を妨げる者たちは神に逆らう。神がご自身と交わりに迎れた者たちを、交わりから除外する方法を工夫する者たちは、自分たちの上に多くを取る。
四、ペテロが与えたこの説明は彼らを満足させ、すべては良くなった。このように、二部族半がヨルダンの岸に自分たちのための祭壇を建てた真の意図と意味について、ピネハスとイスラエルの君たちに説明したとき、論争は取り下げられ、彼らはそれがそうであったことを喜んだ(ヨシュア22:30)。ある人々は、非難を人に押し付けると、後になってそれが不当で根拠のないことが明らかになっても、それに固執する。ここではそうでなかった。というのもこれらの兄弟たちは、割礼の者であり、その傾向は反対の方向にあったが、これを聞いたとき、1. 彼らは非難を取り下げた。彼らは静まり、ペテロがしたことについてこれ以上何も言わなかった。彼らは手を口に置いた。今や神がそれをされたことを悟ったから。今やユダヤ人としての尊厳を誇る者たちは、神が異邦人を迎え入れ、彼らと等しく分け与えることによって、彼らの誇りを汚しておられるのを見始めた。そして今やその預言は成就した。あなたはもはやわたしの聖なる山のゆえに高ぶらない(ゼパニヤ3:11)。2. 彼らはそれを賛美に変えた。彼らはペテロと論争することをやめて口を閉じただけでなく、ペテロの務めを通して、また共に神がなされたことを賛美するために口を開いた。彼らは自分たちの誤りが正されたことを感謝し、神が貧しい異邦人に、彼らが示そうとした以上のあわれみを示されたことを喜んだ。それでは神は異邦人にも、いのちに至る悔い改めをお与えになったのだと言って。神は彼らに、その牧師たちのために彼らの中に入場の門を開くことによって悔い改めの手段を与えられただけでなく、悔い改めの恵みを与えられた。ご自身の聖霊を彼らに与えることによって。御霊はどこでも慰め主として来る前に、まず罪を悟らせ、罪を見て悲しむことを与え、次いでキリストを見てその中に喜ぶことを与える。注記。(1) 悔い改めは、もしそれが真実であれば、いのちに至るものである。それは霊的ないのちに至る。真に自分の罪を悔いる者はすべて、新しい生活—聖い、天的な、神のような生活—を送ることによってそれを証明する。悔い改めによって罪に死ぬ者はそれから神に生きる。そしてそのとき初めて、わたしたちは真に生き始める。それは永遠のいのちに至るであろう。すべての真の悔いる者は生きる。すなわち神の恵み—それはいのちであり、いのちよりも良い—に回復されるであろう。彼らは自分の罪の赦しの確証によって慰められ、永遠のいのちの保証を持ち、ついにはその享受を持つであろう。(2) 悔い改めは神の賜物である。それを受け入れる神の自由な恵みだけでなく、石の心を取り除き、肉の心を与える神の力ある恵みが、わたしたちの中にそれを働かせる。神の献げ物は砕かれた霊である。神ご自身がこの小羊を備えられる。(3) 神がいのちを与えようと計画される所ではどこでも、悔い改めをお与えになる。これは封印された赦しとこの世における確立された平安の慰めのため、そして他の世において神を見、神を楽しむための必要な準備であるから。(4) 神がご自身の子イエスを高められたことは、わたしたちの大きな慰めである。イスラエルに悔い改めと罪のゆるしを与えるため(使徒5:31)だけでなく、異邦人にも。
Acts 11章 19-26 Matthew Henry's Complete Commentary
19 さてステパノのことに関して起こった迫害のために散らされた人たちは、フェニキ、キプロス、アンテオケまで行き、ユダヤ人以外の者にはだれも御言葉を語らなかった。
20 ところが、その中にキプロスとキュレネから来た数人の人たちがいたが、アンテオケに着いてからギリシャ人に向かって語りかけ、主イエスの福音を宣べ伝えた。
21 主の御手が彼らと共にあった。そして多くの者が信じて主に立ち返った。
22 この出来事がエルサレムにある教会の耳に入った。そこで彼らはバルナバをアンテオケまで行かせることにした。
23 彼はそこに着いて、神の恵みを見て喜び、心を定めて主にすがりつくようにと、すべての人に勧めた。
24 彼は善良な人、そして聖霊と信仰とに満ちた人であった。それから多くの人々が主に加えられた。
25 そこでバルナバはサウロを捜しにタルソへ出かけた。
26 そして彼を見つけて、アンテオケに連れてきた。彼らはまる一年のあいだ教会の人々と集まり、大ぜいの人々を教えた。弟子たちは、アンテオケではじめて、キリスト者と呼ばれるようになった。
ここにわたしたちは、シリアの首都アンテオケにおける教会の植え付けと水やりについての記述を見る。アンテオケはのちに帝国第三の重要都市と見なされ、ローマとアレクサンドリアだけがそれより前に置かれ、その総主教の次位にアンテオケのそれが置かれた。それは旧約聖書で読むハマテやリブラがあったところに位置していた。この歴史の筆者ルカ、ならびにこれを捧げるテオピロもアンテオケの出身であったことが示唆される。これが、ルカがアンテオケでの福音の成功に特に注意を払う理由かもしれない。またそこでパウロが有名になり始めたことにもよる。ルカは彼の物語に向かって急いでいるから。さてアンテオケの教会について観察せよ。
一、そこの福音の最初の説教者たちは、迫害によってエルサレムから散らされた者たちであった。その迫害は(ある人々の計算では)五、六年前、ステパノの死の時に起こった(使徒11:19)。彼らはフェニキや他の場所にまで旅し、御言葉を宣べ伝えた。神は彼らが迫害されるのを許された。それによって彼らが世界に散らされ、多くの実を結ぶために、神への種として蒔かれるためであった。このようにして教会に害を意図したものは、その益となるようにされた。レビ族に対するヤコブののろい(わたしはヤコブにおいて彼らを分け、イスラエルにおいて彼らを散らす)が祝福に変えられたように。敵たちは彼らを散らして失おうと意図し、キリストは彼らを散らして用いようと意図された。このように人の怒りは神を賛美するようにされる。観察せよ。
迫害から逃げた者たちは自分のわざから逃げなかった。一時的に彼らは苦しむことを避けたが、奉仕を避けなかった。いな、彼らは以前よりも広い機会の場に自らを投じた。福音の説教者たちを迫害した者たちは、それによって彼らが異邦人の世界にそれを持って行くのを防ぐことを期待した。しかしそれは彼らがそれをより早めることになっただけである。それにもかかわらず、彼らはそうは意図せず、その心もそうは考えなかった。一つの町で迫害された者たちは他へ逃げた。しかしその宗教を彼らと共に携えた。自分たちがそれの慰めを自分たちで取るためだけでなく、それを他の人々に伝えるため。このようにして彼らが道を避けたとき、それは彼らが苦しむことを恐れたからではなく、さらに多くの奉仕のために自分たちを保留しようと望んだからであることを示した。
彼らはわざにおいて前進し、主の良きみこころが彼らの手の中で繁栄するのを見出した。ユダヤ、サマリヤ、ガリラヤで成功裏に説教したのち、彼らはカナンの地の境界を出て、フェニキ、キプロスの島、そしてシリアに旅した。さらに旅するほど自分たちを危険にさらすにもかかわらず、彼らは旅を続けた。plus ultra—さらに先へが彼らの標語であった。これほど良いわざを進め、これほど良い主人に仕えるにあたって、苦労を惜しまず、危険を恐れなかった。
彼らはユダヤ人以外にはだれにも御言葉を語らなかった。それらのすべての場所に散らされていたユダヤ人たちに。彼らは自分自身の会堂を持ち、そこで彼らだけで会い、彼らに説教した。彼らはまだ、異邦人たちが共同の相続人、同じからだの肢体となることを理解していなかった。むしろ異邦人たちを、ユダヤ人に転じさせて教会に入るか、あるいはそのままの状態でとどまるかに任せた。
彼らは特に、ここではギリシャ人と呼ばれる、アンテオケにいたギリシャ語を話すユダヤ人たちに心を向けた。説教者たちの多くはユダヤとエルサレムの生まれであった。しかしそのうちの何人かは生まれながらキプロスとキュレネの出身であった。バルナバ自身(使徒4:36)やシモン(マルコ15:21)のように。しかしエルサレムで教育を受けた。そしてこれらの者たちは自らギリシャ語を話すユダヤ人であったので、自分と同じ呼称と区別を持つ者たちに特別な関心を持ち、アンテオケで彼らに熱心に働きかけた。ライトフット博士は、彼らがそこでヘレニスト、あるいはギリシャ人と呼ばれたのは、彼らがその市の法人または市民権のユダヤ人であったからだと言う。なぜならアンテオケはシロ・ギリシャの都市であった。彼らは彼らに主イエスを宣べ伝えた。これが彼らの説教の絶え間ない主題であった。キリストのしもべたちがキリスト以外の何を語るべきか。キリスト、そして十字架につけられたキリスト。キリスト、そして栄光を受けられたキリスト。
彼らは説教において素晴らしい成功を収めた(使徒11:21)。(1) 彼らの説教には神の力が伴った。主の御手が彼らと共にあった。ある人々はこれを、彼らの教理を確証するためのしるしを行う力として理解する。これらにおいて主は彼らと共に働き、しるしに続くものをもって御言葉を確証された(マルコ16:20)。これらにおいて神は彼らにあかしをされた(ヘブル2:4)。しかしわたしはむしろこれを、聴衆の心に働き、リディヤの心が開かれたようにそれらを開く、神の恵みの力として理解する。多くの者がしるしを見たが改心しなかったから。しかし御霊によって理解力が照らされ、意志がキリストの福音に屈したとき、それは力の日であった。その日に志願兵たちが主イエスの旗の下に集められた(詩篇110:3)。主の御手が彼らと共にあった。彼らが外の耳に語ることしかできなかったものを、人々の心と良心に持ち込むために。主の御手がそれに伴って、それを心に書きつけるとき、主の御言葉はその目的を達する。主の御腕が現された(イザヤ53:1)御福音の報告を、人々が信じるようにさせられるとき。神が強い御手をもって教えられるとき(イザヤ8:11)。これらは使徒たちではなく、普通の牧師たちであった。それでも主の御手が彼らと共にあり、不思議なわざをした。(2) 豊かな善がなされた。多くの者が信じて主に立ち返った。彼らが直面した外的な不利な事情を考えれば、期待できたよりもはるかに多くの者たちが。あらゆる種類の人々のうちの幾人かが働きかけられ、キリストへの従順にもたらされた。観察せよ。変化は何であったか。[1] 彼らは信じた。彼らは福音の真理を確信し、その御子に関する神のあかしに同意した。[2] その効果と証拠は、彼らが主に立ち返ったこと。彼らは偶像の奉仕から立ち返ったとは言えない。彼らはユダヤ人であり、まことの神だけを礼拝する者であったから。しかし彼らは律法の義に対する信頼から、キリストの義、信仰による義だけに頼るように立ち返った。彼らは怠惰で無関心な肉的な生活様式から、聖く、天的で、霊的で、神のような生活を生きるように立ち返った。彼らは外見と儀式で神を礼拝することから、霊と真理をもって彼を礼拝するように立ち返った。彼らは主イエスに立ち返り、彼が彼らにおいてすべてとなられた。これが彼らの上になされた回心のわざであり、それはわたしたち一人一人の上にもなされなければならない。それは彼らの信仰の実りであった。心から信じるすべての者は主に立ち返る。どんなに告白し自称しても、わたしたちが福音の中でわたしたちに提供されるキリストを心から受け入れないなら、本当に福音を信じているとは言えない。
二、アンテオケでこのように始められた良いわざは大いなる完成に至った。このように設立された教会は、バルナバとサウロの務めによって繁栄する教会へと成長した。彼らは他の説教者たちが据えた土台の上に建て、彼らの労苦に入った(ヨハネ4:37,38)。
(1) 彼らは福音がアンテオケで受け入れられたという良い知らせを聞いた(使徒11:22)。そこにいた使徒たちは、周辺の国々でわざがどのように進んでいるかを探求した。そしておそらく、説教者たちがいるすべての場所との連絡を保った。それでアンテオケで多くの者が改心したというこれらの事の知らせが、すぐにエルサレムにあった教会の耳に入った。教会で最も顕著な立場にある者たちは、より低い領域にいる者たちのために心を配るべきである。
(2) 彼らはバルナバを至急彼らのもとに派遣した。彼らは彼に行き、これらの有望な始まりを助け励ますことを望んだ。彼らは彼を、彼らからの使節、彼らの全体の代表者として送り出し、彼らの間での福音の成功を祝うため。説教者と聴衆の両方にとって喜びの事柄として。そして彼らは両方と共に喜んだ。彼はアンテオケにまで行かなければならなかった。それは遠い道であったが、それほど遠くても、彼は公の奉仕のためにその旅を引き受けることを喜んだ。おそらくバルナバはこの種のわざに特別な才能を持っていた。活動的で人付き合いが良く、動き回ることを好み、他の者が家で善を行うのを喜ぶのと同じくらい国外で善を行うことを喜んだ。ゼブルンの霊—彼はその出て行くことを喜んだ—を他の者がイッサカルの霊—彼はその天幕で喜んだ—を持つのと同じほど持っていた。そして彼の賜物がこの方向にあったので、彼はこのわざに用いられるのに最も適していた。神はさまざまな奉仕のためにさまざまな賜物を与えられる。
(3) バルナバは、福音が前進し、彼の同胞の幾人か、キプロスの男子(彼自身その国の出身であった。使徒4:36)がそれにおいて器であったことを見出して、驚くほど喜んだ(使徒11:23)。彼は着いて、神の恵みを見た—アンテオケの人々に対する神の善意のしるし、彼らの間の神の良いわざの証拠—そして喜んだ。彼は観察するために時間を取った。そして彼らの公の礼拝だけでなく、日常の会話や家族においても、彼らの間に神の恵みを見た。神の恵みがあるところ、それは見られるであろう。木はその実によって知られるように。そしてそれが見られるところ、それは認められるべきである。わたしたちが他の人々の中に見る良いものは何であれ、それを彼らのうちにある神の恵みと呼び、その恵みにその栄光を帰すべきである。そしてわたしたち自身それの慰めを取り、それを喜びの事柄とすべきである。わたしたちは他の人々の中に神の恵みを見て喜ぶべきであり、特に期待しなかったところでそれを見るとき、なおさらである。
(4) 彼は彼らを定着させるために自分にできることをした。信仰に改心した者たちを信仰において確証するために。彼は彼らを勧めた—parekalei。これはバルナバの名の解釈(使徒4:36)と同じ言葉、hyios parakleseos—勧めの子である。彼の才能はその方向にあり、彼はそれを取引した。勧める者は勧めに専念すべきである(ローマ12:8)。あるいは、慰めの子(わたしたちはそう訳す)として、彼は心を定めて主にすがりつくように彼らを慰め、励ました。彼らの間の良いわざの始まりを彼が喜べば喜ぶほど、これらの良い始まりにしたがって進むように彼らに対してより真剣であった。わたしたちが慰めを得る者たちをわたしたちは勧めるべきである。バルナバは彼らの間に神の恵みを見たことで喜び、それゆえに忍耐するように彼らに対してより真剣であった。[1] 主にすがりつく。注記。主に立ち返った者たちは主にすがりつくことが関心である。彼に従うことから離れず、彼に従うことに怠け疲れないこと。主イエスにすがりつくことは、彼に依頼し彼に献身する生活を生きることである。彼をしっかりと捕らえるだけでなく、彼によってしっかりと捕らえられること。主にあって、またその力の力にあって強くあれ。[2] 心を定めて彼にすがりつく。知的で、堅固で、慎重な決意。良い根拠の上に立ち、その土台に固定されて(詩篇108:1)。自分のたましいを主のものとなる絆で縛ること。そしてルツのように言うこと。私を去るように、あるいはあなたに従って行くことから立ち返るように、私に勧めないでください。
(5) ここに彼は彼の良い性格の証拠を与えた(使徒11:24)。彼は善良な人であり、聖霊と信仰に満ちていた。そしてこの機会にそうであることを証明した。[1] 彼は非常に穏やかで、愛想の良い、丁寧な気質の者であることを示した。彼自身人を喜ばせる術を持ち、他の人々に教えることができた。彼は正しい者だけでなく、善良な人、気質の良い者であった。そのような牧師たちは、自分自身とその教理を、外にある者たちの良い意見に非常に推薦する。彼は善良な人であった。すなわち寛大な人であった。彼が地所を売り、その金を貧しい人々に与えたとき(使徒4:37)、そう証明したように。[2] これによって、彼が御霊の賜物と恵みに豊かに満たされていることが示された。彼の自然の気質の良さだけでは、彼が聖霊に満ち、主の御霊の力に満ちていなければ、この奉仕の資格を得ることはできなかったであろう。[3] 彼は信仰に満ちていた。自らキリスト教の信仰に満ち、それゆえに他の人々の間にそれを広めることを切望した。信仰の恵みに満ち、愛によって働くその信仰の実りに満ちていた。彼は信仰において健全であり、それゆえに彼らがそうなるよう促した。
(6) 彼は、外にある者たちを招き入れることによっても、内にある者たちを建て上げることによっても、善を行う器であった。多くの人々が主に加えられ、それによって教会に加えられた。以前に主に立ち返った多くの者がいたが、なお多くの者が立ち返るべきである。あなたが命じられたとおりに成ったが、なお余地がある。
バルナバはサウロを迎えに行き、アンテオケでの福音のわざに彼と共に加わった。わたしたちが彼について聞いた最後の知らせは、彼の命がエルサレムで求められたとき、彼が生まれの町タルソに送られたということであった。そして彼はそれ以来ずっとそこに留まり、疑いなく善を行っていた。しかし今やバルナバは、彼がどうなったかを見るため、アンテオケで機会の門が開かれていることを彼に告げるため、彼がそこでしばらく自分と共に過ごすことを願うため、特にタルソへの旅をする。使徒11:25,26。そしてここでもバルナバが善良な人であったことが二つの点で現れる。(1) 活動的で有用な人を隠れたところから連れ出すためにこれほど苦労を惜しまなかったこと。弟子たちが彼を避けていたとき、エルサレムでサウロを弟子たちに紹介したのは彼であった。そして彼が追い込まれた隅からより公の立場に連れ出したのも彼であった。斗の下のろうそくを持ってきて、燭台の上に置くことは非常に良いわざである。(2) アンテオケにサウロを連れてくることで。サウロは首席の説教者(使徒14:12)であり、おそらくより人気のある説教者として、そこで彼をしのぐ可能性があった。しかしバルナバは、それが公の奉仕のためであるなら、しのがれることを非常に喜んだ。もし神がその恵みによって、わたしたちが持つ能力に応じてできる限りの善を行うように促されるなら、より大きな能力を持つ他の者たちがより大きな機会を持ち、わたしたちができる以上の善を行うことを喜ぶべきである。バルナバはサウロをアンテオケに連れてきた。それが自分を低くすることになるかもしれないにもかかわらず。それは、自分自身の事よりもキリストの事を求めることを教えるためである。
ここでさらに告げられる。
(1) アンテオケの教会に今なされた奉仕。パウロとバルナバはそこにまる一年留まり、彼らの宗教的集会を主宰し、福音を説教した(使徒11:26)。観察せよ。[1] 教会はしばしば集まった。クリスチャンの宗教的集会は、キリストの誉れのために、またその弟子たちの慰めと益のためにキリストによって任命される。神の民は古くはしばしば共に集まった。会見の幕屋の入口で。集会所は今や増えたが、困難と危険があっても彼らは共に来なければならない。[2] 牧師たちはそれらの集会の主人であり、キリストの御名において、彼に、彼から、彼の下で拠り所を持つすべての者が奉仕と仕えを負うその法廷を開いた。[3] 人々を教えることは、牧師たちが宗教的集会を主宰するときのわざの一部である。彼らは祈りと賛美において神への人々の口であるだけでなく、聖書を開き、そこから主の良い知識を教えることにおいて人々への神の口である。[4] 多くの人々を教える機会を持つとき、それは牧師たちにとって大いなる励ましである。より多くの魚群がいるところに福音の網を投げる。より多くが囲み込まれる希望において。[5] 説教は外にある者たちの確信と回心のためだけでなく、内にある者たちの教えと建徳のためである。組織された教会にはその教師たちがいなければならない。
(2) アンテオケの教会に今与えられた誉れ。そこで弟子たちは初めてキリスト者と呼ばれた。おそらく彼ら自身がそう呼んだ。その称号によって自分たちを法人化した。教会や牧師たちの荘厳な行為によるか、あるいはこの名が彼らの祈りと説教でしばしば用いられることによって、そこで知らず知らずのうちに定着したかは告げられない。しかしそれでも、パウロとバルナバのこれほど二人の偉大な人々がそこにそれほど長く留まり、非常に従われ、反対に遭わなかったので、キリスト教の集会がどこよりも大きな姿を見せ、より注目すべきものになったことが、そこで彼らがキリスト者と呼ばれた理由であったようである。もしすべての他の教会を支配する母教会があるとすれば、これはローマが主張できるよりもアンテオケにその誉れのより良い権利を与えるであろう。これまでキリストにその名を捧げた者たちは弟子、学ぶ者、弟子と呼ばれた。彼らに用いられるために彼の下で訓練された者たち。しかしこれからは彼らはキリスト者と呼ばれた。[1] このようにして、敵たちがこれまで彼らに押し付けたののしりの名は、おそらく取り下げられ、使われなくなったであろう。彼らは彼らをナザレ人(使徒24:5)、その道、あの脇道の人々と呼んだ。名のない道であった。そしてこのようにして人々に彼らに対する偏見を与えた。その偏見を取り除くために、彼らは自分たちに、敵たちも適切であると言わざるを得ない名を与えた。[2] このようにして、改心前にユダヤ人と異邦人の名で区別されていた者たちは、改心後に一つ同じ名で呼ばれるようになった。これは彼らが以前の分裂的な名前を忘れるのを助け、以前の区別の印を、それと共に争いの種を教会に持ち込むのを防ぐためであった。一人は「わたしはユダヤ人であった」と言わず、もう一人は「わたしは異邦人であった」と言わず、両方とも今や「わたしはキリスト者である」と言うべきである。[3] このようにして彼らは主人に誉れを与えることを研究し、彼との関係を認めることを恥じないで、それを誇りとした。プラトンの学者たちが自分たちをプラトン主義者と呼び、他の偉大な人々の学者たちがそうしたように。彼らはその人の名イエスではなく、その職務の名キリスト—油そそがれた者からその名称を取った。こうして自分たちの信条を名前に入れ、イエスはキリストであることを示し、これが彼らが生き死にする真理であることを全世界に知らせることを喜んだ。彼らの敵たちはこの名を彼らののしりのために用い、彼らの罪として彼らに帰するであろう。しかし彼らはそれを誇るであろう。もしこれが卑しくあることなら、わたしはさらに卑しくあろう。[4] このようにして彼らはキリストへの依存と彼からの受けていることを認めた。油そそがれた者である彼を信じたというだけでなく、彼を通じて彼ら自身が油そそぎを持った(ヨハネ第一2:20,27)。そして神はキリストにおいてわたしたちに油をそそがれたと言われる(コリント第二1:21)。[5] このようにして彼らは自分自身と、その名を告白するすべての者たちの上に、キリストの律法に服し、キリストの模範に従い、完全にキリストの誉れに身を捧げるという強く永続的な義務を課した。彼のために名と誉れとなるために。わたしたちはキリスト者か。ならば、キリスト者にふさわしく考え、語り、行動すべきであり、わたしたちが呼ばれるその価ある名にののしりを与えるようなことを何もすべきでない。アレクサンデルが、臆病者として知られていた自分と同じ名の兵士に言ったことが、わたしたちに言われないように。Aut nomen, aut mores muta—名前を変えるか、行いを改めるか。そしてわたしたちが自分自身をキリスト者と見なし、それに応じて振る舞うべきであるように、他の人々をキリスト者と見なし、彼らに対してそれに応じて振る舞うべきである。すべてにおいてわたしたちと同じ考えでないキリスト者も、その名を負う方のゆえに、彼がキリストに属するゆえに、愛され尊重されるべきである。[6] このようにして聖書は成就した。なぜなら福音教会についてそう書かれているから(イザヤ62:2)。あなたは新しい名で呼ばれるであろう。主の口が名づける。そして腐敗し退廃したユダヤ人の教会について言われている。主なる神はあなたを殺し、そのしもべたちを別の名で呼ばれる(イザヤ65:15)。
²⁷ そのころ、預言者たちがエルサレムからアンテオケに下って来た。 ²⁸ その中のアガボという名の者が立って、御霊によって、世界中に大きな飢饉が起こることを示した。これはクラウデオ・カイザのときに実際に起きた。 ²⁹ そこで弟子たちは、それぞれ自分の力に応じて、ユダヤに住む兄弟たちに救援物資を送ることに決めた。 ³⁰ 彼らは実際にそうし、バルナバとサウロの手によって、それを長老たちに送った。
私たちの主イエスが*高く上げられたとき、人は人に賜物を与えた。**使徒や福音伝道者だけでなく、預言者たちも。*彼らは御霊によって未来の事を予見し、予告することができた。これはキリスト教の真理の確認に役立っただけでなく(というのもこれらの預言者たちが予告したことはすべて成就し、彼らが神から遣わされたことが証明されたからである。申命記 18:22、エレミヤ 28:9)。教会にとっても大いに役立ち、その導きに非常に役立った。ここに記されているのは、
一.これらの預言者たちの何人かがアンテオケに行った訪問(使 11:27)。そのころ——バルナバとサウロがアンテオケに住んだその一年の間に——預言者たちがエルサレムからアンテオケに来た。何人であったかは告げられていない。また彼らが、後にアンテオケの教会にいた(使 13:1)預言者たちのうちのだれかであるかも確かではない。1.彼らはエルサレムから来た。おそらく彼らがもはやそこで以前ほど重んじられなかったからであろう。彼らは自分たちのわざがそこで事実上終わったと見て、ゆえに去る時だと考えた。エルサレムは預言者を殺し、虐待したことで悪名高かった。ゆえに今これらの預言者たちを奪われるのは正当であった。2.彼らはアンテオケに来た。その教会の繁栄の状態を聞き、そこで何らかの奉仕ができると希望したから。このようにおのおの、受けた賜物に従って、これを奉仕に用いるべきである。バルナバは彼らを励みに来た。そして彼らは励ましをよく受けたので、今彼らに来たるべき事を示す預言者たちを遣わされた。キリストが約束されたように(ヨハネ 16:13)。小さな事に忠実な者は、さらに多くを託される。聖書の預言の最良の理解は、聖書の教訓への従順の道において得られる。
二.これらの預言者のうちの一人が語った、近づく飢饉についての特定の予言。彼の名はアガボであった。彼については後にパウロの投獄を預言したことが記されている(使 21:10,11)。ここで彼は、おそらく彼らの公の集まりの一つで立ち上がり、預言した(使 11:28)。見よ。1.彼がその預言を得た出所。彼の語ったことは彼自身からではなく、自分の想像からではなく、天文学的予測からではなく、第二原因の現在の働きについての推測からではなく、彼は御霊——預言の霊——によってこれを示した。飢饉があることを。ヨセフが、彼を可能にした霊によってパロの夢を理解し、エジプトの飢饉を予告し、エリヤがアハブの時代にイスラエルの飢饉を予告したように。このように神はそのしもべである預言者たちにその秘密を啓示された。2.その預言の内容。世界中に大きな飢饉があるであろう。不順な天候のために、穀物が乏しく高価になり、多くの貧しい者がパンの欠乏のために死ぬほどに。これはある特定の国でなく、全世界に——すなわちローマ帝国のすべての部分に。彼らは誇りから、以前のアレクサンダーのように、これを世界と呼んだ。キリストは一般的に飢饉があるであろうと予告された(マタイ 24:7、マルコ 13:8、ルカ 21:11)。しかしアガボは今すぐ来る非常に顕著な飢饉を予告した。3.その成就。*これはクラウデオ・カイザのときに実際に起きた。*彼の治世の第二年に始まり、第四年まで、あるいはそれ以上続いた。ローマの歴史家の何人かがこれについて言及し、ヨセフスも同様である。神は彼らにいのちのパンを送られたが、彼らはこれを拒み、そのマナの豊かさを忌み嫌った。それゆえ神は正当にもパンの杖を折り、飢饉をもって彼らを罰せられた。そしてこの点において神は義であられた。彼らは不毛であって、神に向かって実を結ばず、それゆえ神は地を彼らにとって不毛にされた。
三.彼らがこの予言から取った良い用い方。飢饉が近いことを告げられたとき、彼らはエジプト人のように自分たちのために穀物を貯蔵しなかった。むしろキリスト者にふさわしく、慈善のために他者を救うために備えた。これは私たち自身の苦難と欠乏のための最良の備えである。貧しい者に思いを払う者たちには、神が彼らを守り、生かしておき、地の上で彼らを祝福されることが約束されている(詩篇 41:1,2)。またあわれみを示し、貧しい者に与える者たちは、災いの時に恥を見ない。むしろ飢饉の日に満たされる(詩篇 37:19,21)。飢饉の時に備えて私たちができる最良の備えは、善を行い、分かち合うことによって(ルカ 12:33)これらの約束への権利を蓄えることである。多くの者が倹約すべき理由としてこれを挙げるが、聖書は私たちが七人にも、また八人にも与えるべき理由として挙げる。地の上にどんな災いが来るかを知らないから(伝道 11:2)。見よ。
1.彼らが決めたこと。おのおの、自分の力に応じて、ユダヤに住む兄弟たちに救援物資を送るべきであると(使 11:29)。(1)慈善の対象として彼らに推薦された人々は、ユダヤに住む兄弟たちであった。機会があるごとにすべての人に善を行わなければならないが、信仰の家族を特に顧みなければならない(ガラテヤ 6:10)。貧しい者は誰も軽視されてはならないが、神の貧しい者は特に顧みられるべきである。それぞれの特定の教会が自分たち自身の貧しい者の世話をすべきであることは、エルサレムの教会の初期の実例から教えられた。そこでは奉仕が乏しい者がいないほど絶え間なく行われていた(使 4:34)。しかしその実例における聖徒の交わりはここではさらに広げられ、アンテオケの教会によってユダヤの貧しい者を救うための備えがなされる。彼らは彼らを兄弟と呼ぶ。離散のユダヤ人たちがユダヤに住むユダヤ人たちに、その中にいる貧しい者を救うために金を送り、その目的のために献金を集めるのがユダヤ人の習慣であったようである(キケロは自分の時代にそのようなことをOrat. pro Flaccoで語っている)。これはユダヤに多くの貧しい者がいたことを前提とする。ほかの国よりも多く。ゆえに彼らの中の富んだ者たちは、彼らが飢え死にするのを防ぐ費用を負担できなかった。その地が住む者の不義のために不毛になった——以前は豊かな地であったのに——ためか、あるいは彼らが他国と交易を持たなかったためか。さて、その国でキリスト者に転じた者の大部分は貧しい者であったと思われる(マタイ 11:5、貧しい者に福音が宣べ伝えられる)。また貧しい者がキリスト者に転じたとき、彼らは貧しい者の台帳から外され、公の慈善における分け前を断たれた。そして飢饉が来れば彼らは非常に苦しむことが容易に予見できた。もし彼らの一部が欠乏のために死ねば、キリスト者の告白にとって大きな不名誉となる。それゆえこの飢饉が来るという通知に接して、前もって彼らに基金を送るという早い時期の配慮がなされた。飢饉が来るまで延期すれば、遅すぎるかもしれないから。(2)弟子たちの間の一致。おのおのが自分の力に応じてこの良いわざに寄与するという。外国にいるユダヤ人たちは貿易によって豊かになり、豊かなユダヤ人の多くがキリスト者となった。その豊かさは、遠く離れた貧しい兄弟たちの欠乏を補うべきであった。というのも、そのような者のケースは考慮されるべきであり、私たちの間に住む者たちだけのケースではない。慈善的な人々は神が与えたもので貿易する者たちであり、商人は非常に離れた国に資産を送ることに自分の勘定を見出す。それゆえ私たちは、必要とする遠くの者に施しを与えることに同じようにすべきである。それゆえ私たちはこれを求められたとき進んでするべきである。おのおのが、自分自身と家族の養いから剰せるもの、神が栄えさせたままに従って、何かを送るよう決心した。自分の力に応じてと言えるものを何とするかは、私たち自身が判断しなければならない。しかし義なる判断を下すよう注意深くあらなければならない。
2.彼らがしたこと。彼らは決めた通りにした(使 11:30)。彼らは実際にそうした。彼らは語っただけでなく、行動した。そのような良い提案は多くされ、称賛されるが、追求されず、無に帰す。しかしこれは追求され、献金が集められた。そしてそれはバルナバとサウロをエルサレムに遣わし、長老たちに届ける価値があると彼らが思うほどのものであった。その間にアンテオケでの彼らの労を必要とするであろうに。(1)長老たち——ユダヤの教会の長老たち、奉仕者あるいは牧者たち——に送った。彼らによって受け取る者の必要に従って分配されるために。贈る者の能力に従って献じられたように。(2)バルナバとサウロの手によって送られた。おそらく彼らはエルサレムに行く機会を求めており、ゆえにこれを取ることを望んだ。ヨセフスは、このとき王イラテスがその国の貧しい者のためにエルサレムの主要な人々に慈善を送ったと語る。またアディアベネの女王ヘレナは今エルサレムにあり、そこで、また周辺の国で飢饉のために死んだ者が多いことを聞き、キプロスとアレクサンドリアから食料を取り寄せ、民に分配した。ライトフット博士はこう語る。また彼はパウロの身の上の出来事の期日から計算する。「コリントの教会への第二の手紙を書く十四年前」(コリント第二 12:1,2)、これらの施しと献げ物を携えてエルサレムに行ったこの旅の途中で、彼が神殿で恍惚状態(これについて語る。使 22:17)を経験し、その恍惚状態の中で第三の天に引き上げられたと。そしてそのときキリストは彼に、そこから異邦人へ遣わすと告げられた。これは彼がアンテオケに戻るや直ちに行った。特別な場合に、福音の奉仕者が教会の慈善の使者となることは不名誉ではない。しかしその事の絶え間ない世話を引き受けることは、祈りと御言葉の奉仕に身を捧げた者たちにとって、通常、より必要なわざからの過度のかい離となろう。
この章で私たちは次を見る。一、ペテロがコルネリオとその友人たちを教会に受け入れたことについて、兄弟たちの間で彼が負っていた非難から、自分のしたことを当然弁明し、兄弟たちがそれに同意したこと(使徒の働き11:1-18)。二、アンテオケとその近隣の地域における福音の良き成功(使徒の働き11:19-21)。三、アンテオケで始まったその良いわざが、初めバルナバの奉仕によって、次いで彼と共にパウロの奉仕によって続けられたこと、およびそこで弟子たちが初めて「キリスト者」という永らえる名を受けたこと(使徒の働き11:22-26)。四、迫り来る飢饉についての予言と、その機会にユダヤにいる貧しい聖徒たちを救济するために、異邦人の回心者たちの間でなされた献金(使徒の働き11:27-30)。