Matthew Henry's Complete Commentary
Matthew Henry · 1714
Matthew Henry 사후(1714) 공개 도메인. 디지털판 CC0-1.0.
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¹ 第二のくじがシメオンに、すなわちその氏族によるシメオンの子らの部族に出た。彼らの相続地はユダの子らの相続地の中にあった。
² 彼らの相続地にはベエル・シェバ(すなわちシェバ)、モラダ、
³ ハザル・シュアル、バラ、アゼム、
⁴ エルトラデ、ベトゥル、ホルマ、
⁵ ジクラグ、ベテ・マルカボテ、ハザル・スサ、
⁶ ベテ・レバオテ、シャルヘン。村々と共に十三の町。
⁷ アイン、リンモン、エテル、アシャン。村々と共に四つの町。
⁸ およびこれらの町々の周囲のすべての村、バアラテ・ベエル、南のラマテまで。これがその氏族によるシメオンの子らの部族の相続地である。
⁹ ユダの子らの分から*シメオンの子らの相続地が出た。*ユダの子らの分が彼らには多すぎたからである。それゆえシメオンの子らは彼らの相続地の中に相続地を持った。
シメオンの割り当てはユダ、ヨセフ、ベニヤミンの後に引かれた。ヤコブがその部族を恥の下に置いたからである。しかしそれはリアの二人の若い息子と三人の侍女の子らの前に置かれている。私たちの知る限り、この部族からは注目すべき人物、士師も預言者も出なかった。
I. 彼らの割り当ての位置はユダのものの中にあった(ヨシ19:1)。そしてそこから取られた(ヨシ19:9)。最初に地を測量した者たちは、それが実際より大きいと思い、ユダのために切り出したのと同じくらい大きな分を各部族に比例して与えることができると思ったようである。しかしさらに厳密な調査の結果、それは届かないことが判明した(ヨシ19:9)。*ユダの子らの分は彼らには多すぎた。*彼らが必要とする以上であり、証明されたように、彼らの取り分以上であった。しかし神はくじによってそれを減らさず、誤りを発見し修正するために彼らの賢明さと配慮に任せた。彼らがそうしたとき、1. ユダの人々は、最初の分配で彼らの境界内に落ちた町々が再び取り去られることに反対しなかった。彼らが自分たちの取り分より多く持っていることが明らかになったとき。このような場合にはすべて、誤りは例外とされ、機会があれば見直しが認められるべきである。厳密には、彼らのくじに落ちたものは全世界に対して彼らの権利であったが、別の部族が彼らの余分を持つであろうことが明らかになったとき、彼らはそれに固執しなかった。注意せよ。私たちは自分のことだけではなく、他の人々のことを見なければならない。ある人々の豊かさは他の人々の欠乏を補うべきである。そこにいくらかの平等があるかもしれない。法がないところにも衡平法がありうる。2. このようにユダから取り去られ、新しいくじに入れられることになったものは、摂理はシメオン部族に導いた。ヤコブのこの部族に関する預言が成就するためである。*私はヤコブにおいて彼らを分けよう。*シメオンの町々はユダに散らばっていた。海の方の側を除いて、彼らはユダに囲まれていた。これは彼らをユダ部族との同盟に導き(士1:3)、後に十部族がヤロブアムに反逆したとき、多くのこの部族がダビデの家に固執する幸いな機会となった。II歴15:9、*シメオンから彼らはアサに豊かに落ちた。*良い近所にいることは良いことである。
II. 彼らの割り当て内の町々がここで名前を挙げられている。ベエル・シェバ、すなわちシェバ。これらの名前は同じ場所を指すと思われる。最初に置かれている。ダビデの物語で読むジクラグはその一つである。彼らが自分たちの境界を広げ、自分たちのために余地を作るために取った方法はI歴4:39-43等に見出される。
¹⁰ 第三のくじがその氏族によるゼブルンの子らに上がった。彼らの相続地の境界はサリデまでであった。
¹¹ 彼らの境界は海に向かって上り、マララに行き、ダバシェテに達し、ヨクネアムの前にある川に達した。
¹² サリデから東、日の出の方に回り、キスロテ・タボルの境界に向かい、ダベラテに出て、ヤフィアに上った。
¹³ そこから東に沿ってギッタ・ヘフェル、イッタ・カジンに進み、レモン・メトアル、ネアに出た。
¹⁴ 境界は北側にハナトンを回り、その果てはイフタテ・エルの谷にあった。
¹⁵ カタテ、ナハラル、シムロン、イダラ、ベツレヘム。村々と共に十二の町。
¹⁶ これがその氏族によるゼブルンの子らの相続地、これらの町々とその村々である。
これはゼブルンの割り当てである。ゼブルンはイッサカルの後にリアから生まれたが、ヤコブとモーセによって彼の前に祝福された。それゆえ彼のくじがイッサカルの前に引かれ、その北、アセルの南に位置するように取り計らわれた。1. この部族の割り当ては西は大海、東はティベリアスの海に洗われていた。ヤコブの預言(創49:13)に応えて。ゼブルンは船の停泊所となる。大海での交易船とガリラヤ湖での漁船。2. この部族には旧約聖書で有名になった場所がいくつかあった。特にエリヤの時代に神とバアルの間の有名な試みがなされたカルメル山。しかしそれは新約聖書でさらにいっそう輝かしくされた。この部族の割り当て内にはナザレがあった。私たちの救い主が地上での時間の多くを過ごし、そこからナザレのイエスと呼ばれた場所。また主が変貌されたタボル山。そしてキリストがこれほど多くの説教を語り、これほど多くの奇蹟を行われたガリラヤ湖の沿岸。
¹⁷ そして第四のくじがイッサカルに、すなわちその氏族によるイッサカルの子らに出た。
¹⁸ 彼らの境界はイズレエル、ケスロテ、シュネムに向かっていた。
¹⁹ ハファライム、シオン、アナハラテ、
²⁰ ラビテ、キシオン、アベズ、
²¹ レメテ、エン・ガニム、エン・ハダ、ベテ・パゼツ。
²² 境界はタボル、シャハジマ、ベテ・シェメシュに達し、その境界の果てはヨルダンであった。村々と共に十六の町。
²³ これがその氏族によるイッサカルの子らの部族の相続地、町々とその村々である。
イッサカルの割り当ては東のヨルダンから西の大海に走り、南はマナセ、北はゼブルンであった。数の多い部族であった(民26:25)。士師の一人であるトラはこの部族であった(士10:1)。イスラエルの王の一人であるバアシャもそうであった(I王15:27)。この部族で最も重要な場所は、1. イズレエル。そこにアハブの宮殿があり、その近くにナボテのぶどう園があった。2. シュネム。エリシャをもてなしたあの良いシュネムの女が住んでいたところ。3. キションの川。その岸で、この部族において、シセラがデボラとバラクによって打ち破られた。4. ギルボアの山。そこでサウルとヨナタンが殺され、それはサウルが口寄せに相談したエン・ドルから遠くなかった。5. メギドの谷。そこでヨシヤがハダデ・リンモンの近くで殺された(II王23:29、ゼカ12:11)。
²⁴ 第五のくじは、その氏族に従ってアシェルの子らの部族に出た。 ²⁵ 彼らの領土は、ヘルカテ、ハリ、ベテン、アクシャフ、 ²⁶ アラムメレク、アマデ、ミシャアルであり、西のほうはカルメルおよびシホル・リブナテに達し、 ²⁷ 日の昇るほうへベト・ダゴンに向かって曲がり、ゼブルンに達し、ベト・エメクとネエルの北側に沿ってイフタ・エルの谷に及び、左の手のカブルに出た。 ²⁸ またヘブロン、レホブ、ハモン、カナ、大シドンにまで及んだ。 ²⁹ 境界はラマに向かい、堅固な町ツロに及び、境界はホシャに曲がり、その果てはアクジブの領土から海に至った。 ³⁰ またウマ、アフェク、レホブ。二十二の町とその村落。 ³¹ これらが、その氏族に従うアシェルの子らの部族の相続地、これらの町々とその村落である。
アシェルの相続地は大海の沿岸に位置していた。この部族でわれわれが読むところの有名な人物は、われわれの救い主の誕生のとき神殿に常に滞在していた女預言者アンナのほかにはいない(ルカ2:36)。この部族には有名な場所も多くはなかった。アフェク(ヨシュア19:30に言及)は、ベン・ハダドがアハブに打ち破られた場所の近くであった(列王記上20:30)。しかし、この部族に直接隣接して、われわれがしばしば読むところの有名な港湾都市ツロとシドンがあった。ツロはここであの堅固な町(ヨシュア19:29)と呼ばれているが、パトリック監督は、これがのちにわれわれが読むツロと同じものでないと考えている。後者は島の上に建てられていたが、この古い堅固な町は大陸にあったからである。また、ヨシュアが彼らに侵入したとき、カナンの民の多くがこの二つの要害、すなわちシドンとツォル(テュロス)、あるいはツロに逃げ込んで避難したであろうと、ある人々は推測している。
³² 第六のくじは、ナフタリの子ら、その氏族に従うナフタリの子らに出た。 ³³ 彼らの領土は、ヘレフ、アロン・サアナニム、アダミ、ネケブ、ヤブネエルからラクムに至り、その果てはヨルダンに達した。 ³⁴ 境界は西に向かってアズノト・タボルに曲がり、そこからフコクに出て、南はゼブルンに達し、西はアシェルに達し、日の昇るほうのヨルダンではユダに達した。 ³⁵ 城壁のある町々は、シディム、ツェル、ハマテ、ラッカテ、ケネレテ、 ³⁶ アダマ、ラマ、ハツォル、 ³⁷ ケデシュ、エドレイ、エン・ハツォル、 ³⁸ イロン、ミグダル・エル、ホレム、ベト・アナト、ベト・シェメシュ。十九の町とその村落。 ³⁹ これらが、その氏族に従うナフタリの子らの部族の相続地、これらの町々とその村落である。
ナフタリはすべての部族のうちで最も北に位置し、レバノン山に接していた。レシェム、すなわちライシの町はその北の最果てにあった。それゆえ、ダン人がこれを征服し、これをダンと名づけたのち、カナンの南から北への長さはダンからベルシェバまでと数えられた。その南にはゼブルン、西にはアシェル、そしてヨルダンの東にはユダがあった。おそらくそれはその名の町であり、こうしてユダの部族と区別されたのであろう。ヨシュアがメロムの水のほとり近くでヤビンと戦ってこれを撃ち破った(ヨシュア11:1-14、等)のは、この部族の相続地の中であった。この部族の中には、ティベリアス湖の北端にあるカファルナウムとベトサイダがあり、キリストはそこで多くの力あるわざをなされた。また(推定によれば)キリストが教えを語られた山もそこにあった(マタイ5:1)。
⁴⁰ 第七のくじは、その氏族に従ってダンの子らの部族に出た。 ⁴¹ 彼らの相続地の領土は、ゾラ、エシュタオル、イル・シェメシュ、 ⁴² シャアルビン、アヤロン、エテラ、 ⁴³ エロン、ティムナ、エクロン、 ⁴⁴ エルテケ、ギブトン、バアラテ、 ⁴⁵ エフデ、ベネ・ベラク、ガト・リモン、 ⁴⁶ メ・ヤルコン、ラコンであり、ヤッパの前面の境界と合わせてあった。 ⁴⁷ ダンの子らの領土は彼らには狭すぎることになった。それゆえダンの子らは上って行ってレシェムと戦い、これを取り、刃の剣でこれを打ち、これを所有してそこに住み、彼らの父ダンの名にちなんでレシェムをダンと名づけた。 ⁴⁸ これらが、その氏族に従うダンの子らの部族の相続地、これらの町々とその村落である。
ダンは、荒野においてイスラエルの宿営の四つの師団の一つ、すなわち後衛を務めた師団の指揮官であったにもかかわらず、カナンでは最も後にあてがわれ、そのくじはカナンの南部に落ちた。東はユダ、西はペリシテ人の地、北はエフライム、南はシメオンの間であった。摂理はこの数多く、強力な部族を危険の post(やま)に配置した。ペリシテ人という厄介な隣人に対処するのに最も適していたからであり、それはサムソンにおいて見出された。ここには、1. くじによってこの部族に与えられたものの記述がある。ゾラ、エシュタオル、およびその周辺のダンの陣営であり、これらはサムソンの物語で読むところである。その近くには、探業者たちがあの有名なぶどうの房を持ってきたエシュコルの谷があった。ヤフォ、すなわちヤッパもこの相続地の中にあった。2. 彼らが自らの勤勉と勇気によって得たものの記述がある。これはここでは言及されるだけだが(ヨシュア19:47)、士師記18:7-31で詳しく語られている。
⁴⁹ 人々がその境界に従って地を相続地として分け終えたとき、イスラエルの子らはそのただ中にヌンの子ヨシュアに相続地を与えた。 ⁵⁰ 主の言葉に従って、彼らは彼が求めた町、すなわちエフライムの山地にあるティムナト・セラを彼に与えた。彼はその町を建ててそこに住んだ。 ⁵¹ これらが、祭司エルアザルとヌンの子ヨシュアと、イスラエルの子らの部族の父祖の長たちが、シロにおいて、会見の天幕の入口で、主の前で、くじによって相続地として分けたものである。こうして彼らはこの地を分けることを終えた。
この地の分割の記述がヨシュア19:51で厳かに閉じられ、事がすべての者の満足のうちに行われたことが示される前に、ヨシュアに割り当てられた特定の相続地についての記述がある。1. 彼は全イスラエルの中で最年長かつ最大の人物であり、カナン征服の指揮を執ったのであるから、自分と家族のためにその中の最初の定住地を要求することもできたであろうが、最も後にあてがわれた。彼は自分のなすすべてのことにおいて、自分自身の私的利益ではなく、国の益を求めていることを示そうとした。彼は人々がみな定住するのを見るまでは、自らの居所が定まらないままでも満足した。ここに公職にあるすべての者が、個人的な満足よりも共同の福祉を優先すべき一つの大きな模範がある。公の務めをまず先に仕えよ。2. 彼は主の言葉に従って自分の相続地を得た。おそらく、神がモーセを通してカレブにどのような相続地を与えるかを告げたとき(ヨシュア14:9)、ヨシュアにも同様の約束を与えられたのであろう。そしてヨシュアは自分の選択にあたってそれを目当てにした。これが彼の分け前を二重に喜ばしいものとした。というのは、彼は他の人々のように一般の摂理によってではなく、特別な約束によってこれを得たからである。3. 彼はそれを、自分自身の部族に属するエフライムの山地に選んだ。彼は特権として、たとえばユダのように他の部族の中に自分の相続地を選び、それによって彼らと区別することもできたであろうが、そうすることによって彼自身を彼らと共に置いたのである。人の昇進や栄誉が、その人に自分の家族や国を恥じさせたり、それから疎遠にさせたりしてはならない。幕屋はエフライムの相続地の中に建てられ、ヨシュアはそこから遠くないようにと配慮した。4. イスラエルの子らがこれを彼に与えたとされる(ヨシュア19:49)。これは彼の謙遜を物語る。彼は人々の同意と承認なしには自らこれを取ろうとしなかったのである。まるで、自分はmajor singulis(各個人よりは大なり)であるがminor universis(全会衆よりは小なり)であることを認め、神の下で、自分の家族の財産でさえ人々の授与によって保つかのようであった。5. それは、住むに適する前に建てられなければならない町であった。他の人々が建てたのではない家に住んでいる間に、ヨシュアは(勤勉とささやかなものへの満足の模範となるために)、技巧や壮麗さを凝らさずに急いで建てられるような建物を自ら建てなければならなかった。われわれの主イエスもこのようにして来られ、われわれの間に住まわれた。豪華さではなく貧しさのうちに来られ、われわれのために憩いを備えられたが、ご自身は枕する所を持たなかった。キリストさえもご自身を喜ばせなかったのである。
ユダとベニヤミンの割り当て地の記述においては、彼らを囲む境界と、そこに含まれる都市の両方についての記述がある。エフライムとマナセについては境界はあるが都市はない。本章ではシメオンとダンは、彼らの都市のみによって記され、境界は記されない。というのも、彼らはユダの中に非常に深く横たわっていたからであり、とりわけ前者はそうであった。残りの部族は、とりわけ辺境の部族については、境界と都市名の両方が記されている。
本章において、 一、 シメオンの割り当て地(ヨシュア記19:1-9)。 二、 ゼブルン(ヨシュア記19:10-16)。 三、 イッサカル(ヨシュア記19:17-23)。 四、 アシェル(ヨシュア記19:24-31)。 五、 ナフタリ(ヨシュア記19:32-39)。 六、 ダン(ヨシュア記19:40-48)。 最後に、ヨシュア自身とその家族に割り当てられた相続地(ヨシュア記19:49-51)。