Barnes' Notes on the Bible
Albert Barnes · 1834
Albert Barnes' Notes on Revelation Of St. John The Divine (New Testament, English original, public domain). Sourced from the Christian Classics Ethereal Library (CCEL). Public domain. Retrieval mirror: biblehub.com/commentaries/barnes.
- 翻訳進捗
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- 原文言語
- en
この章は、前の二章で提示されたのと同じ一般的な主題の続きである。これは(イザヤ40の分析を参照せよ)、バビロンにおける捕囚のユダヤ人たちに、彼らの捕囚の終わりに近い時点で語られたものとみなされるべきであり、その全般的な目的は、彼らを神に信頼させて安らがせ、解放を保証することにある。それゆえ、これらの章の第一の目的は、東から起こされて彼らをその束縛から救い出すために立てられる者、すなわちクルスに注意を向けることである。しかしこれを行なううちに、預言者の心は、預言的示唆の法則によって(イザヤ書緒論第7節III.3を参照せよ)、はるかに偉大な救い主へと導かれる。そして時にはあまりに完全に、あまりに専心して、クルスを全く見失うほどであり、ユダヤ人の自分たちの国土への帰還は、世界の贖いというより崇高な観想の中で忘れられている。前の諸章では、預言者の注意はとりわけクルスに向けられ、時折メシヤへの言及がなされていた。この章の冒頭において、彼はクルスを全く見失い、注意を将来のメシヤだけに固定したように見える(イザヤ42:1の注解を参照せよ)。この章は、私の理解するところ、主に、あるいは完全に、メシヤの性質とわざの描写に費やされている。このことの証拠は、この章自体の注解において提出されるであろう。メシヤが導入されている目的は、神が彼らの守り手であり、長く約束された君また救い主が、彼らの回復され取り戻された民族からやがて立ち上がるというのが神のみこころであることを、ユダヤ人たちに確信させることである。もちろん、これが起こるべきものであるならば、彼らの国民的存在は保たれるはずであった。それゆえこの章には、彼らの自分たちの国土への帰回への言及があるが、その主な趣旨はメシヤに関係している。
この章は二つの部分に分けて見ることができる。第一の部分(イザヤ42:1-9)で、預言者はメシヤを描写する。ヤハウェが語る者として導入され、イザヤ42:1-4においてその性質を描写する。彼はヤハウェのしもべであり、御霊の満ち満ちたものを授けられている。柔和で、へりくだり、穏やかで、親切である。その動きは目立たず物音を立てないが、それでいて真理の征服を確保する。ヤハウェは次に(イザヤ42:5-7)、メシヤご自身に直接語りかけ、彼をお立てになった目的、すなわち異邦人の光となり、盲人の目を開き、神とその民との間の契約の保証となることを述べられる。イザヤ42:8-9で、ヤハウェはこの預言が与えられた民の方に向かれ、この主題への彼らの注意を呼び覚まし、なされてきた預言を思い出させ、この預言の成就が、以前のすべての預言と同様、偶像に対する神の優越を実証し、神こそ真の神であることを示すであろうと言われる。
この章の第二の部分(イザヤ42:10-25)は、主として、ここで告げ知らされた真理を視野に置いて喜ぶようにとの、世界への、とりわけ捕囚のユダヤ人たちへの呼びかけから成る。この一般的な呼びかけは、以下の部分あるいは箇所を含んでいる。
(1) 序論(イザヤ42:10-12)において、ヤハウェは地のすべての住民にその御名を賛美し栄光を帰すよう呼びかけ、海の上にいる者たちに、島々の住民に、荒野と寂しい所に、村々と岩の住民に、この栄光ある出来事のゆえに喜ぶべき理由をみな持っている者たちとして訴えられる。
(2) イザヤ42:13-17において、ヤハウェはご自分の民の解放と、それが成し遂げられる確かさについて特に語られる。神は長いあいだ介入を遅らせておられたが、今やその力をもって進み出て、敵を滅ぼし尽くし、ご自分の民を贖い、彼らの前に闇を光とされる。その一方で、偶像を礼拝する者たちはみな、防衛の手段も助けもなく残されるであろう。
(3) イスラエルの民は次に直接語りかけられ、その性質と義務が提示される(イザヤ42:18-25)。彼らは盲人で聾人のような民として語りかけられ、奮起して真の知識に達するよう努めるよう諭される。神が彼らのために行われたすべてのこと、またその恵み深いすべての介入にもかかわらず、彼らは心をかたくなにし、目を閉ざし、あらゆる良い感銘に対して自分を鋼のように固めていた。このために神は彼らを罰せられた。神は彼らを略奪物として敵に与え、重く長く続く災いの中に彼らを沈められた。彼らは今、神の教えと約束とに心を留め、これより後は従順な民となるよう召されているのである。