Matthew Henry's Complete Commentary
Matthew Henry · 1714
Matthew Henry 사후(1714) 공개 도메인. 디지털판 CC0-1.0.
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1 アポロがコリントにいた間、パウロは上の地方を経てエペソにやってきた。そしてそこに数人の弟子を見つけて、
2 「信じたとき、聖霊を受けましたか」と言った。彼らは「いいえ、聖霊があるかどうかさえ、聞いたことがありません」と答えた。
3 そこでパウロは「では、何のバプテスマを受けたのか」と言うと、彼らは「ヨハネのバプテスマです」と答えた。
4 そこでパウロは言った、「ヨハネは、自分のあとに来る者、すなわちイエスを信じるようにと、悔改めのバプテスマを人々に授けたのである」。
5 人々はこれを聞いて、主イエスの名によってバプテスマを受けた。
6 パウロが彼らの上に手を置くと、聖霊が彼らに臨み、彼らは異言を語ったり、預言をしたりした。
7 その人はみな十二人ばかりであった。
エペソはアジアの注目すべき都市であった。そこに建てられたダイアナの神殿で有名であり、それは世界の七不思議の一つであった。そこへアポロがコリントにいる間、パウロは福音を宣べ伝えるに来た(使徒19:1)。彼がそこに水を注いでいる間、パウロはここに植え、アポロが彼の労苦に入り込み、彼の基礎の上に建てることをねたがず、むしろそれを喜んだ。そしてエペソで彼のために切り出された新しいわざに、いっそうの快活さと満足をもって進んだ。アポロのような新約の有能な奉仕者が今コリントにいて、そこで良いわざを進めていることを知っていたから。彼をパウロに対する党派の頭にする者たちがいたが(コリント第一1:12)、パウロは彼に嫉妬せず、民衆が彼に抱く愛情を少しも嫌わなかった。パウロはガラテヤとフリギヤの国を通り、上の地方、北に横たわるポントとビテニヤを経て、ついにエペソに来た。そこに彼はアクラとプリスキラを残し、そこで彼らを見つけた。最初の到着時、彼はそこで何人かの弟子たちに出会った。まことのメシヤとしてキリストを信じると告白したが、キリストの学校の最初の最も低い級にあり、その案内人であるバプテスマのヨハネの下にあった。彼らは数において十二人ばかりであった(使徒19:7)。彼らはアポロがエペソに来たときとほぼ同じ立場にあった(彼はヨハネのバプテスマだけしか知らなかった、使徒18:25)。しかしふたりはアクラとプリスキラに親しむ機会がなく、あるいはエペソにそれほど長くなく、アポロのように教えを受けることを進んでいたくなかった。そうでなければアポロのように神の道をより完全に説き明かしてもらえたであろう。ここで観察せよ。
一、パウロが彼らに問答教導した仕方。彼はおそらくアクラとプリスキラから、彼らが信者であり、キリストを認め、彼らの名を彼に献げたことを聞かされた。さてパウロはこれに基づいて彼らを試問の下に置いた。
1. 彼らは神の子を信じていた。しかしパウロは彼らが聖霊を受けたかを尋ねた。すなわち、確信、回心、慰めのために人の心に働くその働きが—イエスがキリストであるという教えののちにしばらくして啓示されたが—霊を信じていたか、この啓示を知り、受け入れていたか。これだけではなかった。聖霊の並外れた賜物がキリストの昇天ののちすぐに使徒たちや他の弟子たちに与えられ、機会あるごとに繰り返された。彼らはこれらの賜物にあずかったか。「あなたがたは信じたとき、聖霊を受けましたか。キリストの教えの真理のそのしるしを自分自身の中に持っていたか」。わたしたちは今、彼らが当時持ったような並外れた賜物を期待するのではない。新約聖書の正典はずっと前に完成し確定しているので、わたしたちはそれを最も確かな預言のことばとして頼む。しかしすべての信者に与えられる御霊の恵みがある。それは彼らの確証としてである(コリント第二1:22、5:5、エペソ1:13,14)。さて、クリスチャンの信仰を告白するわたしたちすべてが、聖霊を受けたかどうかを真剣に問うことは關係する。聖霊はすべての信者、すべての求める者に約束されている(ルカ11:13)。しかし多くの者がこの事において惑わされ、本当に受けていないのに受けたと思っている。聖霊の賜物を装う者がいるように、その恵みと慰めを装う者もいる。それゆえわたしたちは厳しく自分を調べなければならない。わたしたちは信じたのち聖霊を受けたか。木はその実によって知られる。わたしたちは御霊の実を結ぶか。御霊に導かれるか。御霊にあって歩むか。御霊の支配の下にあるか。
2. 彼らはこの事における自分たちの無知を認めた。「聖霊があるかどうかは、わたしたちの知るところではない。聖霊の約束があることは旧約聖書から知っている。そしてこの約束がその時に満たされることを疑わない。しかしこの事についてわたしたちは情報から遠く離れていて、聖霊が預言の霊として確かに与えられたかどうかさえ聞いたことがない」。彼らは(ライトフート博士が観察するように)知っていた。自分たちの国民の伝統によれば、エズラ、ハガイ、ゼカリヤ、マラキの死後、聖霊はイスラエルから離れ、上って行ったと。そしてその帰還を聞いたことがないと告白した。彼らはそれを期待し、それについて聞かなかったことを不思議に思い、その通知を歓迎する用意ができているかのように語った。福音の光は、朝の光のように、いよいよ輝いた。いよいよ明るく、これまで聞かなかった真理の啓示においてだけでなく、いよいよ遠く、それらをこれまで聞かなかった人々への啓示において。
3. パウロは、もし彼らが聖霊について何も知らないなら、どうしてバプテスマを受けたのかを尋ねた。というのは、もしキリストの奉仕者の誰かによってバプテスマを受けたのなら、彼らは聖霊について教えられ、その名においてバプテスマを受けていたはずだから。「あなたがたは知らないのか、イエスが栄光を受けられたこと、したがって聖霊が与えられたことを。では、何のバプテスマを受けたのか。これは奇妙で説明がつかない。何ですって。バプテスマを受けたのに、聖霊について何も知らないと。確かに、もしあなたがたが聖霊について何も知らないなら、あなたがたのバプテスマは無効であった。というのは、再生の洗いによって意味づけられ、封印されるのは聖霊を受けることだから。聖霊についての無知は、キリストについての無知と同じく、真実なキリスト教の告白と矛盾する」。これを自分自身に適用すると、それは、聖霊を受け入れ服さない者が、無駄にバプテスマを受け、神の恵みを其中に空しく受けたことを示唆する。またわたしたちがしばしばなすべき問いでもある。ただ誰の誉れのために生まれたかだけでなく、誰の奉仕のためにバプテスマを受けたかを。それによってわたしたちの出生とバプテスマの両方の目的を果たすよう努めることができるように。わたしたちが何のためにバプテスマを受けたかをしばしば考えよう。それによって自分のバプテスマにふさわしく生きるように。
4. 彼らは自分たちがヨハネのバプテスマ—eis to Ioannou baptisma—のバプテスマを受けたと認める。すなわち、わたしの考えるには、彼らはヨハネの名においてバプテスマを受けた。ヨハネ自身によってではなく(彼はそのような考えから最も遠かった)、彼のある弱く善意志の弟子によって。その弟子は無知に党派の頭として彼の名を保ち、キリストの関心事の成長をねたみ、それについて彼に苦情を言った彼の弟子たちの霊と考えを保っていた(ヨハネ3:26)。これらのうちの一人あるいはそれ以上が、罪のゆるしのための悔い改めのヨハネのバプテスマによって大いに徳を高められ、彼が近いと言った神の国が、証明されたほどに非常に近いと思わず、その考えに走り、持っているものに安住し、他の者たちにもそうするように説得する以上のことはできないと思った。そして無知に、ヨハネの教えへの盲目的な熱心のゆえに、あちこちでヨハネの名において、あるいはここで表現されているようにヨハネのバプテスマにバプテスマを施した。自分たち自身はそれ以上見ず、彼らがバプテスマを施した者たちをそれ以上導かなかった。
5. パウロはヨハネのバプテスマの真の意図と意味を、主としてイエス・キリストに関係すると説明し、彼らをヨハネのバプテスマにバプテスマさせ、これ以上導かず、それに安住させた者たちの誤りを正す。教育の不幸によって無知に残された、あるいは誤りに導かれた者たちは、それゆえにより知識があり正統な者たちによって軽蔑されたり拒絶されたりするべきではなく、これらの弟子たちがパウロによってそうであったように、思いやりをもって教えられ、より良く教えられるべきである。(1) 彼はヨハネのバプテスマが、それが及んだ限りでは非常に良いものであったことを認める。ヨハネは確かに悔い改めのバプテスマでバプテスマを施した。このバプテスマによって彼は人々に自分の罪を悲しみ、それを告白し、そこから離れ返ることを求めた。そしてこれに人々を導くことは大いに得られた点である。しかし(2) 彼は彼らに、ヨハネのバプテスマがさらなる言及を持ち、彼がバプテスマを施した者たちがそこに安住するよう意図しなかったことを示す。彼は彼らに、自分のあとに来る者、すなわちキリスト・イエスを信じるべきことを告げた。彼の悔い改めのバプテスマは主の道を備え、彼らがキリストを受け入れ、もてなすようにとのみ意図された。彼は彼らをキリストの期待で大きく残し、いや、彼らをキリストに導いた。見よ、神の小羊。「ヨハネは偉大で良い人であった。しかしかれはただの先触れであった。キリストは君である。そのバプテスマはあなたがたが通り抜けるべき玄関であり、留まるべき家ではない。それゆえ、ヨハネのバプテスマにバプテスマされることは全く間違っていた」。
6. 彼らがこのように導き入れられた誤りを示されたとき、彼らは感謝してその発見を受け入れ、主イエスの名においてバプテスマを受けた(使徒19:5)。アポロについては、ヨハネのバプテスマを知っていた(使徒18:25)—すなわち、彼がそれによってバプテスマを受けたとき、その意味を正しく理解していた—と言われたが、それだけしか知らなかった。それでも、神の道をより完全に理解したとき、彼はもはやバプテスマを受けなかった。キリストの最初の弟子たちと同じように。彼らはヨハネのバプテスマを受け、それが戸口にいるメシヤに関係することを知り(これに目を留めてそれに服した)、再びバプテスマを受けた。しかしこれらの弟子たちは、ただヨハネに目を留め、それ以上見ず、彼が自分たちの救い主であるかのようにそれを受けた。それは根本的な誤りであり、パウロの名においてバプテスマを受けるのと同じくらい致命的であった(コリント第一1:13)。それゆえ事柄をより良く理解したとき、彼らは主イエスの名においてバプテスマを受けることを望み、そうされた。パウロ自身によってではなく、わたしたちが考えるに、彼に同行した者たちの誰かによって。それゆえ、ヨハネのバプテスマとキリストのバプテスマの間に一致がなかったこと、あるいはそれらが実質において同じでなかったことにはならない。まして、父と子と聖霊の名において(これはキリストのバプテスマの定められた形式である)一度バプテスマを受けた者が、同じ名において再びバプテスマを受け得ることにはならない。主イエスの名においてバプテスマを受けた者たちは、以前にそのようにバプテスマを受けたことがなかったから。
二、パウロが彼らに聖霊の並外れた賜物を授けた仕方(使徒19:6)。1. パウロは荘厳に神に祈った。彼らにそれらの賜物を与えるように。彼らの上に手を置くことで意味づけられた。それは族長たちが祝福において用いた身振りであり、とりわけ約束の大きな信頼を伝えるのに(創世記48:14)。御霊は新約の大きな約束であるので、使徒たちは按手によってそれを伝えた。「主がその祝福で、祝福の祝福であなたを祝福されるように」(イザヤ44:3)。2. 神は彼が祈ったものを許された。聖霊が彼らに臨んだ。驚くべき圧倒的な仕方で。そして彼らは異言を語り、預言をした。使徒たちや最初の異邦人の改宗者たちがそうしたように(使徒10:44)。これはエペソに福音を導入し、人々の心にそれから何か大きなものへの期待を呼び起こすためであった。ある人々は、これらの十二人を務めのわざのために適格させるさらなる計らいであり、これらの十二人がエペソの長老たちであって、パウロがその教会の世話と統治を彼らに委ねたと考える。彼らは預言の御霊を持った。それによって神の国の奥義を自分自身で理解でき、異言の賜物を持った。それによってそれらをすべての国民と言語に宣べ伝えることができた。おお、これらの人々に突然どれほど素晴らしい変化がもたらされたことか。たった今聖霊があるかどうかさえ聞いたことがなかった者たちが、今や聖霊に満たされている。御霊は風のように、思いのままに、また時にも吹くから。
8 そしてパウロは会堂に入り、三か月のあいだ、大胆に語り、神の国に関する事柄を論じ、人々を説得した。
9 ところが、ある人たちがかたくなで不信仰になり、群衆の前でその道を悪く言ったので、彼は彼らから離れ、弟子たちを分けて、テラノという者の学塾で毎日論じた。
10 このことは二年間も続いた。その結果、アジヤに住む者は、ユダヤ人もギリシャ人も、みな主イエスの言葉を聞くに至った。
11 神はパウロの手によって、並々ならぬ奇跡を行われた。
12 そのため、パウロの身に着けていた手ぬぐいや前垂れを、病人の体に当てて持って行くと、病気が去り、悪霊が出て行った。
パウロはここでエペソにおいて善を行うために非常に忙しい。
一、彼はいつものようにユダヤ人の会堂で始め、福音を彼らに最初に提供する。いま山々に散らされているイスラエルの家の失われた羊を集めるために。観察せよ。
彼が彼らにどこで説教したか。彼らの会堂で(使徒19:8)。キリストがいつもそうしたように。彼は彼らの会堂の礼拝に加わるために行き、彼らの彼に対する偏見を取り除き、彼らに勝つ望みがある間、彼らに親しんだ。このようにして彼は安息日の公の礼拝にそのあかしを捧げた。そこにはまだキリスト教の集会が形成されていなかったので、彼はユダヤ人の集会に通った。ユダヤ人がまだ完全に見捨てられていなかった間。パウロは会堂に入った。そこで彼らを一緒に持ち、彼らを、望みを持って、良い状態で持つことができたから。
彼が彼らに何を説教したか。神の国に関する事柄。人々の間で。すべての人に対する神の支配と彼らへの恵み、そして神への従順と神における幸福に関する大いなる事柄。彼は彼らに神への義務と創造者としての神における彼らの利益を示した。それによって神の国が立てられた。それらの義務の侵犯と、罪によるその利益の喪失。それによって神の国が打ち倒された。 そしてそれらの義務の更新と、贖い主による人間のその利益への回復。それによって神の国が再び立てられた。 あるいはもっと具体的には、メシヤの国に関する事柄。ユダヤ人が期待し、そこから大いなることを約束していたもの。彼はこれについて語っている聖書を開き、この国についての正しい観念を与え、それについての彼らの間違いを示した。
彼がどのように彼らに説教したか。(1) 彼は論駁的に説教した。彼は論じた。彼が説教したことに対して理由を、聖書の理由を与え、反論に答えた。人々の判断と良心を確信させるために。彼らが単に信じるだけでなく、信じる理由を見るために。彼はdialegomenos—対話的に説教した。彼らに質問を向け、その答えを受けた。彼らに彼に質問することを許し、それに答えた。(2) 彼は愛を持って説教した。彼は説得した。彼は自分の言ったことを彼らの理解力に強いるために論理的な論拠だけでなく、自分の言ったことを彼らの感情に印象付けるために修辞的な動機を用いた。彼らに、神の国について説教した事柄は彼ら自身に関する事柄であり、彼らが密接に関与している事柄であり、それゆえにそれについて心を配るべきであることを示した。コリント第二5:11、わたしたちは人々を説得する。パウロは感動的な説教者であり、説得の術の達人であった。(3) 彼は恐れずに、聖なる決意をもって説教した。彼は大胆に語った。自分の語る事柄に少しも疑いを持たない者、自分の語る元の方に少しも不信を持たない者、自分の語りかける者たちに少しも恐れを持たない者として。
彼が彼らにどのくらい説教したか。三か月のあいだ。それは彼らがそれについて考えるために許された十分な時間であった。その間に恵みの選びに属する者たちの中から召され、残りの者たちは言い訳のないまま残された。この間パウロは大いなる争いのうちに(テサロニケ第一2:2)福音を説教した。しかしそれでも失敗せず、落胆しなかった。
彼の説教が彼らの間でどのような成功を収めたか。(1) キリストを信じるように説得された者がいた。ある人々はこれが説得するという言葉に示唆されていると考える—彼は彼らを説得した。しかし、(2) 多くの者がその不信仰に留まり、キリスト教に対する偏見において確証された。パウロが以前彼らを呼び、彼らに一般的な事柄だけを説教したとき、彼らは彼の滞在を求めた(使徒18:20)。しかしその中に定住し、その言葉が彼らの良心にいっそう密接に来たとき、彼らはすぐに彼に飽きた。[1] 彼らはキリストの福音に対して征服できない反感を持っていた。彼らはかたくなで不信仰であった。真理がこれほど説得力のある光と証拠をもって彼らの顔に輝いたにもかかわらず、信じないと決心した。それゆえに彼らは信じなかった。かたくなであったから。[2] 彼らは他の人々の中に福音への反感を起こし、それを保つために全力を尽くした。彼ら自身が神の国に入らなかっただけでなく、入ろうとする者たちをも入らせなかった。彼らはその道を群衆の前で悪く言った。彼らにそれに対する偏見を抱かせるために。それの中に何らかの悪を示すことができなかったにもかかわらず、それについてあらゆる種類の悪を言った。これらの罪人たちは、罪を犯した御使いたちのように、サタン、敵対者、悪魔、偽りの告発者となった。
二、彼がユダヤ人の会堂で事を行き着くところまで進め、彼らの反対がいっそう頑固になるのを見出したとき、彼は会堂を去った。彼らと安全に、あるいはむしろ快く成功裏に交わりを続けることができなかったから。彼らの礼拝は彼が加わることができるようなものであり、彼らは彼を黙らせず、彼らの間で説教することを禁じなかったにもかかわらず、彼らは彼が神の国について語った事柄をののかることによって彼を彼らから追いやった。彼らは改革されることを憎み、教えられることを憎んだ。それゆえに彼は彼らから離れた。ここに分離があり、分裂がないことは確実である。正当な理由と明確な召しがあったから。さて観察せよ。
パウロがユダヤ人たちから離れたとき、彼は弟子たちを連れて行き、彼らを分けた。その不届きな世代から彼らを救うために(ペテロがその新しい改宗者たちに与えた命令にしたがって。使徒2:40)。彼らがそれらの冒涜する者たちの毒ある舌に感染しないように、彼は信じた者たちを分けた。彼らが統合されるに十分な数になった今、キリスト教教会の土台となるために。他の者たちが彼らと共に福音の説教にあずかり、信じることにしたがって彼らに加えられるために。パウロが去ったとき、弟子たちを分けるのにこれ以上必要でなかった。彼がどこへ行こうと、彼らは彼に従うであろう。
パウロが会堂から分かれたとき、彼は自分の集会を設けた。彼はテラノという者の学塾で毎日論じた。彼はユダヤ人の会堂を去った。自分のわざにより自由に進むために。それでも彼はキリストとキリスト教のために論じ、それらの弁護においてすべての反対者に答える用意があった。そして彼はこの分離によって二重の利点を持った。(1) 今や彼の機会がより頻繁であった。会堂では彼は毎安息日にしか説教できなかった(使徒13:42)。しかし今や彼は毎日論じた。毎日講義を設けた。このようにして時間を贖った。その業務が一日来ることを許さない者たちが別の日に来ることができた。そして毎日これらの知恵の門で見張り、毎日その扉の柱で待つ者たちは歓迎された。(2) 今や彼らはより開かれていた。ユダヤ人の会堂にはユダヤ人や改宗者しか来ることができず、来ることもできなかった。異邦人は排除されていた。しかし彼がテラノの学塾に集会を設けたとき、ユダヤ人とギリシャ人の両方が彼の務めにあずかった(使徒19:10)。このように彼がエペソでのこの機会の門について述べるように(コリント第一16:8,9)、広い有効な門が彼に開かれた。たとえ多くの反対者がいたとしても。ある人々はこのテラノの学塾をユダヤ人の神学校であったと考える。そしてそのようなものを彼らは大都市で会堂の他に普通に持っていた。彼らはそれをBethmidrash、問い合わせの家、あるいは反復の家と呼んだ。そして安息日に会堂にいたのち、それに行った。彼らは力から力へ、聖所の家から教えの家へと行く。もしこれがそのような学校であったなら、パウロが会堂を去ったが、漸次的に去り、彼がしたように(使徒18:7)、できる限りそれに近いままであることを示す。しかし他の人々はそれが異邦人の哲学の学校であったと考える。テラノという者のもの、あるいは隠退所(scholeという言葉が時にそう意味する)で、その町の主要な人や総督のもの。ある便利な場所であった。パウロと弟子たちが、愛あるいは金でその使用を持った。
ここで彼は二年間その労働を続けた。講義を読み、毎日論じた。この二年は彼が会堂で過ごした三か月の終わりから始まる(使徒19:8)。それが終わったのち、彼は周辺の国にしばらく留まり、説教した。それゆえに彼は全部で三年と正当に数えることができた。彼がするように(使徒20:31)。
福音はこれによって遠く近くに広まった(使徒19:10)。アジヤに住むすべての者が主イエスの言葉を聞いた。エペソに住むすべての者だけでなく、エペソが主要都市であったアジヤと呼ばれる広い州—小アジヤと呼ばれた—に住むすべての者が。エペソには国のあらゆる場所から法律、商業、宗教、教育のために大いに人が集まった。それはパウロにその国のすべての町や村に福音の報告を送る機会を与えた。彼らは皆主イエスの言葉を聞いた。福音はキリストの言葉であり、キリストに関する言葉である。これを彼らは聞いた、あるいは少なくともそれについて聞いた。あらゆち宗派の、市や国のあらゆる場所からの何人かがこの福音を受け入れ、それを迎え入れ、彼らによってそれは他の人々に伝えられた。このように彼らは皆主イエスの言葉を聞いた、あるいは聞くことができた。おそらくパウロは時々国に福音を説教するために自分で遠征し、あるいは彼に同行していたその宣教師や助手たちを送った。このようにして主の言葉はその地域全体で聞かれた。さて暗やみに座していた者たちは大いなる光を見た。
三、神はパウロの教理を奇跡によって確証された。それは人々のそれへの探求を目覚めさせ、彼らの愛情をそれに固定し、彼らの信仰をそれに結びつけた(使徒19:11,12)。ピリピの少女から悪霊を追い出して以来、パウロによる奇跡について読んでいないのを不思議に思う。なぜ彼はテサロニケ、ベレヤ、アテネで奇跡を行わなかったのか。あるいは、もし行ったとして、なぜそれらが記録されていないのか。自然の国における奇跡なしの福音の成功が、恵みの国におけるそれ自体一つの奇跡であり、それに伴った神の力がその神聖な起源のそのような証拠であったので、他に必要がなかったのだろうか。確かにコリントでは彼は多くの奇跡を行った。ルカは何も記録していないが。彼は彼らに(コリント第二12:12)使徒としてのしるしが彼らの間にあった、不思議なわざと力あるわざにおいてと告げるから。しかしここエペソで彼がその神聖な使命について与えたこの種の証拠についての一般的な記述がある。1. それらは並々ならぬ奇跡であった—Dynameis ou tychousas。神は自然の通常の経路に従わない力を振るわれた。Virtutes non vulgares。偶然や第二原因に帰することのできない事柄がなされた。あるいは、それらは(すべての奇跡がそうであるように)通常の道から外れていただけでなく、他の使徒たちの誰の手によっても行われたことのない、並外れた奇跡であった。福音の反対者たちはこれほど偏見を持っていたので、どんな奇跡も彼らの役には立たなかった。それゆえに神はvirtutes non quaslibet(ある人々はそう訳す)、奇跡の通常の道を超えた何かを行われた。2. それを行ったのはパウロではなかった(パウロとは何か。アポロとは何か)。神がパウロの手によって行われたのであった。彼は器にすぎず、神が主要な働き手であった。
¹³ そのとき、遍歴するユダヤ人たちで、悪霊追い出しをする者たちが、悪霊につかれている者たちの上に主イエスの御名を呼び求めて、「パウロが宣べ伝えるイエスによって、お前たちに命じる」と言い始めた。
¹⁴ これを行っていたのは、ユダヤ人の祭司長スケワという者の七人の息子たちであった。
¹⁵ 悪霊は彼らに答えて、「イエスは知っているし、パウロも知っている。だがお前たちは何者だ」と言った。
¹⁶ 悪霊につかれている人が彼らに飛びかかり、打ち負かし、圧倒した。それで彼らはその家から傷を負い、裸で逃げ出した。
¹⁷ このことはエペソに住むすべてのユダヤ人とギリシャ人に知れ渡った。そして彼らすべての者に恐れが生じ、主イエスの御名が大いにあがめられた。
¹⁸ 信じた多くの者が来て、告白し、その行ないを示した。
¹⁹ まじないを行っていた多くの者も、その本を集めて来て、すべての人の前で焼き捨てた。彼らはその値段を計算し、銀五万枚であることを確かめた。
²⁰ このように、神のことばは力強く成長し、勢いを増した。
福音の宣教者たちはサタンに対する戦いを続けるために遣わされた。その中でキリストは「勝って、さらに勝つため」に出て行かれた。悪霊につかれている者たちから悪霊を追い出すことは、サタンに対するキリストの勝利の一つの実例であった。しかし、キリストがその大敵に対してどれほど多くの方法で勝利されたかを示すために、ここには二つの著しいサタン征服の実例が記されている。激しく憑依されている者においてだけでなく、自ら進んでサタンに身を捧げている者においても。
一、ここにサタンのしもべの何人かの混乱がある。すなわち遍歴するユダヤ人で「悪霊追い出しをする者たち」であり、彼らはその悪魔的な呪術においてキリストの御名を冒瀆的に邪悪に用いたが、その僭越のために高い代価を払わされた。観察せよ。
1. この僭越を犯した者たちの一般的な特徴。彼らはユダヤ人であったが、「遍歴する」ユダヤ人であった。ユダヤの国民と宗教に属していたが、呪術で金を得るために町から町へと渡り歩いた。彼らは人々の運命を占うために歩き回り、まじないと呪文によって病気をいやし、憂鬱になったり気が狂ったりした人々を正気に戻すと称した。彼らはこれこれの権威ある名によって誓いの形式を用いたので、自分たちを悪霊追い出しと呼んだ。迷信深いユダヤ人たちは、これらの魔術に評判を与えるため、その発明を悪意をもってソロモンに帰した。ヨセフスは(『古代誌』8.45-46)、ソロモンが病気をいやし、二度と戻らないように悪霊を追い出す呪文を作ったと言い、これらの業が彼の時代までユダヤ人の間で一般的に続いたと言う。そしてキリストはこれを指して言われたようである(マタイ12:27)、「お前たちの子たちはだれによって彼らを追い出すのか」。
2. エペソでこの生き方をし、旅の途中でそこに来たいくらかの者についての具体的な説明。「ユダヤ人の祭司長スケワという者の七人の息子たち」であった(使徒19:14)。ヤコブの家がこのように退化しているのを見るのは悲しい。ましてアロンの家――特に神に奉献された家族――がそうであるのはなおさらである。その血族の者がサタンと同盟するのを見るのは本当に悲しい。彼らの父は祭司長たちのひとりで、二十四の祭司の組のひとつの頭であった。宮は祭司長の息子たちがたとえ二倍いても、十分な雇用と奨励を見出すと思うであろう。しかし おそらく彼らを山師にし、狂った者をいやすために世界中を放浪させたのは、虚栄的で、放浪する、放蕩な気質であった。
3. 彼らが犯した冒瀆。「彼らは悪霊の上に主イエスの御名を呼び求めることを引き受けた」。キリストへの敬意とその御名への信頼を持つ者としてではなく――キリストの御名によって悪霊を追い出したが弟子たちには従わなかった何人かについて読むように(ルカ9:49)、主は彼らが戒められることを望まれなかった――彼らは邪悪な商売を続けるためにすべての方法を試みようとする者としてであった。そしてどうやら次のような企てを持っていた。もし悪霊がキリストを信じない者によるイエスの御名による誓いに屈したなら、彼らは信じる者にとってその教えの確認にはならないと言うであろう。信じるかどうかにかかわらず同じであるから。もし屈しなかったなら、彼らはキリストの御名は彼らが用いるほかの名――悪霊がしばしば共謀して屈した――ほど力強いものではないと言うであろう。彼らは言った。「パウロが宣べ伝えるイエスによって、お前たちに命じる」。「私たちが信じる、依拠する、あるいは権威を得ている」イエスではなく、「パウロが宣べ伝える」イエスである。まるで「その御名が何をするか試そう」と言うかのようであった。ローマ・カトリック教会の呪術者たちは、理解しないまじないと呪文――神的な権威を持たず、それゆえ信仰において用いられ得ない――によって憂鬱な人々から悪魔を追い出すと称するが、これらの遍歴するユダヤ人の後継者である。
4. 彼らがその不敬虔な業において陥った混乱。彼らが欺かれないように。神は侮られる方ではない。イエスの栄光の御名はこのような卑しい目的に売り渡されることはない。「キリストとベリアルとに何の交わりがあるか」(コリント第二6:15)。(1) 悪霊は彼らに鋭い返答をした(使徒19:15)。「イエスは知っているし、パウロも知っている。だがお前たちは何者だ」。イエスがもろもろの支配と権威を征服し、パウロがその御名において悪霊を追い出す権威を持つことを知っている。しかし「お前たちがその御名によって私たちに命じる力を何持っているのか、あるいはだれがそのような力を与えたのか」。「お前たちは神の力を語るために何の権限があるのか。あるいはその契約と命令を口にするのはどうしてか。お前たちはその教えを憎んでいるのに」(詩篇50:16,17)。これは悪霊の口から神の力によって引き出された。福音に栄光を与え、キリストの御名を悪用する者たちに恥をかかせるために。反キリスト的な勢力や派閥は、イエスとパウロに対する強力な熱心さを装い、彼らから権威を得ていると称する。しかし事が調べられると、そのように支持されるのは単なる世俗的な利益であり、いや、それは真の宗教への敵意である。「イエスは知っているし、パウロも知っている。だがお前たちは何者だ」。(2) 「悪霊につかれている人」は彼らに温かい歓迎を与え、彼らに襲いかかった。彼はその狂気と激怒の絶頂において「彼らに飛びかかり」、彼らのすべてのまじないと共に「打ち負かし」、「圧倒し」、あらゆる点で彼らに勝った。それで彼らは「その家から逃げ出した」。ただ「裸」であるだけでなく「傷を負って」。衣服は背中から引き剥がされ、頭は割られた。これはキリストの御名を言い表すが、不義から離れないすべての者への警告として書かれた。誘惑をもって彼らに勝つ同じ敵は、その恐れをもって彼らに勝つであろう。そしてキリストの御名において彼らを放っておくよう命じることは、彼らへの安全の保証にはならない。もし私たちがキリストへの真の生ける信仰によって悪魔に抵抗するなら、彼は私たちから逃げるであろう。しかしもし私たちが、キリストの御名やそのみことばの一部を、まじないや呪文として用いることによって悪魔に抵抗しようと思うなら、彼は私たちに勝つであろう。
5. これが広く知られ、多くの人に良い印象を与えたこと(使徒19:17)。「このことはエペソに住むすべてのユダヤ人とギリシャ人に知れ渡った」。それは町の共通の話題となった。そしてその結果は、(1) 人々が恐怖した。「彼らすべての者に恐れが生じた」。この実例において彼らは、自分たちが仕える悪魔の悪意と、自分たちが敵対するキリストの力とを見た。そして両方とも恐るべき考慮であった。彼らはキリストの御名が軽んじられてはならず、その宗教が異教の迷信と妥協されてはならないことを見た。(2) 神が賛美された。「主イエスの御名」――その忠実なしもべたちが何の抵抗もなく悪霊を追い出し、病気をいやす御名――は「大いにあがめられた」。今やそれがすべての名にまさる名であることが現れたからである。
二、ここにサタンのしもべの他の者たちの回心と、その回心の証拠がある。
1. 邪悪な行ないをしていた者たちがそれを告白した(使徒19:18)。信じてバプテスマを受けたが、その時には自分たちの罪の告白においてこれほど具体的ではなかった多くの者が、イエス・キリストの御名が大いにされるこれらの実例に恐怖し、パウロあるいは彼と共にいた他の牧師たちのもとに来て、自分たちがいかに悪い生き方をしてきたか、自分たちの良心が自分たちに訴えるいかに多くの隠れた悪――世が知らない隠れた詐欺と隠れた汚れ――を告白した。「彼らはその行ないを示した」。自分たちに恥をかかせ、神に栄光を帰し、他者に警告を与えた。これらの告白は彼らから引き出されたのではなく、自発的なものであった。最近の奇跡が彼らの良心に恐怖を与えた結果、良心の安らぎのために。観察せよ。罪に対する真の悔いがあるところには、すべての祈りにおいて神への人への率直な罪の告白があり、場合によっては傷つけた人への告白がある。
2. 邪悪な本と付き合っていた者たちはそれを焼いた(使徒19:19)。「まじないを行っていた多くの者も」――ギリシャ語の「タ・ペリエルガ」すなわち「無駄なこと」――「自分に関係のない多くのことに熱心な者」(ことばはこのように用いられる、テサロニケ第二3:11、テモテ第一5:13)で、魔術と占いの研究、司法占星術の本、出生占い、運命占い、霊の召喚と退散、夢解き、未来予知などに携わる者たち。これらに演劇、ロマンス、恋愛本、みだらで不謹慎な詩を加えるべきだと考える者もある。これらの者は、良心がかつてないほど目を覚まし、これらの本が教える業の悪を見て、「その本を集めて来て、すべての人の前で焼き捨てた」。エペソはこれらの「まじない」の用いで悪名高かった。それゆえまじないと呪文は「エペソの文字」と呼ばれた。ここで人々はあらゆる種類の本を整え、おそらくそれらの「黒」魔術を教える家庭教師を持っていた。それゆえ、これらが非常に流行していた場所で、これらの「まじない」に対するこのような立派なあかしが立てられたことは、キリストとその福音の誉れにとって大いなることであった。彼らがこれらのまじないの悪を確信し、もはやこれらを扱わないと決心したことは当然とされる。しかしそれだけでは不十分であり、本を焼かなければならないと考えた。(1) このように彼らは自分たちが犯した罪に対する聖なる憤りを示した。偶像礼拝者が悔い改めに導かれたとき、その偶像に「去れ」と言い(イザヤ30:22)、銀や金のものさえ「もぐらやこうもりに投げ捨てた」ように(イザヤ2:20)。彼らはこのように、自分たちにとって罪の道具であったものに信仰的な復讐をし、その悪に関する自分たちの確信の力を宣言し、それらのものがかつて魅力的であったのと同じくらい今や自分たちには忌むべきものとして感知されることを示した。(2) このように彼らは、二度とそれらの術や、それらに関連する本の使用に戻らないという決意を示した。彼らはその悪と危険とを十分に確信していたので、気が変わる可能性があるという想定の下に、本を手の届くところに置いておくことをしなかった。堅く二度と用いないと決心していたので、彼らはそれを焼いた。(3) このように彼らは再びそれらに戻る誘惑を取り除いた。本をそばに置いていたなら、現在の確信の熱が冷めたとき、それらを覗き見る好奇心を持ち、それらを好み、再び愛する危険に陥ったであろう。それゆえ彼らはそれを焼いた。観察せよ。真に罪を悔いる者は、できる限り罪の機会から自分を遠ざける。(4) このように彼らは他者が悪に陥るのを防いだ。もしユダがそばにいたなら、「売って貧しい人に金を与えよう」あるいは「聖書と良い本を買おう」と言ったであろう。しかし誰の手にこれらの危険な本が渡るか、それによってどれほどの危害がなされるかを誰が知り得よう。それゆえすべてを炎に委ねるのが最も安全であった。自ら罪から回復する者は、他者が罪に陥るのを防ぐためにすべてをし、他者の道に罪の機会を置くことをはるかに恐れるであろう。(5) このように彼らはこの世の富を軽蔑することを示した。本の値段は、おそらく彼らに焼くなと説得した者たちによって計算され、「銀五万枚」であることが分かった。ある者はこれを現代の貨幣で千五百ポンドと計算する。おそらく本は稀少で、おそらく禁じられており、それゆえ高価であった。おそらく彼らはそれほどの費用をかけてこれらを手に入れた。しかし悪魔の本であったので、これほど愚かにも買ったとしても、再び売るという邪悪さが正当化されるとは考えなかった。(6) このように彼らはこれらの邪悪な行ないからの回心を公に喜びのあかしをした。マタイがキリストによって収税所から召されたときに盛大な宴会を設けたように。これらの改宗者たちは共にこのかがり火を作り、すべての人の前で作った。彼らは密かに、それぞれ自分の家で本を焼くこともできた。しかし彼らは共に、同意の上でこれを行い、高い十字架で(私たちが言うように)行うことを選んだ。それはキリストと彼らのうちにあるその恵みが一層あがめられ、周囲のすべての者が一層建て上げられるためであった。
三、ここにエペソとその周辺における福音の進展と成功の一般的な説明がある(使徒19:20)。「このように、神のことばは力強く成長し、勢いを増した」。神のことばがここでされたように、力強く成長し勢いを増すのを見るのは祝福された光景である。1. 多くの者が教会に加えられることによって、それが外側に成長するのを見よ。まださらに多くの者が福音によって働きかけられ、それへの一致へと働き上げられるとき、それは成長する。それに最も従いそうもなく、それに最も強硬に反対していた者たちが征服され、それへの従順に導かれるとき、それは「力強く成長」したと言われる。2. 教会に加えられた者たちの知識と恵みの進歩によって、それが力強く勝つ広がるのを見よ。強い腐敗が死に、悪い習慣が変えられ、長年の悪い慣習が断ち切られ、快く、利益ある、流行の罪が捨てられるとき、それは力強く勝つ。そしてそのうちのキリストは勝って、さらに勝つために進む。
²¹ これらの事が終わった後、パウロは御霊のうちに、マケドニヤとアカヤを通り過ぎた後エルサレムに行こうと決心した。そして「わたしはそこに行った後、ローマをも見なければならない」と言った。
²² そこで彼自身に仕えていたテモテとエラストの二人をマケドニヤに遣わしたが、彼自身はしばらくアジヤに留まった。
²³ その頃、この道について大きな騒ぎが起こった。
²⁴ デメテリオという銀細工師がいて、アルテミスの銀の神殿を造り、職人たちに少なくない利益をもたらしていたからである。
²⁵ 彼はこれを同業の職人たちと共に集めて言った。「皆さん、ご存じの通り、わたしたちはこの仕事によって富を得ているのです。
²⁶ またあなたがたは見聞きしている通り、このパウロが、エペソだけではなく、ほとんどアジヤ全土にわたって、手で造ったものは神々ではないと説き、大勢の人を説き伏せ、向きを変えたのです。
²⁷ そうなると、わたしたちのこの職業が軽んぜられる危険があるばかりか、大女神アルテミスの宮も軽んぜられ、アジヤ全土および全世界が拝むその輝きも破壊される恐れがあります。」
²⁸ これを聞いた彼らは激しく怒り、「エペソ人のアルテミスは偉大なり」と叫んだ。
²⁹ 町中が混乱に満ちた。そしてマケドニヤ人ガイオとアリスタルコ、パウロの同行者たちを捕らえ、一団となって劇場へなだれ込んだ。
³⁰ パウロが人々の中に入ろうとしたが、弟子たちは彼を許さなかった。
³¹ またアジヤの首長たちの何人か、彼の友人たちが彼の所に使いを送り、劇場に入らないようにと懇願した。
³² そこである者は一つの事を叫び、ほかの者は別の事を叫んだ。集会は混乱しており、大多数はなぜ集められたのかを知らなかったからである。
³³ 群衆の中からアレクサンデルを引き出した。ユダヤ人たちが彼を前に押し出したのである。アレクサンデルは手を振り、人々に弁明しようとした。
³⁴ しかし彼がユダヤ人であることを知ると、皆一斉に二時間ほど「エペソ人のアルテミスは偉大なり」と叫んだ。
³⁵ 町の書記官が群衆をなだめて言った。「エペソの人たちよ、エペソ人の町が大女神アルテミス、ならびにユピテルから落ちてきた像の礼拝者であることを知らない者があろうか。
³⁶ これらは反論できないことなのだから、静かにしているべきであり、何事も軽率に行ってはならない。
³⁷ あなたがたはここにこの人々を引き出したが、彼らは宮の強盗でもなければ、あなたがたの女神を冒涜する者でもない。
³⁸ それゆえデメテリオと彼と共にいる職人たちが誰かに対して訴えることがあるなら、法廷は開かれており、地方総督もいる。互いに告発し合えばよい。
³⁹ ほかの事について問いただすことがあるなら、正しい集会で決定されるべきである。
⁴⁰ なぜならわたしたちは、今日の騒動について責任を問われる危険にある。この群衆について弁明のしようもないからである。」
⁴¹ これを語って、集会を解散させた。
I. パウロはここで、そこから去り、ほかの所で自分の仕事を切り盛りしようと予測しているまさにその時に、エペソで少しの悩みに巻き込まれている。見よ。
1. 彼がほかの場所へ行く目的をいかに立てたか(Ac 19:21,22)。彼は神のために広大な計画を持つ人であり、自分の影響をできるだけ広く広げようとしていた。エペソで二年以上を過ごした後、(1) 彼はマケドニヤとアカヤの諸教会、とりわけピリピとコリント、それらの州の主要都市を訪問しようと計画した(Ac 19:21)。そこに彼は教会を立てた。今はそれを訪問することに関心を持っていた。彼は御霊のうちにこれを決心した。自分自身の霊において、まだその目的を告げず、自分の心に留めておくことにおいて。あるいは、すべての彼の動きにおける導き手であり、彼が導かれた聖霊の指示において。彼は神のわざがそれらの場所でどう進んでいるかを見に行き、悪い所を正し、良い所を励ますことを決心した。(2) そこから彼はエルサレムに行き、そこにいる兄弟たちを訪問し、その手にある主の良きみこころの栄える様子を彼らに報告しようと計画した。そしてそこからローマに行こうと意図した。ローマを見るために。あの古の名高い都市を見ることで自分の好奇心を満たすことだけを意図したかのようにではなく、人々がローマを見に行こう、そこであちこち見て回ろうとよく言ったことの表現として。彼が意図したのはそこにいるクリスチャンを見、彼らに何らかの奉仕をすることであった(Ro 1:11)。ローマにいる良い人々こそ、彼が一目見ようと切望した町の誉れであった。ライトフット博士は、皇帝クラウディウスの死に際して、パウロがローマに行くことを考えたと推測する。彼はパウロがエペソにいた二年目に死んだからである。彼が生きている間、ユダヤ人はローマを禁じられていた(Ac 18:2)。(3) 彼はテモテとエラストをマケドニヤに遣わし、彼が意図する訪問を知らせ、エルサレムの貧しい聖徒たちのための献金の準備をさせた。その直後に彼はコリント人への第一の手紙を書いた。自らそれに続こうとした。1Co 4:17,19に見える通り。わたしはテモテをあなたがたに遣わした。しかしみこころのままなら、わたし自身まもなくあなたがたの所に行く。 当分の間彼はアジヤに留まった。エペソ周辺の地方で教会を立てていた。
2. 彼がその決心をいかに支持され、ついにエペソで出会った悩みによってそれを追わざるを得なくなったか。彼がそこで長く静かであったことは不思議である。しかしここに記録されていない悩みにそこで出会ったようである。この時に書かれた手紙で、彼はエペソで獣と戦った(1Co 15:32)と語っている。これは時折クリスチャンに与えられた野蛮な扱いに従って、劇場で野獣と戦わされたことを意味すると思われる。そしてエペソの近く、アジヤで彼らに臨んだ悩みについても、彼がいのちの望みを失い、自分自身のうちに死の宣告を受けたと語る(2Co 1:8,9)。
II. しかしここに記された悩みにおいては、彼は傷つくよりむしろ驚かされた。一般に、この道について大きな騒ぎが起こった(Ac 19:23)。ある歴史家たちは、キリストの競争者として立ち、シモンと同様に自分を何か偉大な者であると触れ回った有名な詐欺師アポロニウス・テュアナエウスが、パウロがエペソにいたちょうどこの頃そこにいたと言う。しかしその者が福音に与えた反対は取るに足りなかったので、ルカはそれに注意を払う価値がないと考えたようである。彼が記録する騒擾は別の性質のものであった。その詳細を見よう。ここに、
1. パウロと他の福音の伝道者に対する大きな訴え。アルテミス礼拝から人々を遠ざけ、銀細工師たちの商売をそこなったことについて。
(1.) 訴える者はデメテリオ、銀細工師である。おそらくその商売の主要な人物であり、同業者の誰よりも商売の利益を理解し、考慮する者と見なされたかった。ほかの種類の銀器も作ったかどうかは告げられない。しかしその商売で最も有利な部門は、アルテミスの銀の神殿を作ることであった(Ac 19:24)。ある者はこれらがアルテミスまたはその宮、あるいは両方の像が刻まれたメダルだと考える。ほかの者はそれらが宮の模型で、その中にアルテミスの像が小さく納められ、すべて銀で作られ、人々がローマ・カトリック教徒が十字架像を持ち歩くように携帯できるほど小さなものであったと考える。遠くからエペソの宮に拝みに来た者たちは、帰る時にこれらの小さな宮や社を買い、友人たちの好奇心を満たすため、またあの壮麗な建物の観念を自分の心に留めるために持ち帰った。職人たちが、そして銀細工師以上の位の狡猾な者たちが、人々の迷信からいかに自分の利益を得るかを見よ。
(2.) 彼が訴える対象は長官たちではなく、暴衆であった。彼は職人たちを、同業の職人たちと共に集めた(世的な利益以外には何の感覚も持たない機械工の一団)。そしてこれらをパウロに反対して扇動しようとした。彼らが理性によっては最も少なく動かされ、激怒によっては最も多く動かされることを彼は望んだ。
(3.) 彼の訴えと主張は非常に完全である。[1.] 彼はアルテミスの礼拝者のために銀の神殿を作る技術と奥義を支持し保つことが非常に必要であるという原則を置く(Ac 19:25)。「あなたがたはご存じの通り、わたしたちはこの仕事によって富を得ている。」単に生活と必要な食物だけでなく、富を。豊かになり、財産を築く。りっぱに暮らし、楽しみを維持する十分なものを持っている。だからどうなろうと、この技術が軽んぜられるようになってはならない。注目すべきは、人が富を得る手段によっては、正しかろうと間違っていようと、熱心になるのは自然なことである。多くの者がこの理由だけでキリストの福音に自らを向けた。それが人々を不法な技術から遠ざけるからである。それらによってどれほどの富が得られようとも。[2.] 彼はパウロが人々を偶像礼拝から遠ざけたと非難する。告発状に記された言葉は、彼が手で造られたものは神々ではないと主張した、というものである(Ac 19:26)。これほど平易で自明な真理、また預言者たちの*「職人がこれを造ったのだから神ではないか」という以上に説得力ある推論があろうか。わたしたちが神について持つ最初の最も本来の概念は、神はご自身から存在を持ち、誰にも依存せず、すべてのものが神から存在を持ち、神に依存している、ということである。そうであれば、人の心の想像と人の手のわざであるものは神々ではないことに違いない。しかしこれは異端的で無神論的な概念と見なされ、パウロはそれを維持した罪人とされた。彼らがこの教理自体に反対する何かを唱えることができたからではなく、その結果として、エペソという主要都市だけでなく、ほとんどアジヤ全土にわたって、最も良い客であり最も確実であると考えた国の人々の間で、彼が大勢の人をアルテミス礼拝から説き伏せ、向きを変えたこと。それゆえ今や銀の神殿に対する需要が以前ほどなく、よい値段がつかなくなった。最も露骨に不合理で、それ自体のうちに偽りの確証を伴うもの、手で造られたものは神々であるというこれのようなものを、もし人の法律と世的利益と先例がその側にあれば、固執する者はいる。 [3.] 彼らの商売が衰退する危険にあることを彼らに思い出させる。これに触れることは彼らの敏感な弱い部分に触れることである。「この教理が信じられるようになれば、わたしたちは皆終わりだ。店を閉じるしかない。このわたしたちの職業は軽んぜられ、迷信であり世を欺くものとして悪名を着せられ、誰もがそれを攻撃するだろう。このわたしたちの分け前」――その言葉の通り――「わたしたちの利益や商業の分け前は、失われる危険にあるだけでなく、わたしたちを危険に陥れ、わたしたちは物乞いになるだけでなく犯罪者となるだろう。」[4.] 彼はアルテミスへの強い熱心とその栄誉への嫉妬を装う。わたしたちの職業が危険にあるだけではない。もしそれだけなら、彼はこれほどの熱を込めて語ったとは思わせない。しかしすべて彼の心配は、大女神アルテミスの宮が軽んぜられ、その輝きが破壊されることである。そして彼はその女神の誉れの減少を何としても見たくない。アジヤ全土および全世界が拝む女神である。アルテミス礼拝が自分のために何を主張できたか、またその最も熱心な信奉者がそのために言い得た最上のものを見よ。第一に、それには豪華さがあった。宮の壮麗さこそ彼らを魅了し、彼らを縛り付けたものであった。その減少に、まして破壊に向かうものを考えることに耐えられなかった。第二に、それには数があった。アジヤ全土および全世界が拝む。だからパウロが何と言おうとも、それは正しい礼拝の道に違いない。このように全世界が獣を追い従うゆえに、龍、悪魔、この世の神は、自分の力と位と大いなる権威とを獣に与える(Re 13:2,3)。
2. この訴えに対する民衆の反応。告発は職人によって進められ、庶民を煽るように構成され、望んだ効果をもたらした。この機会に彼らは、(1.) 福音とその伝道者に対する大きな不満を示した。彼らは激しく怒った(Ac 19:28)。職人たちは、自分たちの商売と偶像が共に危険にあると告げられて、気も狂わんばかりになった。(2.) 自分たちの女神の栄誉に対する大きな嫉妬を示した。彼らは叫んだ。「エペソ人のアルテミスは偉大なり。われわれは彼女を守り抜き、彼女を守るために生き、死ぬ決心である。彼女を軽んじ、破壊を脅かす者がいるのか。彼らの扱いはわれわしに任せよ。手で造られたものは神々ではないとパウロがどれほど証明しようとも、ほかの神々や女神がどうなろうと、エペソ人のアルテミスは偉大であると固く守る。われわれは先祖から伝統を受け継いだ国の宗教を支持しなければならない。」このようにすべての民はおのおの自分の神の御名によって歩み、おのおのが自分の神を良く思った。ましてや真の神のしもべたちはそうすべきである。彼らはこの神は永遠の神と言えるのだから。(3.) 彼ら自身の間の大きな混乱(Ac 19:29)。町中が混乱に満ちた。偽りの宗教への不節制な熱心の一般的で自然な結果である。それはすべてを混乱に陥れ、理性の王座から退け、情念の王座につかせる。人々は互いの心を知らないだけでなく、自分自身の心も知らずに集まる。
3. これらの反発に駆り立てられた暴衆の行動、そしてそれがどこまで進んだか。
(1.) 彼らはパウロの同行者の何人かの手を取り、劇場に彼らを引きずり込んだ(Ac 19:29)。ある者はそこで彼らに獣と戦わせようと意図した、と考える。パウロがかつてそうしたように。あるいは単に彼らを辱め、群衆に見せ物にしようとしたのかもしれない。彼らが捕らえたのはガイオとアリスタルコであった。両者ともほかの箇所で読む。ガイオはデルベの出身であった(Ac 20:4)。アリスタルコもそこで語られ、Col 4:10でも。彼らはマケドニヤからパウロと共に来た。そしてこれが彼らの唯一の罪であった。奉仕においても苦難においても、パウロの同行者であったこと。
(2.) パウロは彼らに捕らえられることを逃れたが、友人たちが自分のために苦しんでいるのを知り、人々の中に入ろうとした。ほかに救う道がなければ、友人たちが自分のために苦しむより、自分自身を犠牲にしようとして。これは寛大な霊の証拠であり、自分の隣人を自分自身のように愛したことを示す。
(3.) 彼は友人たちの愛によってそれを思いとどまらされた。彼らが彼を押し留めた。[1.] 弟子たちは彼を許さなかった。彼がそれを申し出るのはふさわしくても、彼らがそれを許すのはふさわしくなかったであろう。彼らはダビデのしもべたちがダビデに言ったように、公の奉仕において身をさらそうとする彼に言う理由があった。あなたはわたしたちの万人にまさる(2Sa 18:3)。[2.] ほかの友人たちも、彼がこのように危険の中に身を投じるのを防ぐために介入した。彼らはガイオとアリスタルコよりも彼をさらにひどく扱うであろう。彼をその党の首領と見なしていたからである。だから彼らが嵐の直撃を受ける方が、彼がそれに乗り込むより良い(Ac 19:31)。彼らはアジヤの首長たちの何人かであった。Asiarchai。批評家たちは彼らが祭司たちのかしらであったと言う。あるいはほかの者のように、役者たちのかしろで。彼らがクリスチャン信仰に改宗したのか(祭司や支配者のうちにもそのような者が何人かいた)、あるいは単に思いやりのある善良な人としてパウロの善意者であったのかは告げられない。ただ彼らがパウロの友人たちであったことのみ。ライトフット博士は、彼らが彼らの劇場で彼が獣と戦って以来、彼に尊敬と愛情を保ち続け、彼が再び辱められるのではないかと恐れたと示唆する。善良な人々のいのちと慰めよりも、彼ら自身が注意を払うこと、それは友好的な振る舞いである。パウロが劇場に入ることは非常に危険な冒険であった。それが彼のいのちを損なうことは千に一つであった。それゆえパウロは友人たちに説き伏せられて自己保存の法則に従い、義務の道から外れない限り危険の道を避けることをわたしたちに教えた。わたしたちはいのちを捧げるよう召されることはあっても、いのちを投げ捨てるよう召されることはない。パウロが劇場よりは会堂に足を踏み入れる方がふさわしかったであろう。
(4.) 暴衆は完全な混乱にあった(Ac 19:32)。ある者は一つの事を叫び、ほかの者は別の事を叫んだ。彼らの想像と情念、またおそらく受けた報告に導かれるままに。ある者は「ユダヤ人を打ちのめせ」と叫び、ほかの者は「パウロを打ちのめせ」と。しかし集会は混乱していた。互いの心を理解していなかったから。互いに矛盾し、その事で互いに襲いかかろうとした。しかし彼ら自身の心は理解していなかった。真実は大多数はなぜ集まったのかを知らなかったこと。彼らは騒ぎの発端が何であったか、誰が始めたのか、ましてや彼らがそこで何の用があるのかを知らなかった。そのような機会には、大半の者はただ事態を尋ねるために来るだけである。彼らは叫びに従い、群衆に従い、雪玉のように膨らむ。多くいる所にはさらに多くなる。
(5.) ユダヤ人たちはこの騒動に関与しようとした(ほかの場所では彼らがそのような暴動の最初の扇動者であった)。しかしこのエペソでは暴衆を起こすだけの影響力がなく、それが起こった時にそれに乗じるだけの悪意はあった(Ac 19:35)。彼らはアレクサンデルを群衆の中から引き出した。パウロとその同行者に反対してユダヤ人のために語るために引き出した。「あなたがたはデメテリオと銀細工師たちが彼らをその宗教の敵として何を言うかを聞いた。わたしたちが彼をわたしたちの宗教の敵として何を言うかを聞いてほしい。」ユダヤ人たちは彼を前に押し出した。彼を励まし、彼を支持し、後押しすると告げた。そして彼らはこれを自分の防衛に必要なことと見なし、それゆえ彼が語ろうとしたことは、自分自身のためでなく、ユダヤ人全体のために人々に謝ることと呼ばれた。アルテミスの礼拝者はユダヤ人をパウロと同様に自分たちの敵と見なしていたからである。そこで彼らに、自分たちは彼らと同様にパウロの敵であることを知らせようとした。今こうしてキリストのしもべたちから自分を区別することに注意深く、彼らと間違えられることを恐れる者は、大いなる日にそれに応じた運命を受けるであろう。アレクサンデルは手を振り、パウロに反対して語られることを求めた。クリスチャンに対する迫害が行われる時に、その一端または他端にユダヤ人がいないことは不思議であろうから。彼らが悪事を始められなくても、それを助け、こうして他の人々の罪にあずかる者となる。ある者はこのアレクサンデルはかつてクリスチャンであったがユダヤ教に背教し、それゆえパウロを告発する適切な者として引き出されたと考える。そして彼がパウロに多大の害を与えた銅匠アレクサンデル(2Ti 4:14)、またパウロがサタンに引き渡した者(1Ti 1:20)であったと。
(6.) これが、告発者たちにパウロの友人たちに対する告発を取りやめさせ、女神を讃える歓呼の声に転じさせた(Ac 19:34)。彼がユダヤ人であることを知ると、そしてそのような者としてアルテミス礼拝の敵であることを(ユダヤ人は今や偶像と偶像礼拝に対して容赦のない憎しみを持っていたから)、彼がパウロのために、あるいはパウロに反して何を言おうとも、彼を聞くまいと決心し、それゆえ暴衆に叫ばせた。「エペソ人のアルテミスは偉大なり。彼女を非難する者が誰であれ、ユダヤ人であれクリスチャンであれ、われわれは彼女を讃えると決心している。彼女はエペソ人のアルテミス、われわれのアルテミス。彼女の宮を共に持つことはわれわれの誉れであり幸い。そして彼女は偉大な、名高い女神、普遍的に拝まれる。ほかのアルテミスもいるが、エペソ人のアルテミスはそのすべてにまさる。彼女の宮が誰のよりも豊かで壮麗だから。」これが二時間続いた叫びのすべてであった。そしてそれはパウロの教理、手で造られたものは神々ではない、に対する十分な論破と見なされた。このように最も神聖な真理も、しばしば騒ぎと叫喚と大衆の激怒だけで押し潰される。昔、偶像礼拝者について彼らは偶像の上に狂っていたと言われた。ここにその実例がある。アルテミスはエペソ人を偉大にした。その町がそこにあるアルテミスの宮へのあらゆる所からの大群衆によって富んだからである。それゆえ彼らはあらゆる手段によって、エペソ人のアルテミスは偉大なりと、その傾く評判を支えることに関心を持つ。
4. 町の書記官の思慮と警戒によって、これらの暴徒の鎮圧と解散がなされた。彼はgrammateus――書記、あるいは秘書、あるいは記録官と呼ばれる。「競技の登録官」、オリンピック競技(ほかの者はそう言う)、その務めは勝者の名と彼らが得た賞を保存することであった。彼はようやく声が届くように騒ぎを鎮め、彼らに平和的な演説を行い、ソロモンのことばの実例を示した。知恵ある者のことばは静かに聞かれる。愚かな者の間を治める者の叫びよりも、デメテリオがそうしたように。Ec 9:17。
(1.) 彼はアルテミスがエペソ人の名高い女神であったことを認めることで彼らに調子を合わせる(Ac 19:35)。誰も否定せず、また無知であり得ない真理をこれほど声高く熱心に主張する必要はなかった。すべての人がエペソ人の町が大女神アルテミスの礼拝者であることを知っている。neokorosである。その住民がこの女神の礼拝者であったというだけでなく、法人としての町がその特許状によって、アルテミスの礼拝を委ねられ、その宮を世話し、そこに敬意を払いに来る者の便を図ることを託されていた。エペソは大女神アルテミスのaeidua(それが最も適切な言葉であると言う)、あるいは聖堂管理者である。町はアルテミスが町の守護者である以上に、アルテミスの守護者であり保護者であった。偶像礼拝者が手で造られた神々の礼拝を維持するためにこれほど大きな配慮をした。真の生ける神の礼拝は軽んじられ、少数の国民や都市しかそれを支持し保護することを誇りとしない。エペソのアルテミスの宮は非常に豊かで壮大な建物であったが、宮の中のアルテミスの像は、それが宮をきよめると考えたため、宮よりも大きな尊敬を受けていたようである。人々にそれがユピテルから落ちてきたと信じ込ませたから。それゆえ手で造られた神々の一つではなかった。迷信深い人々の軽信が、悪意ある人々の欺瞞によっていかにもたやすく欺かれるかを見よ。このアルテミスの像が太古の昔から立てられ、誰が作ったか分からなかったため、人々にそれはユピテルから落ちてきたと信じさせた。「さてこれらの事」と書記官は非常に厳粛に言う(しかしそれを真剣に、自ら信じる者として言ったかは疑問であり得る)。「反論することはできない。これほど普遍の信用を得ているから、矛盾を恐れる必要はない。それはあなたがたに害を与えない。」ある者はこう取る。「アルテミスの像がユピテルから落ちてきたこと、わたしたちが皆信じていることを見れば、手で造られた神々に反対して語られることはわたしたちには全く影響しない。」
(2.) 彼らの宗教は必要とせず、また何ら真の益を受けられない、すべての暴力的で騒乱的な振る舞いに対して彼らを戒める(Ac 19:36)。*静かにしているべきであり、何事も軽率に行ってはならない。*これは私事にも公事にも常に守るべき非常に良い規則である。自分の動きにおいて急いだり性急であったりせず、熟慮し考える時間を取ること。自分自身や他者を熱させず、平静で落ち着き、常に理性を王座に置き、情念を抑制すること。この言葉は、自分自身や周囲の者が乱れ始めた時に平和を命じるために、わたしたちに備えられるべきである。*静かにしているべきであり、何事も軽率に行ってはならない。*後にゆっくりと悔いるような事を、急いではしてはならない。
(3.) パウロとその同僚に投げつけられた悪名を拭い去り、彼らが示されたような人々ではないと告げる(Ac 19:37)。「あなたがたはここにこの人々を引き出した。そして引き裂こうとしている。しかし彼らの違反は何か、その罪は何かを考えたか。彼らの上に何を証明できるか。彼らは宮の強盗ではなく、聖物の略奪や、ささげられた物を奪ったと訴えることはできない。彼らはアルテミスの宮やその宝物に暴行を加えていない。またあなたがたの女神を冒涜する者でもない。アルテミスの礼拝者に侮辱的なことばを与えず、彼女やその宮を卑猥に語らなかった。どうしてこのすべての激しさで、自分たちと同じ考えでなく、あなたがたに対して何の苦々しさも語らない者たちを訴えるのか。彼らが静かなのだから、あなたがたも熱くなる必要はない。」彼らがそのすべての力を向けたのは心の中の偶像であった。理性と論拠によって。それを倒すことができれば、宮の偶像は当然倒れる。偶像礼拝の宮に反対して語る者は真理をその側に持ち、それを力強く維持し、人々の良心に押し付けるべきである。しかしそれらの宮の強盗となってはならず(彼らは獲物に手を置かなかった――Es 9:15,16)、またそれらの礼拝を冒涜する者となってはならない。反対する者を情念と汚い言葉で侮らず、柔和をもって教える。神の真理は人の偽りを必要としないように、人の不節制な熱をも必要としない。人の怒りは神の義を実現しない。
(4.) 彼らを法の正規の方法に向かわせる。それは常に大衆の騒乱に優先すべきであり、文明化されたよく治められた国ではそうなる。平和の維持と、公の正義の執行と、すべての不正に対する救済の任命がなされた国に住むことは大きなあわれみであり、この点においてわたしたちの国民は他の民と同様に幸いである。[1.] もし訴えが私的な不正に関するものであれば、裁判官と法廷に頼るべきである。そこは定められた時に公に開かれる。もしこれほどの騒ぎを立てたデメテリオと銀細工師の一行が損害を受けた、あるいは法的に享有する特権が侵されたか削られたと見なすなら、訴えを起こし、法的手続きを取り、事は公正に裁かれ、正義がなされるべきである。*法廷は開かれており、地方総督もいる。*総督とその代理人がおり、その務めは両方の側を聞き、衡平に従って決定することである。そして彼らの決定にすべての者は服し、自分自身の裁判官とならず、民に訴えてはならない。法は、人が合法的に用いるなら、良いものである。争われた権利の発見のためにも、否定された権利の回復のためにも、最後の救済として。[2.] もし訴えが憲法に関する公の不満に関するものであれば、混乱した暴衆ではなく、州の会議によって是正されなければならない(Ac 19:39)。ほかの事について問いただす、共通の関心事に関する事を問いただすことがあるなら、正しい集会で決定されるべきである。権威ある者によって正規の方法で召集された市参事会と区長の会議において。私的な者は公の事に介入し、それを管轄する者の評議に先立ち在ってはならない。自分自身の事に気を配るだけで十分である。
(5.) 彼らが陥っている危険と、この暴動によって自ら招いた訴追を彼らに感じさせる(Ac 19:40)。「今日の騒動について責任を問われることにならなければよいが。皇帝の宮廷に、扇動的で騒乱を起こす町として訴えられ、撤回令状がもたらされ、わたしたちの特許状が取り上げられないことを。*この群衆について弁明のしようもないからである。*弁解のしようがない。他人が先に平和を破り、わたしたちは単に防御的に行動したと言って、平和を破ったことを正当化することはできない。そのような主張の根拠は全くない。それゆえ事をこれ以上進めないように。すでに進みすぎている。」注目すべきは、ほとんどの人は神の裁きよりも人の裁きを恐れること。わたしたちが、無秩序な食欲と情念の騒ぎを鎮め、その激しさを抑制するために、まもなく天と地の裁き主にこれらすべての無秩序について申し開きをしなければならないという考慮を用いることができれば、どれほど良かったであろうか。*わたしたちは、心の中で、家の中で、今日の騒動について責任を問われる危険にある。*そしてこの群衆やこの熱と激しさについて申し開きをする、正当な理由も、釣り合った理由もないのに、どうして答えようか。食欲の乱れを抑制するように、情念の乱れをもこれをもって抑制しなければならない。これらすべての事について、神はわたしたちを裁きに連れて行かれるからである(Ec 11:9)。申し開きをする者として自分自身を管理することに関心を持つべきである。
(6.) 彼らの暴力的な集会の不合理さと、そこから生じ得る悪い結果を示した後、彼らに速やかに解散するよう勧める(Ac 19:41)。彼は集会を解散させた。おそらく布告役に、すべての者が平穏に立ち去り、自分の仕事に戻るよう通告するよう命じた。彼らはそうした。見よ。[1.] 神の摂理が、人の心に対する説明のつかない力によって、公の平和をいかに保つか。このようにして世はある程度の秩序を保ち、人は海の魚のように、大きい者が小さい者を飲み込むことから抑制される。暴衆は一度立ち上がると、いかに激しく猛々しく、いかに治められない飼い慣らせない野獣であるかを考えれば、わたしたちが常にその専制の下にないことの神のいつくしみを認める理由がある。神は海のとどろきを、その波のとどろきを、そして(全能の力の証拠に劣らない)もろもろの民の騒ぎを静める(Ps 65:7)。[2.] 神がご自分の民を保護する方法がいかに多いかを見よ。この町の書記官はおそらくパウロの友人ではなく、彼が宣べた福音の友人でもなかった。しかしその人間の思慮が神の目的に仕えるために用いられた。正しい者の悩みは多い。しかし主はそのすべてから彼を救い出される。
私たちはパウロが諸教会を巡礼する旅の途中にあるのを見た(使徒の働き18:23)。しかし私たちは、またパウロ自身も、エペソの友人たちに再び戻り、しばらく滞在するという約束を忘れていなかった。この章は、パウロがその約束を果たす様子、すなわちエペソに来て、そこに二年間留まることを私たちに示す。ここで私たちは次のことを聞く。一、パウロがそこでみ言葉と教えによってどのように労したか。すなわち、ヨハネのバプテスマから先に進んでいなかった弱い信者たちをどのように教えたか(使徒の働き19:1-7)、ユダヤ人の会堂で三か月間どのように教えたか(使徒の働き19:8)、そこから追い出された時、公共の学び場で異邦人を長くどのように教えたか(使徒の働き19:9,10)、またその教えを奇跡によってどのように確証したか(使徒の働き19:11,12)。二、パウルの労の実りが何であったか。とりわけ、最悪の罪人である魔術を行なう者たちの中で、ある者はパウロの名を利用しようとしただけで恥を見(使徒の働き19:13-17)、他の者はパウロの教えを受け入れ、これを抱き寄せて回心した(使徒の働き19:18-20)。三、パウロがさらに有益な働きのためにどのような計画を立てたか(使徒の働き19:21,22)、そしてついにエペソで銀細工人たちからどのような患難に会い、そこを去って自ら定めた方針を追わざるを得なくなったか。すなわちデメテリがどうして群衆を扇動してアルテミスをたたえ叫ばせたか(使徒の働き19:23-34)、そしてそれが書記官によってどう鎮圧され散らされたか(使徒の働き19:35-41)。