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Matthew Henry's Complete Commentary

Matthew Henry · 1714

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Matthew Henry's Complete Commentary

Matthew Henry · 1714

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Matthew Henry 사후(1714) 공개 도메인. 디지털판 CC0-1.0.

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Galatians 2章 서론 Matthew Henry's Complete Commentary

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使徒は本章において、前章で始めた自らの過去の生涯と行動に関する記述を続けている。そして、他の使徒たちとの間に生じたいくつかの出来事をさらに取り上げることにより、敵対者たちがほのめかすようなことはなく、彼が福音の知識においても使徒としての権威においても、彼らの世話になったのではないこと、むしろ逆に、彼らと同等の任命を受けてこの務めに就いている者として、彼ら自身によって認められ、承認されていたことを明らかにする。I. 彼は、以前のエルサレム訪問から何年も経った後にもう一度行った旅と、その時の振る舞いについて特に彼らに告げる(Ga 2:1-10)。II. 次に、アンテオケで使徒ペテロと会ったもう一つの場面と、その場で彼に対して取らざるを得なかった態度について彼らに報告する。その対話の主題から、彼はこの書簡の主たる目的である、律法の行いによらずキリストへの信仰による義認という大教理へと論を進め、続く二章にわたってこれをより詳しく展開する。

Galatians 2章 1-10 Matthew Henry's Complete Commentary

Paul's Journey to Jerusalem; Paul's Decision and Fidelity (56 AD)

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パウロのエルサレム旅行;パウロの決断と忠実(紀元56年)

¹ それから十四年後、私はバルナバと一緒に、またテトスも連れて、再びエルサレムに上った。
² 私は啓示によって上った。そして私は異邦人の間で宣べ伝えている福音を彼らに提示した。ただし、評判のあった人たちには個人的に。それは、私が走っていること、あるいは走ってきたことが、無駄にならないためである。
³ しかし私と一緒にいたテトスはギリシヤ人であったが、割礼を受けるように強要されなかった。
⁴ その理由は、忍び込んだにせ兄弟たちのことによる。彼らは私たちがキリスト・イエスのうちに持っている自由を偵察するために、こっそりと入って来たのであって、私たちを奴隷のくびきにつなぐためであった。
⁵ 私たちは福音の真理があなたがたの間にとどまるように、一時も彼らに服従して譲歩することはしなかった。
⁶ そして、評判のあった人たちからは―彼らがどのような人たちであったかに私にとっては関係ないことだが。神は人の顔を偏り見られないのだが―事実、評判のあった人たちは私に何も付け加えなかった。
⁷ むしろ逆に、彼らは、割礼を受けていない者への福音が私に委ねられていること、ちょうど割礼の福音がペテロに委ねられていたのと同じようにであることを見た。
⁸ というのは、ペテロにおいて割礼への使徒職として力強く働いた方は、私においても異邦人に対して力強く働かれたからである。
⁹ そして柱石とみなされているヤコブとケファとヨハネは、私に与えられた恵みを認めた時、私とバルナバとに交わりの右手を差し伸べた。それは私たちが異邦人に行くように、彼らは割礼の者たちのところに行くためであった。
¹⁰ ただ一つ、彼らが望んだのは、貧しい人たちを思い出すことだけであった。このことには私自身も進んで努めたのである。

パウロが本章で自分について語る記述によれば、キリスト教が最初に宣べ伝えられ、植え付けられた当初から、最初にユダヤ人であったクリスチャンと、最初に異邦人であったクリスチャンとの間に見解の相違があったようである。最初にユダヤ人であった者の多くは儀式的律法への敬意を保ち、その評判を維持しようと努めた。しかし最初に異邦人であった者たちはモーセの律法に何の関心も払わず、自然宗教を完成するものとして純粋なキリスト教を受け入れ、それに固く立つことを決心した。ペテロは彼らの使徒であった。儀式的律法はキリストと共に死んでいたとはいえ、まだ葬られていなかったので、彼はそれに対して保たれている敬意には目をつぶった。しかしパウロは異邦人の使徒であった。彼はヘブル人の中のヘブル人であったが、純粋なキリスト教に固く立った。本章で彼は、彼と他の使徒たち、特に彼とペテロとの間でこのことについて何が起こったかを語る。

これらの節で彼は、自分がもう一度エルサレムに行った旅と、そこで他の使徒たちとの間で何が行われたかを知らせる(Ga 2:1-10)。ここで彼は以下を明らかにする。

I. このエルサレム行きに関連する幾つかの事情について。特に、1. その時期について。前回のもの(Ga 1:18で言及)から十四年後までなかったこと、あるいは他の者が好んで解するように、彼の回心から、またはキリストの死から数えてのことであった。このように有用な人物が何年にもわたってそのわざの中に保たれたことは、神の大いなる善なるわざであった。そして彼が他の使徒たちに何の依存もせず、彼らと同等の権威を持っていたことのある証拠となるのは、彼がこれほど長く彼らを離れていた間も、そのために問いただされることなく純粋なキリスト教を宣べ伝え、広めるために用いられていたことである。もし彼が彼らより下位であり、彼の教理が彼らに不承認であったなら、問いただされたであろうと思われる。2. 同行者について。彼はバルナバと共に上り、テトスも連れて行った。もしここで語られている旅がAc 15:36-41に記録されたものと同じであるとすれば(多くの者がそう考える通り)、なぜバルナバが同行したかの明らかな理由がある。彼はアンテオケのクリスチャンによって、パウロが赴く事業での同伴者かつ協力者として選ばれたからである。しかしテトスが彼と同じ任務に入れられたとは見られない以上、彼を連れて行った主な理由は、彼が常に宣べ伝えてきた教理を所有することに恥じても恐れもしないことを、エルサレムの人々に示すことにあったようである。というのは、テトスは今やキリスト教の信仰への回心者となっただけでなく、その宣教者でもあったが、生まれながらの異邦人であり、割礼を受けていなかった。それゆえ彼を同伴者とすることによって、彼らの教理と実行が一致しており、彼が割礼の不必要性とモーセの律法の遵守を宣べ伝えた通り、彼は割礼を受けていない者を所有し、彼らと交わることをいとわないことが示されたのである。3. 理由について。それは彼がこれに関する神的な啓示を受けていたことによる。彼は啓示によって上った。自分の頭で決めたのではなく、ましてやそこに呼び出されて出頭したのでもなく、天からの特別な命令と導きによるものであった。この使徒がその動きと事業において特別な神的導きの下にあることは、しばしば与えられた特権であった。そしてこれは私たちが期待すべき理由のないこととはいえ、重大なことにあたっては、私たちの能力の及ぶ限り、道が平らかにされるのを見出し、摂理の導きに身を委ねるよう努めるべきことを教える。

II. 彼はエルサレムに滞在中の振る舞いについて報告する。それは彼が他の使徒たちにいささかも劣らないこと、彼の権威も資格もあらゆる点で彼らに等しいことを示すものであった。彼は特に次のことを明らかにする。

1. 彼はそこで、異邦人の間で宣べ伝えている福音を彼らに提示したが、個人的に提示した、など。ここに大いなる使徒の忠実さと賢慮の両方を見ることができる。(1)彼が異邦人の間で常に宣べ伝え、これからも宣べ伝えようと決心していた教理、すなわちユダヤ教のいかなる混ぜ物もない純粋なキリスト教の教理について、自由で率直な説明を与えたことにおける忠実さ。これが多くの者にとって不快な教理であることを彼は知っていたが、それを所有することを恐れず、自由で友好的な仕方で彼らの前にそれを提示し、それがキリストの真の福音でないかどうかを彼らに判断させる。(2)しかし同時に彼はここに賢慮と警戒を用いる。なぜなら人をつまずかせることを恐れたからである。彼はより公けな方法よりも、より私的な方法でこれを行うこと、また一般の人々に向けてよりも評判のあった人たち、すなわち使徒たち自身、あるいはユダヤ人クリスチャンの中の指導的な人たちに向けてこれを行うことを選んだ。彼がエルサレムに来た時、大勢の者が信じており、なお律法のために熱心であったからである(Ac 21:20)。そしてこの警戒の理由は彼が走っていること、あるいは走ってきたことが無駄にならないため、すなわち自分に対する反対を煽り立てて、過去の労苦の成果が損なわれたり、将来の有用性が妨げられたりしないためであった。福音の進歩を妨げるものは、その教理に関する見解の相違以上のものはない。特にそれがその教授者たちの間に争いや論争を引き起こす時にそうであるが、彼らはあまりにも通常そうなる。彼の目的には、最も権威ある人たちに教理が承認されることで十分であった。他の者たちに承認されるかどうかは別として。それゆえ、つまずきを避けるため、彼はこれを公に教会全体にではなく、私的に彼らに伝えるのが最も安全であると判断した。使徒のこの振る舞いはすべての人、特に奉仕者に教える。彼らがいかに賢慮を必要としているか、また自分の忠実さと矛盾しない限り、すべての機会にそれを注意深く用いるべきであることを。

2. 実践において、彼は自分が宣べ伝えた教理に堅く従った。パウロは決断力のある人物であり、自らの原則に固執する。それゆえ、ギリシヤ人であるテトスを同伴していたにもかかわらず、彼が割礼を受けることを許さなかった。それは彼が異邦人に宣べ伝えた通りにキリストの教理を裏切らなかったからである。使徒たちはこれについて全く固執しなかったようである。というのは、彼らはユダヤ人回心者の中での割礼の使用には目をつぶったが、異邦人にそれを課すことには賛成しなかったからである。しかし他の人たちがそうした。彼らを使徒はにせ兄弟たちと呼び、忍び込んだ、すなわち教会の中に、あるいは彼らの交わりの中に入り込んだのであって、ただキリスト・イエスのうちに持っている自由を偵察するため、すなわちパウロが福音の教理として教え、キリスト教を受け入れる者の特権として描いた、儀式的律法からの自由の擁護に立つかどうかを見るためだけに来たのであると告げる。彼らの企ては彼らを奴隷のくびきにつなぐことであった。もし彼らがねらった点を制することができれば、これを実現できたであろう。なぜなら、もしパウロや他の使徒たちにテトスに割礼を受けさせることができたなら、他の異邦人にも容易に割礼を課し、こうして彼らをモーセの律法の束縛の下に置くことができたであろうから。しかしパウロは彼らの企てを見抜き、決して彼らに譲歩しなかった。彼は一時も服従して譲歩することはしなかった。この一つの事柄においても。その理由は福音の真理が彼らの間にとどまるためであった。すなわち異邦人クリスチャン、特にガラテヤ人が、それを純粋で完全なものとして保たれ、ユダヤ教の混ぜ物で腐敗させられないためであった。もし彼がこの事柄で譲歩していたならそうなったであろう。割礼は当時は中立的な事柄であり、ある場合には罪なく従うこともできた。それゆえにパウロ自身でさえ時にはそれに従ったことがある。テモテの場合のように(Ac 16:3)。しかしそれが必要なものとして主張され、たとえ単独の事例でのみの同意であっても、そのような強要に顔色を与えるものとして利用されそうな場合、彼は福音の純粋さと自由に対する配慮が強すぎて、これに服することはできなかった。彼はモーセの儀式と規定を主張する者たちに譲歩せず、キリストが私たちに得させてくださった自由に堅く立った。彼のこの振る舞いは次のことを観察する機会を与える。ある状況の下では合法的に従うことができる事柄も、真理を裏切ること、あるいは福音の自由を捨てることなしにはできない時には、拒絶されるべきである。

3. 彼は他の使徒たちと交わったとはいえ、彼らから知識や権威のいかなる追加も受けなかったこと(Ga 2:6)。評判のあった人たちとは他の使徒たち、特に後に名を挙げるヤコブ、ペテロ、ヨハネを指す。これらについて彼は、彼らが皆から正当に評判を得ていること、教会の飾りであるだけでなく、その支えでもある柱石として見なされていること(正当にも)、またある意味では彼より優位にあるように見えるかもしれないこと、すなわち彼らはキリストを肉において見たが彼は見ておらず、彼がまだ迫害者であった間にも彼より先に使徒であったことを認める。しかし、彼らがどのような人たちであったかにかかわらず、私には関係ない。これは彼が彼らと同等の使徒であることにとって何の妨げにもならなかった。神はそのような外面的な利点のゆえに人の顔を偏り見られないからである。神が彼らをこの職務に召したように、他の者をそのために資格づけ、その中に用いる自由をお持ちになる。そしてこの場合、神がそうされたことが明らかであった。というのは事実、評判のあった人たちは私に何も付け加えなかった。彼らは彼が啓示によってすでに知っていた以上のことを告げなかったし、彼が彼らに提示した教理に異議を唱えることもできなかった。ここから彼が彼らにいささかも劣らず、彼ら自身と同じように使徒として召され、資格づけられていることが明らかであった。

4. この対話の結果は、他の使徒たちが彼の神的使命と権威に完全に納得し、彼を同労の使徒として認めたことであった(Ga 2:7-10)。彼らは彼の教理に満足しただけでなく、彼がそれを宣べ伝え、またそれを確認するために奇跡を行うのに神的な力に伴われているのを見た。ペテロにおいて割礼への使徒職として力強く働かれた方は、私においても異邦人に対して力強く働かれた。そして彼らはここから正当に結論した。割礼を受けていない者への福音はパウロに、割礼の福音はペテロに委ねられたと。それゆえ、彼に与えられた恵みを認めて(彼も彼らと同じように使徒の誉れと職務に定められていることを)、彼らは私とバルナバに交わりの右手を差し伸べた。これは彼らと同等であることを認めるしるしであり、彼らが異邦人のところに行き、自分たちは割礼の者たちに宣べ伝え続けることに同意したのである。それはキリストの御心に最もかない、キリスト教の利益に最も貢献すると彼らが判断したから、このようにしてわざを分かち合ったのである。このようにしてこの会合は完全な調和と合意のうちに終わった。彼らはパウロの教理にも振る舞いにも承認を与え、彼に完全に満足し、彼をキリストの使徒として心から受け入れ、付け加えるべきことは何もなかった。ただ貧しい人たちを思い出すことだけを望んだ。そしてパウロは自ら進んでこれに励んだ。ユダヤのクリスチャンたちは当時大きな困窮と窮乏の下にあった。使徒たちは彼らへのあわれみと配慮から、パウロに彼らのケースを委ね、彼が異邦人の教会に対する自分の影響力を用いて彼らのために供給を取り計らうよう勧めた。これはもっともな願いであった。異邦人が彼らの霊的なものにあずかる者とされたなら、肉的なものをもって彼らに奉仕するのは彼らの義務であるから(Ro 15:27)。そして彼は非常に喜んでこれに同意した。これによって彼の慈善の精神と普遍的な気性が示された。ユダヤ人回心者を兄弟として認めることにどれほど進んであったかが。多くのユダヤ人回心者が回心した異邦人に同じような恵みをほとんど認めようとしなかったにもかかわらず。そして単なる見解の相違は、彼が彼らを助け、救おうと努める理由とはならないということが分かる。ここに彼はクリスチャンの愛の優れた模範を与え、私たちが自分と全く同じ見解の者だけに愛を限定すべきではなく、キリストの弟子と見なす理由のあるすべての人に進んでこれを広めるべきことを教える。

Galatians 2章 11-21 Matthew Henry's Complete Commentary

Peter Reproved by Paul (56 AD)

翻訳あり 本文を開く

ペテロがパウロによって戒められる(紀元56年)

¹¹ しかし、ケパがアンテオケに来た時、私は彼を公然とさえぎった。彼には非とされるべきことがあったからである。
¹² なぜなら、ヤコブのところからある人々が来る前には、彼は異邦人と共に食事をしていた。ところが彼らが来た時、彼は割礼の者たちを恐れて、身を引いて離れようとしたからである。
¹³ 残りのユダヤ人たちも彼と共に偽りを行った。その結果、バルナバまでも彼らの偽りに引きずり込まれた。
¹⁴ しかし彼らが福音の真理に従って正しく歩んでいないのを見た時、私はすべての者の前でペテロに言った。「あなたはユダヤ人でありながら、ユダヤ人のようにではなく、異邦人のように生きているのに、どうして異邦人にユダヤ人のように生きることを強要するのか。」
¹⁵ 私たちは生まれながらのユダヤ人であり、異邦人の罪人ではない。
¹⁶ しかし、人は律法の行いによっては義とされず、ただイエス・キリストへの信仰によって義とされることを知っているので、私たちもキリスト・イエスを信じたのである。それは、律法の行いによってではなく、キリストへの信仰によって義とされるためである。律法の行いによっては、だれ一人として肉なる者が義とされないからである。
¹⁷ しかし、もし私たちがキリストによって義とされることを求めながら、私たち自身も罪人であると見出されるなら、キリストは罪に仕える者となるのだろうか。断じてそんなことはない。
¹⁸ なぜなら、もし私がかつて打ちこわしたものを、もう一度建てるなら、私は自分を違反者として示すことになるからである。
¹⁹ というのは、私は神に向かって生きるために、律法をとおして律法に対して死んだのである。
²⁰ 私はキリストと共に十字架につけられた。それでも私は生きている。しかし、もはや私ではなく、キリストが私のうちに生きておられる。そして今私が肉において生きているいのちは、私を愛し、私のためにご自身を与えられた神の御子への信仰による生き方である。
²¹ 私は神の恵みを無にしてはいない。もし義が律法をとおして来るのなら、キリストは無駄に死なれたことになる。

I. パウロがエルサレムでの他の使徒たちとの間にあったことの記述から、ガラテヤ人たちは、敵対者たちが彼に対してほのめかしたことの虚偽と、彼が彼らに宣べ伝えた福音から離反した彼ら自身の愚かさと弱さを共に容易に見て取ることができた。しかし、すでに語ったことに重きを与え、ユダヤ主義的教师たちの暗示から彼らをより十分に堅固にするために、彼はアンテオケで使徒ペテロと会ったもう一つの場面と、そこで両者の間で何が行われたかを彼らに明かす(Ga 2:11-14)。アンテオケは異邦人クリスチャンの主要な教会の一つであり、エルサレムがユダヤ教からキリストの信仰へと転じたクリスチャンたちの教会であったのと同じであった。ペテロがアンテオケの監督であったと仮定する根拠は全くない。もしそうであったなら、ここに見る通りパウロはペテロの自分の教会で彼に逆らうことはしなかったであろう。むしろ逆に、これは彼がそこへ行った折の訪問として語られている。彼らの前回の会合では、良い調和と合意があった。ペテロと他の使徒たちはパウロの任命を認め、彼の教理を承認し、非常に友好的に別れた。しかし今回はパウロはペテロに逆らわざるを得ないと感じた。彼には非とされるべきことがあったからである。これは彼がペテロに劣らないことの明白な証拠であり、したがってペテロの後継者としてのローマ教皇の首位性と無謬性の主張の弱さを示すものである。ここで観察すべきこと。

1. ペテロの過ち。彼が異邦人の教会の間に来た時、彼らは割礼を受けていないにもかかわらず、彼らに従い、彼らと共に食事をした。これは特に彼に与えられた指示(Ac 10:9-16)に沿うものであった。すなわち、彼は天の幻によって何一つ清くないもの、汚れたものとしてはならないと警告されたのである。しかし、エルサレムからあるユダヤ人クリスチャンたちが来た時、彼は割礼の者たちに機嫌を取り、彼らをつまずかせることを恐れるためだけに、異邦人を遠ざけるようになった。これは疑いなく異邦人の教会に大きな悲しみと落胆を与えた。そこで彼は身を引き、離れていった。この彼の過ちは他の者たちにも悪い影響を及ぼした。残りのユダヤ人たちも彼と共に偽りを行ったからである。彼らは以前はより良い心持ちであったかもしれないが、今や彼の例から、異邦人と食事をすることに疑いを持ち、彼らが割礼を受けていないがゆえに良心の上でそれができないと偽った。そして(信じられないことだが)異邦人の使徒たちの一員であり、異邦人の教会を植え、水を注ぐ器であったバルナバさえ、彼らの偽りに引きずり込まれた。ここで次のことに注意せよ。(1)最善の人々でさえ、自分に任されれば示す弱さと不堅実さ、そして人の好意を得ることへの不当な配慮から、神に対する義務においていかにたじろぎやすいか。(2)悪い例の大きな力、特に偉大な人々、良い人々、知恵と誉れの点で評判のある人々の例の力。

2. パウロが彼の過ちについて彼に与えた戒め。ペテロの品性にもかかわらず、彼が福音の真理にも教会の平和にも大きな不利益をもたらすこのような振る舞いをしているのを観察した時、彼はそれについて彼を戒めることを恐れない。パウロは他の者たちが自分たちの原則においてたじろぐ時、確固として自らの原則に固執した。彼は彼らの誰よりも良いユダヤ人であった(ヘブル人の中のヘブル人であったから)が、異邦人の使徒としての職務を誇り、それゆえ彼らが落胆し、踏みつけられるのを見過ごしにしなかった。彼らが福音の真理に従って正しく歩んでいないのを見た時、すなわち彼らが福音の教える原則、彼らが所有し受け入れていると告白した原則、すなわちキリストの死によってユダヤ人と異邦人との間の隔ての壁が取り壊され、モーセの律法の遵守はもはや有効でないという原則に生きていないのを観察した時、ペテロの過ちが公けなものであったので、彼は公然と彼を戒めた。*彼はすべての者の前で彼に言った。「あなたはユダロ人でありながら、ユダヤ人のようにではなく、異邦人のように生きているのに、どうして異邦人にユダヤ人のように生きることを強要するのか。」*ここにおいて彼の振る舞いの一つの面はもう一つの面と矛盾していた。すなわち、ユダヤ人である彼が、時に儀式的律法の使用を控え、異邦人のように生きることができたとすれば、これは彼がその遵守をユダヤ人自身にとってさえなお必要とは見なしていないことを示す。それゆえ彼は自分自身の実践と矛盾して、これを異邦人クリスチャンに課すことはできなかったはずである。しかしパウロは彼をこれで責め、いや、異邦人にユダヤ人のように生きることを強要していると彼を描く。公然たる力と暴力によってではなく、彼のしたことの傾向がそうであったからである。それは事実上、異邦人はユダヤ人に従わなければならないか、さもなければクリスチャンの交わりに迎え入れられない、と示すことであった。

II. パウロはこのように自らの品性と職務を確立し、自分がペテロ自身を含め、いかなる使徒にも劣らないことを十分に示した上で、彼がペテロに与えた戒めの記述から、福音の大いなる根本的教理、すなわち義認はキリストへの信仰によってのみあり、律法の行いによるのではないという教理へと論を進める(章の終わりまでのすべてが彼がアンテオケでペテロに語ったことであると考える者もいるが)。この教理はユダヤ人と同調したペテロを罪に定めた。なぜなら、もしその宗教の原則が、福音が義認の道具であって律法ではないということであったなら、彼は律法を保ち、これを義認のわざにおいて信仰と混ぜようとする者たちを是認することにおいて非常に悪いことをしたことになるから。これがパウロがガラテヤ人の中に宣べ伝え、彼がなお固く立ち、この書簡において彼が言及し確立することに専念する教理であった。これについてパウロは次のことを明かす。

1. ユダヤ人クリスチャンたち自身の実践について。「私たち」と彼は言う。「生まれながらのユダヤ人であり、異邦人の罪人ではない」(すなわち、ユダヤ教に生まれ育ち、汚れた異邦人の中ではなく生まれた、私たちでさえ)、「人は律法の行いによっては義とされず、ただイエス・キリストへの信仰によって義とされることを知っているので、私たち自身もキリスト・イエスを信じた。それは、律法の行いによってではなく、キリストへの信仰によって義とされるためである。」そして、もし私たちがキリストへの信仰によって義認を求める必要があったとすれば、なぜ私たちは自分自身を律法で縛るのか。私たちは何のためにキリストを信じたのか。キリストへの信仰によって義とされるためではなかったのか。もしそうなら、律法に戻り、道徳的なわざの功績によっても、いかなる儀式的犠牲や清めの影響によっても義とされることを期待するのは愚かではないか。そして、生まれながらのユダロ人である私たちが律法に戻り、それによって義認を期待することが誤りであるとすれば、律法の行いによっては、だれ一人として肉なる者が義とされないのであるから、一度もその下になかった異邦人にこれを求めることははるかに誤りではないか。これに重きを持たせるため彼は付け加える(Ga 2:17)。「しかし、もし私たちがキリストによって義とされることを求めながら、私たち自身も罪人であると見出されるなら、キリストは罪に仕える者となるのだろうか。」もし私たちがキリストのみによって義認を求め、他の者たちにもそうするように教えながら、私たち自身が罪に顔色を与え、あるいは罪に甘んじる者として、あるいはむしろ異邦人の罪人、モーセの律法をも守らない限り交わるにふさわしくない者として見なされるなら、キリストは罪に仕える者となるのだろうか。もし彼が私たちを、罪に自由を与える教理を受け入れるよう導き、あるいはそれによって私たちが義とされるどころか、汚れた罪人のままであり、交わるにふさわしくない者であるような義認の道へ導くなら、そうならないだろうか。これが帰結であると彼は暗示するが、彼はこれを忌み嫌って退ける。「断じてそんなことはない」と彼は言う。「私たちがキリストやその教理についてそのような考えを抱くとは。すなわち、彼が欠陥があり効果のない義認の道へ私たちを導き、それを受け入れる者をなお義とされないままにし、あるいは罪や罪人に最もわずかでも励みを与えるようなものとは。」これはキリストに非常に不名誉であり、彼らにも非常に不利益である。というのは(Ga 2:18)、「もし私がかつて打ちこわしたものを、もう一度建てるなら」、すなわちモーセの律法の遵守が義認に必要でないと教えた者が、今や言葉や実践によってそれが必要であると教えたりほのめかしたりするなら、「私は自分を違反者として示す」。すなわちキリストへの信仰にもかかわらず、自分がなお汚れた罪人であり、罪の責めの下にあると認めることになる。あるいは欺きと矛盾、自分自身と矛盾する行動の責めを負うことになる。このように使徒は、ユダヤ人クリスチャンたち自身の原則と実践から、またそれからの離反がもたらす結果から、律法の行いによらない信仰による義認という大教理を論証する。これから、ペテロと他のユダヤ人たちが異邦人クリスチャンとの交わりを拒み、彼らを律法の束縛の下に置こうとしたことにおいて、いかに大きな誤りにあったかが明らかであった。

2. 彼自身の判断と実践がどのようなものであったかを明かす。(1)彼は律法に対して死んでいた。他の者たちがそれをどう評価しようとも、彼自身としては、彼はそれに対して死んでいた。彼は道徳的律法がそれに書かれているすべての事を行わないすべての者をのろうことを知っていた。それゆえ、義認と救いのその道から的一切望として、彼はそれに対して死んでいた。儀式的律法については、彼はまた、それがキリストの来臨によって今や古び、取って代えられたことを知っていた。それゆえ本体が来た以上、彼はもはや影に何の関心も払わなかった。彼は律法自身をとおして、このように律法に対して死んでいた。律法はそれ自体が終わったものであることを示した。律法自時間を考察することによって、彼は(完全な従順を遂げ得る者がいないゆえ)そのわざによる義認は期待できないこと、またキリストにおいてそれらが成し遂げられ、彼が私たちのためにご自身を犠牲として献げられることによってそれらに終止符が打たれた以上、もはやその犠牲や清めの必要はないことを見た。それゆえ、ますますこれを考察するほど、ユダヤ人が主張するようなそれへの敬意を保つ必要がないことを見た。しかし、彼はこのように律法に対して死んでいたとはいえ、自分自身が律法を持たないとは考えなかった。彼はそのわざによる義認の一切望を放棄し、もはやその束縛の下に留まることを欲しなかったが、神に対する義務から解放されたとは到底考えなかった。むしろ逆に、彼は神に向かって生きるために、律法に対して死んだのであった。彼が受け入れた福音の教理は、彼に対する義務のきずなを弱めるのではなく、むしろそれを強め、確固たるものにした。それゆえ、彼は律法に対して死んでいたとはいえ、それはただ、神により良く、新たないのちを生きるためであった(Ro 7:4,6のように)。すなわちモーセの律法の遵守が今となってはなし得るよりも、神によりかない、受け入れられるいのち、キリストへの信仰のいのち、またその影響の下にある聖さと義とに向かう神へのいのち。これに応じて彼は次のことを明かす。(2)彼が律法に対して死んでいたように、彼はイエス・キリストをとおして神に対して生きていた(Ga 2:20)。私はキリストと共に十字架につけられた、など。そしてここで彼自身のことばで、信者の奥義ないのちの素晴らしい描写を与える。[1.] 彼は十字架につけられており、それでも生きている。古き人は十字架につけられ(Ro 6:6)、新しき人は生きている。彼は世に対して死に、律法に対して死に、それでも神とキリストに対して生きている。罪は打ち殺され、恵みは生かされている。[2.] 彼は生きており、しかも彼ではない。これは奇妙である。私は生きている、しかも私ではない。彼は恵みの行使の中に生きている。彼は恵みの慰めと勝利を持っている。しかしその恵みは彼自身からではなく、他の者から来る。信者は自分が依存の状態に生きているのを見る。[3.] 彼はキリストと共に十字架につけられており、しかもキリストが彼のうちに生きている。これは彼とキリストとの神秘的な一致から生じる。これによって彼はキリストの死にあずかり、その徳によって罪に対して死に、同時にキリストのいのちにあずかり、その徳によって神に対して生きる。[4.] 彼は肉において生きており、しかも信仰によって生きている。外面には彼は他の人々と同じように生き、自然ないのちは他の者たちと同じように支えられている。それでも彼には彼を支え、駆り立てるより高く、より高貴な原則がある。すなわちキリストへの信仰、特に彼が私たちのためにご自身を与えられた愛の不思議を見つめる信仰。それゆえ、彼は肉において生きていても、肉に従って生きるのではない。注意せよ、真の信仰を持つ者はその信仰によって生きる。そして信仰がしっかりと掴む大いなるものは、キリストが私たちを愛し、私たちのためにご自身を与えられたことである。キリストが私たちを愛された大いなる証拠は、彼が私たちのためにご自身を与えられたことである。そしてこれこそ、私たちが彼に向かって生きるために、信仰を合わせるべき主として関心を持つべきことである。

最後に、使徒は律法の行いによらずキリストへの信仰による義認の教理(彼が主張し、他の者たちが反対した)によって、彼が反対の見解が負わされていた二つの大きな困難を避けたことを明かして、この論述を結ぶ。1. 彼は神の恵みを無にしなかったこと。律法の行いによる義認の教理はこれを無にする。というのは彼が論じる通り(Ro 11:6)、もし恵みによるのでなければ、もはや恵みではないからである。2. 彼はキリストの死を無にしなかったこと。もし義が律法をとおして来るなら、キリストは無駄に死なれたことにならざるを得ない。なぜなら、もし私たちがモーセの律法による救いを期待するなら、私たちはキリストの死を不必要にするからである。なぜなら、もし私たちがそれなしで救われ得たなら、彼が死ぬように任命された目的は何であったのか。