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Matthew Henry's Complete Commentary

Matthew Henry · 1714

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Matthew Henry's Complete Commentary

Matthew Henry · 1714

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Matthew Henry 사후(1714) 공개 도메인. 디지털판 CC0-1.0.

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Numbers 26章 서론 Matthew Henry's Complete Commentary

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この書は民数記と呼ばれる。イスラエルの子らの数の調査の記録によるものである。彼らがエジプトから出た後の第一年にシナイ山で一度数えられた。その記録は民1:1-2:34にある。そして今、二度目に彼らがカナンにはいる直前、モアブの平野で数えられた。その記録がこの章にある。次のものがある。一、そのための命令が与えられたこと(民26:1-4)。二、各部族の家族と数の登録(民26:5-50)、および総計(民26:51)。三、彼らの間に地を分けるための指示(民26:52-56)。四、レビ人の家族と数を別にしたもの(民26:57-62)。五、最初に数えられた者すべてが死んだことによる脅しの成就が認められたこと(民26:63-65)。そしてこの記録の作成と保存には、これに特別の関心が向けられていたようである。

Numbers 26章 1-65 Matthew Henry's Complete Commentary

The Numbering of the People (1452 BC)

翻訳あり 本文を開く

民の数調べ(紀元前1452年)

¹ 疫病の後、主はモーセと、祭司アロンの子エレアザルに語って言われた。
² イスラエルの子らの全会衆のうち、その父祖の家にしたがい、二十歳以上の、すべてイスラエルのうちで戦いに出ることのできる者の総数を取り上げよ。
³ モーセと祭司エレアザルは彼らと共に、エリコに近いヨルダンによるモアブの平野で語って言った。
⁴ 二十歳以上の民の総数を取れ。主がモーセと、エジプトの地から出たイスラエルの子らに命じられたように。

ここに観察せよ。1. モーセは神が彼に命じられたときにのみ、民の数をかぞえた。ダビデはその時代に命令なしにそれを行い、そのために高くついた。神はイスラエルの王であり、この権威の行為を神の明確な命令によってのみ行われることを望まれた。モーセはおそらくこの時までに、バラムがその意志にひどく反してイスラエルを祝福するよう強いられた祝福とりわけ彼らの数についての注目とを聞いていた。そして彼は敵によって彼らの強さと誉れのこの実例に対して証しされた一般的証言に十分満足していたが、神が今彼らの数を取るよう任命されるまで、彼らの数を正確には知らなかった。2. エレアザルが彼と共に任に加えられた。アロンが以前そうであったように。それによって神はエレアザルをその民の長老たちの前に誉れ、その継承を確認された。3. まさに疫病の直後にこの計算が取られるよう命じられた。神が正義においてその席巻する疫病によって彼らと争われたにもかかわらず、完全な終わりをせず、彼らを全く見捨てられないことを示すために。神のイスラエルは滅びない。たとえ激しく責められるとしても。4. 彼らは以前の数調べにおいて用いたのと同じ規則に従うべきであった。戦いに出ることのできる者だけを数える。これが今彼らの前にある奉仕であったから。

⁵ イスラエルの長子ルベン。ルベンの子ら。ハノク—ハノクびとがハノクから出た。パルからはパルびとの家族。
⁶ ヘズロンからはヘズロンびとの家族。カルミからはカルミびとの家族。
⁷ これらはルベンびとの家族。彼らのうち数えられた者は四万三千七百三十人であった。
⁸ パルの子はエリアブ。
⁹ エリアブの子はネムエル、ダタン、アビラム。このダタンとアビラムは会衆のうちの名ある者たちであり、コラの仲間と共に主に逆らって戦ったとき、モーセとアロンに逆らって戦った会衆の者たちである。
¹⁰ 地はその口を開いて彼らを飲み込んだ。コラと共に。その仲間が死んだとき、火が二百五十人を焼き尽くしたときに。彼らはしるしとなった。
¹¹ しかしコラの子らは死ななかった。
¹² シメオンの子らはその家族にしたがって。ネムエルからネムエルびとの家族。ヤミンからヤミンびとの家族。ヤキンからヤキンびとの家族。
¹³ ゼラからザルヒびとの家族。シャウルからシャウルびとの家族。
¹⁴ これらはシメオンびとの家族。二万二千二百人。
¹⁵ ガドの子らはその家族にしたがって。ツェポンからツェポンびとの家族。ハギからハギびとの家族。シュニからシュニびとの家族。
¹⁶ オズニからオズニびとの家族。エリからエリびとの家族。
¹⁷ アロデからアロデびとの家族。アレリからアレリびとの家族。
¹⁸ これらはガドの子らの家族。その数えられた者にしたがって四万五百人。
¹⁹ ユダの子はエルとオナンであった。エルとオナンはカナンの地で死んだ。
²⁰ ユダの子らはその家族にしたがって次のとおり。シェラからシェラニびとの家族。ペレツからパルツィびとの家族。ゼラからザルヒびとの家族。
²¹ ペレツの子は次のとおり。ヘズロンからヘズロンびとの家族。ハムルからハムルびとの家族。
²² これらはユダの家族。その数えられた者にしたがって七万六千五百人。
²³ イッサカルの子らはその家族にしたがって。トラからトラびとの家族。プワからプナびとの家族。
²⁴ ヤシュブからヤシュブびとの家族。シムロンからシムロンびとの家族。
²⁵ これらはイッサカルの家族。その数えられた者にしたがって六万四千三百人。
²⁶ ゼブルンの子らはその家族にしたがって。セレドからサルデびとの家族。エロンからエロンびとの家族。ヤフレエルからヤフレエリびとの家族。
²⁷ これらはゼブルンびとの家族。その数えられた者にしたがって六万五百人。
²⁸ ヨセフの子らはその家族にしたがってマナセとエフライム。
²⁹ マナセの子ら。マキルからマキルびとの家族。マキルはギルアデを生んだ。ギルアドからギルアデびとの家族。
³⁰ これらはギルアデの子。イエゼルからイエゼルびとの家族。ヘレクからヘレクびとの家族。
³¹ アスリエルからアスリエルびとの家族。シェケムからシェケムびとの家族。
³² シェミダからシェミダびとの家族。ヘフェルからヘフェルびとの家族。
³³ ヘフェルの子ツロフハドには子がなく、娘たちだけであった。ツロフハドの娘たちの名はマフラ、ノア、ホグラ、ミルカ、テルザであった。
³⁴ これらはマナセの家族。その数えられた者は五万二千七百人。
³⁵ これらはエフライムの子らの家族。シュテラフからシュタルヒびとの家族。ベケルからバクリびとの家族。タハンからタハニびとの家族。
³⁶ これらはシュテラフの子。エランからエラニびとの家族。
³⁷ これらはエフライムの子らの家族。その数えられた者にしたがって三万二千五百人。これらはその家族にしたがったヨセフの子ら。
³⁸ ベニヤミンの子らはその家族にしたがって。ベラからベラびとの家族。アシュベリからアシュベリびとの家族。アヒラムからアヒラミびとの家族。
³⁹ シュファムからシュファミびとの家族。フファムからフファミびとの家族。
⁴⁰ ベラの子はアルドとナアマン。アルドからアルデびとの家族。ナアマンからナアミびとの家族。
⁴¹ これらはベニヤミンの子らの家族。その数えられた者は四万五千六百人。
⁴² これらはダンの子らの家族にしたがう者たち。シュハムからシュハミびとの家族。これらはその家族にしたがったダンの家族。
⁴³ シュハミびとのすべての家族。その数えられた者にしたがって六万四千四百人。
⁴⁴ アシェルの子らはその家族にしたがって。イムナからイムニびとの家族。イシュワからイシュワびとの家族。ベリアからベリびとの家族。
⁴⁵ ベリアの子ら。ヘベルからヘベルびとの家族。マルキエリからマルキエリびとの家族。
⁴⁶ アシェルの娘の名はサラであった。
⁴⁷ これらはアシェルの子らの家族。その数えられた者は五万三千四百人。
⁴⁸ ナフタリの子らはその家族にしたがって。ヤハツェエルからヤハツェリびとの家族。グニからグニびとの家族。
⁴⁹ エゼルからエゼリびとの家族。シレムからシレミびとの家族。
⁵⁰ これらはナフタリの家族。その家族にしたがった。その数えられた者は四万五千四百人。
⁵¹ イスラエルの子らの数えられた者は六十万一千七百三十人であった。

これは今登録された部族の名簿であり、民1:1-54で数えられたのと同じ順序である。観察せよ。

一、ここに各部族の家族の計算が保たれている。これはわれわしが家族と呼ぶような、一つの家に共に住むようなものと理解してはならない。族長たちの数人の子らの子孫であって、彼らの名において、その子孫が自分自身と互いを区別したものである。十二部族の家族はこのように数えられた。ダンはただ一つ。ダンはただ一りの子しか持たなかったのに、その部族はユダを除いてすべてのうちで最も多かった(民26:42,43)。その初めは小さかったが、その後の終わりは大いに増えた。ゼブルンは三つの家族に分かれ、エフライムは四つ、イッサカルは四つ、ナフタリは四つ、ルベンは四つ。ユダ、シメオン、アシェルはおのおの五つの家族。ガドとベニヤミンはおのおの七つ。マナセは八つ。ベニヤミンは十人の子をエジプトに連れて行った(創46:21)が、そのうちの三人は子なく死んだか、その家族が絶えたかしたらしい。というのはここでは七つの名だけが保たれ、その部族全体が最も多い方ではなかったから。摂理は家族や国民を建てるにおいて、確率に自らを縛られないからである。「不妊の女が七を産み、多くの子を持つ者は弱った」(サム第一2:5)。

二、各部族の数。ここで最も良い楽しみは、これらの数をシナイ山で数えられたときのものと比較することである。総計はほぼ同じであった。彼らは今やそのときよりも千八百二十人少なかった。しかし七つの部族が数において増えた。ユダは千九百人増え、イッサカルは九千九百人、ゼブルンは三千百人、マナセは二万五百人、ベニヤミンは一万二百人、ダンは千七百人、アシェルは一万一千九百人増えた。しかし他の五つはその増加を相殺する以上に減った。ルベンは二千七百七十人、シメオンは三万七千百人、ガドは五千百五十人、エフライムは八千人、ナフタリは八千人減った。この計算において次のことを観察できる。1. キリストの先祖であるユダの旗じるしの下に宿営した三つの部族がすべて増えたこと。彼の教会は建てられ、増えるであろうから。2. どの部族もマナセの部族ほど増えなかったこと。以前の計算ではすべての部族のうちで最も小さく、ただ三万二千二百人であったのに、ここでは最も目立つものの一つとなった。そしてその兄弟エフライムの部族は、そこでは数が多かったのに、ここでは最も小さいものの一つとなった。ヤコブはその手を交差して彼らの頭の上に置き、エフライムをマナセの前に置いた。おそらくエフライムびとはそれにあまりに誇り、その兄弟マナセびとを踏みつけたであろう。しかし主がマナセが軽べつされるのを見られたとき、このように彼を大いに増やされた。最も弱い者を助け、打ちひしがれた者を立ち上がらせることが神の誉れであるから。3. どの部族もシメオンほど減らなかったこと。五万九千三百人から二万二千二百人に下がり、もとの三分の一少しになった。その部族の一つの家族全体(出6:15で言及されるオハド)が荒野で絶えた。それゆえシメオンはモーセの祝福で言及されず(申33:1-29)、カナンにおけるその部族の割り当ては目立たないもの、ただユダの割り当てからの一つの地区にすぎなかった(ヨシ19:9)。ある者は推測する。ペオルの不義のために疫病で断ち切られた二万四千人のうちの多くがその部族の者であったと。というのはその不義の首謀者であったジムリがその部族の君であり、それゆえ彼らの多くが彼の例に影響されて「その滅びるわざに従った」から。

三、ルベンの部族の計算において、ダタンとアビラムの反逆が言及される。彼らはその部族の者であり、レビ人コラと共謀して(民26:9-11)。物語はわずか数章前のこととして詳しく語られたが、ここで再び出てくる。彼らが自分たちの系図を調べ、自分たちの家族の古さと先祖の誉れを喜ぶとき、いつでも記憶し、心に留めるべきである。彼らが自分自身を悪を行う者たちの種と呼ぶべきであるために。彼らについて二つのことがここで言われる。1. 彼らは会衆のうちで「名ある者たち」であったこと(民26:9)。おそらく彼らは才能、活動力、実務への適性において際立っていた。神とモーセの下で時に進んだであろうダタンとアビラム。しかし彼らの野心的な霊は彼らを神とモーセに逆らって争わせ、一方と争うとき他方とも争った。そしてその結果は何であったか。2. 名あるはずだった者が不名譎となった。彼らは「しるしとなった」(民26:10)。彼らは神的正義の記念碑とされた。神は彼らの滅びにおいて、聖さにおいて栄光ある者であることを示された。それゆえ彼らはすべての時代の他のすべての者への警告として、彼らの誇りと反逆の足跡を踏むことのないようにと立てられた。ここで「コラの子ら」の保存が言及される(民26:11)。彼らは死ななかった。ダタンとアビラムの子らがそうであったように。疑いなく彼らは感染を保ち、純潔で、反逆において自分たちの父にさえ加わらなかったから。われわしが罪人たちの罪にあずからないなら、彼らの災いにもあずからない。コラのこれらの子らは後、その子孫において、教会に際立って役立つ者となった。ダビデによって主の家の歌い手として用いられた。それゆえ多くの詩篇が「コラの子たちのために」と言われる。そしておそらく彼らは、他のどの先祖の名よりもむしろ彼の名をこのように長く負わされたのは、自分自身への警告のためであり、またその苦い根からさえその選ばれた実を取り出した神の力の実例としてであろう。汚名をつけられた家族の子らは、際立った徳によって、その父祖たちの恥を取り除くよう努めるべきである。

⁵² 主はモーセに語って言われた。
⁵³ これらには地が名の数にしたがって、嗣業として分けられる。
⁵⁴ 多い者には多くを嗣業として与え、少ない者には少なくを与えよ。おのおのにその数えられた者にしたがって嗣業が与えられる。
⁵⁵ しかしその地はくじによって分けられる。その父祖の部族の名にしたがって嗣業を得る。
⁶⁰ くじにしたがって嗣業は多くの者と少ない者の間に分けられる。

もしのだれかが、なぜイスラエルの民の部族、家族、数についてこのように詳細な計算が保たれるのかと問うなら、ここにその答えがある。彼らが増やされたように、彼らは分け与えられた。普通の摂理によるのではなく、約束によって。そして神的啓示の誉れを支えるために、神は約束の成就を彼らの増加と嗣業の両方において注意を払われる。モーセが民を数えたとき、神は「これらによって地は征服される」とは言われなかった。それを当然として、彼に「これらには地が分けられる」と告げられた。「今イスラエルの子らとして登録されているこれらの者は、カナンの地の相続人として(まるで法廷の写しによって)受け入れられるであろう」。さてこれらの部族の分配、すなわち宿営において、1. 公平の一般的な規則がモーセにここで定められる。多い者には多くを、少ない者には少なくを与えるべきである(民26:54)。しかし哀れなかなた。彼は他の者に与えるどころか、自分自身には何も持ってはならなかった。彼に与えられたこの方向は、その後継者ヨシュアのために意図された。2. この一般規則の適用は「くじによって」決定されるべきであった(民26:55)。彼らの君の思慮にこのように委ねられるように見えるが、事柄はついに彼らの神の摂理にゆだねられ、そこに彼らは皆同意すべきであった。それが彼らの方針や好みにどれほど矛盾しても。「くじにしたがって嗣業は分けられる」。国々の神として、また特にイスラエルの神として、神は「われわしの住まいの境界を定める」ことをご自身に留められる。このようにわれわしのヨシュアであるキリストは、その弟子の一人をその御国の「右に」、もう一人を「左に」任命するよう促されたとき、分配におけるその父の主権を認められた。「それはわたしのものではない」。ヨシュアは自分の心にしたがってカナンの嗣業を処分してはならなかった。「しかし、それはわたしの父によってそれのために用意された者たちに与えられるであろう」。

⁵⁷ レビの子らがその家族にしたがって数えられた者は次のとおり。ゲルションからゲルションびとの家族。コハテからコハテびとの家族。メラリからメラリびとの家族。
⁵⁸ これらはレビの家族。リブニびとの家族、ヘブロンびとの家族、マフリびとの家族、ムシびとの家族、コラびとの家族。コハテはアムラムを生んだ。
⁵⁹ アムラムの妻の名はヨケベデデあった。レビの娘で、その母がエジプトでレビに産んだ者。彼女はアムラムにアロンとモーセを産んだ。彼らの姉妹ミリヤムも。
⁶⁰ アロンにはナダブ、アビフ、エレアザル、イタマルが生まれた。
⁶¹ ナダブとアビフは主の前に異なった火をささげたときに死んだ。
⁶² その数えられた者は二万三千人。一か月以上のすべての男子。彼らはイスラエルの子らのうちに嗣業が与えられなかったので、イスラエルの子らのうちに数えられなかったから。

レビは神の部族であった。カナンの地で他の者たちと共に嗣業を持たない部族。それゆえ他の者たちと共にではなく、それ自体で数えられた。この書の初めにシナイ山でそうであったように。それゆえそのとき数えられたすべての者に下った宣告の下に来なかった。すなわちカレブとヨシュアを除いてはだれもカナンに入らないという宣告に。レビ人は彼らと共に数えられず、戦いに出る者ではなかったから。エレアザルとイタマル、そしておそらく他の二十歳以上であった者たち(民4:16,28のように)はカナンに入った。それにもかかわらずこの部族は、第二の数調べのとき、わずか千人しか増えず、依然として最も小さい部族の一つであった。ここで異なった火をささげたことによるナダブとアビフの死が言及される。前にコラの罪と罰がそうであったように。「これらのことが彼らに例として起こった」から。

⁶³ これらはモーセと祭司エレアザルが数えた者たち。彼らがエリコに近いヨルダンによるモアブの平野でイスラエルの子らを数えた。
⁶⁴ しかし彼らのうちには、モーセと祭司アロンがシナイの荒野でイスラエルの子らを数えたときに数えられた者のうちのだれもいなかった。
⁶⁵ 主が彼らについて言われたから。彼らは必ず荒野で死ぬと。カレブ、エフンネの子、とヨシュア、ヌンの子を除いて、ひとりも残されなかった。

この計算の結びにおいて目立つのは、つぶやく者たちに下った宣告の執行である(民14:29)。「二十歳以上に数えられた者」のうち(レビ人はそうではなかったが、一か月からか、三十歳から五十歳までであった)のだれも、カレブとヨシュアを除いて、カナンに入らないという宣告。今なされた点呼において、疑いなく、各部族の計算に用いられた者たちに特別な指示が与えられ、これらの名簿を以前のものと比較し、シナイ山で数えられた者たちのうちに今残っている者がいるかどうかを観察するように。そしてシナイ山で数えられた者のうちカレブとヨシュアを除いて、今数えられた者がひとりもいないことが現れた(民26:64,65)。ここに現れたのは、1. 神の義と、ひとたび「宣告が下った」ときのその脅かしに対する忠実さ。神は「その怒りで誓われた」。そして誓われたものを成された。これらのすべての死体が、たとえ十倍の数であっても、神のことばよりも地に倒れる方が良い。たとえ新世代が彼らと混ざり、有罪の宣告された犯罪者の多くが四十の最後の年まで生き延びたとしても、この点呼がなされる前に何らかの手段で断ち切られた。神が断罪された者は、群衆の中に自分を失うことによっても、執行の遅延によっても逃れることはできない。2. 挑発にもかかわらずこの民に対する神の良さ。そのつぶやく世代が断ち切られたのに、神はもう一つの世代を起こされた。彼らと同じほど数多い者であった。彼らは滅びたが、イスラエルの名が断ち切られないように。相続人がいないために約束の嗣業が失われないように。そして数がシナイ山のときよりも少し少なかったけれども、今数えられた者たちはこの利点を持っていた。彼らは皆中年の者で、二十歳から六十歳の間、奉仕に最も適した盛りの者であった。そして荒野での三十八年のさまよいと衰えの間に、彼らは神の律法と定めを熟知する機会を持った。彼らをそれらの神聖な学びからそらす民政や軍事の営みがなく、彼らを教えるモーセとアロン、神の良き御霊があったから(ネヘ9:20)。3. カレブとヨシュアに与えられた約束を果たす神の真実。彼らはこの共通の滅びに陥らないように保たれるべきであり、そうされた。死の矢は、暗やみの中を飛ぶが、最も厚く飛ぶときでさえ、無作為に飛ぶのではなく、ねらった的へと導かれる。生ける者のうちに書かれた者は皆、最も危険な時にそのいのちを戦利品として与えられるであろう。千人がその右に倒れ、万人がその左に倒れても、彼らは逃れるであろう。