Matthew Henry's Complete Commentary
Matthew Henry · 1714
Matthew Henry 사후(1714) 공개 도메인. 디지털판 CC0-1.0.
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Numbers 7章 1-89 Matthew Henry's Complete Commentary
¹ モーセが幕屋を立て終え、これに油を注いで聖別した日、そのすべての器具、すなわち祭壇とそのすべての用具にも油を注いで聖別したとき、次のことがあった。 ² すなわち、イスラエルのつかさたち、すなわち父祖の家のかしらたち——彼らは部族のつかさであり、数えられた者たちの上に立つ者であった——が献げ物を携えた。 ³ 彼らは主の前に献げ物を携えて来た。すなわち、おおいのある車六台と雄牛十二頭であり、二人のつかさに一台の車、おのおの一頭の雄牛であった。彼らはこれを幕屋の前に携えて来た。 ⁴ 主はモーセに告げて言われた、 ⁵ 「これを彼らから受け取れ。そうすれば彼らは会見の幕屋の奉仕のために用いられるであろう。あなたはこれをレビびとに与えなければならない。おのおのその奉仕にしたがって」。 ⁶ モーセは車と雄牛とを受け取って、これをレビびとに与えた。 ⁷ すなわち、その奉仕にしたがって、ゲルションの子らには車二台と雄牛四頭を与えた。 ⁸ また、その奉仕にしたがって、メラリの子らには車四台と雄牛八頭を与えた。これらは祭司アロンの子イタマルの監督下にあった。 ⁹ しかしコハテの子らには何も与えなかった。彼らの務めは聖なるものを肩に担ぐことであったからである。
ここに、幕屋の奉仕に対するつかさたちの献げ物がある。観察せよ。
一、それが行われた時。幕屋が完全に立て終えられて後のことであった(民 7:1)。幕屋そのものに関する事、またそれを囲むイスラエルの陣営に関する事が、すべて指示通りに成し遂げられた後に、彼らは献げ物を始めた。おそらく第二の月の八日頃であったと思われる。必要な儀式は常に自発的な献げ物に優先する。まずそれらを行い、次にこれらを行うのである。
二、献げ物をした者たち。イスラエルのつかさたち、父祖の家のかしらたち(民 7:2)であった。権威と威厳において他の上に立つ者は、すべての善い事において他の先に立ち、また他をしのごうと努めるべきである。ある者が高められれば高められるほど、神とその世代に仕える機会が大きいだけに、より多くのことが期待される。富と権威は、世においてより多くの善をなすことを人に可能にさせるという点においてこそ、何の役に立つのであろうか。
三、献げられたもの。六台の車と、それぞれに車を引く一くびきの雄牛(民 7:3)。疑いなく、これらの車は幕屋とその付属品の他の調度品にふさわしいものであり、最上のものであって、偉大なつかさたちが儀仗行進の際に用いるような馬車であったと思われる。神がモーセを通して彼らに何を携えるべきかをほのめかされたとも考えられるし、彼ら自身の思慮がこの献げ物を思い起こさせたとも考えられる。神の知恵が幕屋の本質的部分をすべて定めておられたが、これらの偶然的な便宜は彼ら自身の判断に委ねられていたようである。それは欠けているものを整えるためであって(テト 1:5)、これらの車は、山でモーセに示された型にはなかったが拒まれなかった。神の制定は、人間の思慮によって決定可能であり、また改変に委ねるのがふさわしいような事柄すべてにまで及ぶことは期待してはならない。これは「指示に有益な知恵」によるのである。観察せよ。幕屋が完全に立て上げられるとすぐに、その運搬の準備がなされた。私たちが世に定住し始め、根を下ろし始めたと思っている時でさえ、変化や移動、とりわけ大きな変化への備えをしなければならない。私たちがこの世にいる間は、すべての物事が戦いの旅路、移動の状態に適合されなければならない。幕屋が建てられている間、つかさたちは献げ物において非常に寛大であった。その時彼らは宝石、およびこれをはめ込む石(出 35:27)を携えたが、今はさらに多くの献げ物を携えて来た。善を行った者は、さらにますます豊かに行うことに努め、善を行って疲れてはならないのである。
四、献げ物がどのように処理され、どのように用いられたか。車と雄牛はレビびとに与えられ、幕屋の運搬に用いられた。これは彼らの安楽のためであり(神はご自身のしもべたちが働きに過剰に負わされることを望まれない)、また幕屋の各部分がより安全かつ正確に運ばれるためであった。それらは車の中にまとめて、天候から守るのが最善であったからである。1. 軽い荷物、すなわち幕の垂れ幕を担うゲルションびとは、車二台と二くびきの雄牛しか持たなかった(民 7:7)。これらに積み終えた後、もし残りがあれば肩に担がねばならなかった。2. 重い荷物、すなわち最も扱いにくい板、柱、台座などを担うメラリびとは、車四台と四くびきの雄牛を割り当てられた(民 7:8)。しかしもし彼ら自身の車がこれ以上なかったなら、彼らもまた多くを背に担がねばならなかったであろう。銀の台座だけでも百タラント、四トン以上あり、一くびきの雄牛で引かれる車四台を満載するのに十分であった。しかし一つ一つの台座は一タラントの重さ、およそ人一人の負担量であったので(王二 5:23 に見る通り)、おそらく彼らはこれらを背に担ぎ、板と柱とを車に積んだのであろう。ここに観察せよ。神が最も多くの働きを持つ者に最も多くの力を賢明かつ恵み深く配分されたことを。おのおのその奉仕にしたがって車を受けた。神がその摂理において私たちに負わせられる重荷については、神は十分な恵みによってそれに見合う力を備えてくださる(コリント一 10:13)。3. 最も神聖なものを担うコハテびとには、車は全くなかった。彼らはその任務を特別な注意と畏敬をもって肩に担がねばならなかったからである(民 7:9)。ダビデの時代に彼らが契約の箱を車で運んだとき、神はウザの死をもって彼らに定めの順序において神を求めなかったことを彼らの恐れをもって知らされた。歴代一 15:13 を見よ。
¹⁰ つかさたちは、祭壇に油を注いで聖別した日に、これを奉献するために献げ物をした。すなわち、つかさたちが祭壇の前に献げ物をした。 ¹¹ 主はモーセに言われた、「つかさたちは一日にひとりずつ、祭壇の奉献のために献げ物をするであろう」。 ¹² 第一日にその献げ物をささげたのは、ユダの部族のアミナダブの子ナフションであった。 ¹³ その献げ物は、銀の皿一つ、その重さは百三十シケル、銀の鉢一つ、七十シケルで、聖所のシケルによる。これらは共に油を混ぜた細かい麦粉の素祭のものとして満たしてあった。 ¹⁴ また香を満たした十シケルの金のさじ一つ。 ¹⁵ 燔祭のために一歳の若い雄牛一頭、雄羊一匹、小羊一匹。 ¹⁶ 罪祭のためにやぎ一匹。 ¹⁷ 平和の献げ物の祭物としては、雄牛二頭、雄羊五匹、やぎ五匹、一歳の小羊五匹。これがアミナダブの子ナフションの献げ物であった。 ¹⁸ 第二の日にイッサカルのつさ、ズアルの子ネタヌエルがささげた。 ¹⁹ 彼が献げ物としてささげたものは、銀の皿一つ、その重さは百三十シケル、銀の鉢一つ、七十シケルで、聖所のシケルによる。これらは共に油を混ぜた細かい麦粉の素祭のものとして満たしてあった。 ²⁰ 香を満たした十シケルの金のさじ一つ。 ²¹ 燔祭のために一歳の若い雄牛一頭、雄羊一匹、小羊一匹。 ²² 罪祭のためにやぎ一匹。 ²³ 平和の献げ物の祭物としては、雄牛二頭、雄羊五匹、やぎ五匹、一歳の小羊五匹。これがズアルの子ネタヌエルの献げ物であった。 ²⁴ 第三の日にゼブルンの子らのつさ、ヘロンの子エリアブがささげた。 ²⁵ その献げ物は、銀の皿一つ、その重さは百三十シケル、銀の鉢一つ、七十シケルで、聖所のシケルによる。これらは共に油を混ぜた細かい麦粉の素祭のものとして満たしてあった。 ²⁶ 香を満たした十シケルの金のさじ一つ。 ²⁷ 燔祭のために一歳の若い雄牛一頭、雄羊一匹、小羊一匹。 ²⁸ 罪祭のためにやぎ一匹。 ²⁹ 平和の献げ物の祭物としては、雄牛二頭、雄羊五匹、やぎ五匹、一歳の小羊五匹。これがヘロンの子エリアブの献げ物であった。 ³⁰ 第四の日にルベンの子らのつさ、シデウルの子エリズルがささげた。 ³¹ その献げ物は、重さ百三十シケルの銀の皿一つ、銀の鉢一つ、七十シケルで、聖所のシケルによる。これらは共に油を混ぜた細かい麦粉の素祭のものとして満たしてあった。 ³² 香を満たした十シケルの金のさじ一つ。 ³³ 燔祭のために一歳の若い雄牛一頭、雄羊一匹、小羊一匹。 ³⁴ 罪祭のためにやぎ一匹。 ³⁵ 平和の献げ物の祭物としては、雄牛二頭、雄羊五匹、やぎ五匹、一歳の小羊五匹。これがシデウルの子エリズルの献げ物であった。 ³⁶ 第五の日にシメオンの子らのつさ、ツリシャダイの子シェルミエルがささげた。 ³⁷ その献げ物は、銀の皿一つ、その重さは百三十シケル、銀の鉢一つ、七十シケルで、聖所のシケルによる。これらは共に油を混ぜた細かい麦粉の素祭のものとして満たしてあった。 ³⁸ 香を満たした十シケルの金のさじ一つ。 ³⁹ 燔祭のために一歳の若い雄牛一頭、雄羊一匹、小羊一匹。 ⁴⁰ 罪祭のためにやぎ一匹。 ⁴¹ 平和の献げ物の祭物としては、雄牛二頭、雄羊五匹、やぎ五匹、一歳の小羊五匹。これがツリシャダイの子シェルミエルの献げ物であった。 ⁴² 第六の日にガドの子らのつさ、デウエルの子エリアサフがささげた。 ⁴³ その献げ物は、重さ百三十シケルの銀の皿一つ、銀の鉢一つ、七十シケルで、聖所のシケルによる。これらは共に油を混ぜた細かい麦粉の素祭のものとして満たしてあった。 ⁴⁴ 香を満たした十シケルの金のさじ一つ。 ⁴⁵ 燔祭のために一歳の若い雄牛一頭、雄羊一匹、小羊一匹。 ⁴⁶ 罪祭のためにやぎ一匹。 ⁴⁷ 平和の献げ物の祭物としては、雄牛二頭、雄羊五匹、やぎ五匹、一歳の小羊五匹。これがデウエルの子エリアサフの献げ物であった。 ⁴⁸ 第七の日にエフライムの子らのつさ、アミフデの子エリシャマがささげた。 ⁴⁹ その献げ物は、銀の皿一つ、その重さは百三十シケル、銀の鉢一つ、七十シケルで、聖所のシケルによる。これらは共に油を混ぜた細かい麦粉の素祭のものとして満たしてあった。 ⁵⁰ 香を満たした十シケルの金のさじ一つ。 ⁵¹ 燔祭のために一歳の若い雄牛一頭、雄羊一匹、小羊一匹。 ⁵² 罪祭のためにやぎ一匹。 ⁵³ 平和の献げ物の祭物としては、雄牛二頭、雄羊五匹、やぎ五匹、一歳の小羊五匹。これがアミフデの子エリシャマの献げ物であった。 ⁵⁴ 第八の日にマナセの子らのつさ、ペダツルの子ガマリエルがささげた。 ⁵⁵ その献げ物は、重さ百三十シケルの銀の皿一つ、銀の鉢一つ、七十シケルで、聖所のシケルによる。これらは共に油を混ぜた細かい麦粉の素祭のものとして満たしてあった。 ⁵⁶ 香を満たした十シケルの金のさじ一つ。 ⁵⁷ 燔祭のために一歳の若い雄牛一頭、雄羊一匹、小羊一匹。 ⁵⁸ 罪祭のためにやぎ一匹。 ⁵⁹ 平和の献げ物の祭物としては、雄牛二頭、雄羊五匹、やぎ五匹、一歳の小羊五匹。これがペダツルの子ガマリエルの献げ物であった。 ⁶⁰ 第九の日にベニヤミンの子らのつさ、ギデオニの子アビダンがささげた。 ⁶¹ その献げ物は、銀の皿一つ、その重さは百三十シケル、銀の鉢一つ、七十シケルで、聖所のシケルによる。これらは共に油を混ぜた細かい麦粉の素祭のものとして満たしてあった。 ⁶² 香を満たした十シケルの金のさじ一つ。 ⁶³ 燔祭のために一歳の若い雄牛一頭、雄羊一匹、小羊一匹。 ⁶⁴ 罪祭のためにやぎ一匹。 ⁶⁵ 平和の献げ物の祭物としては、雄牛二頭、雄羊五匹、やぎ五匹、一歳の小羊五匹。これがギデオニの子アビダンの献げ物であった。 ⁶⁶ 第十の日にダンの子らのつさ、アミシャダイの子アヒエゼルがささげた。 ⁶⁷ その献げ物は、銀の皿一つ、その重さは百三十シケル、銀の鉢一つ、七十シケルで、聖所のシケルによる。これらは共に油を混ぜた細かい麦粉の素祭のものとして満たしてあった。 ⁶⁸ 香を満たした十シケルの金のさじ一つ。 ⁶⁹ 燔祭のために一歳の若い雄牛一頭、雄羊一匹、小羊一匹。 ⁷⁰ 罪祭のためにやぎ一匹。 ⁷¹ 平和の献げ物の祭物としては、雄牛二頭、雄羊五匹、やぎ五匹、一歳の小羊五匹。これがアミシャダイの子アヒエゼルの献げ物であった。 ⁷² 第十一の日にアセルの子らのつさ、オクランの子パグエルがささげた。 ⁷³ その献げ物は、銀の皿一つ、その重さは百三十シケル、銀の鉢一つ、七十シケルで、聖所のシケルによる。これらは共に油を混ぜた細かい麦粉の素祭のものとして満たしてあった。 ⁷⁴ 香を満たした十シケルの金のさじ一つ。 ⁷⁵ 燔祭のために一歳の若い雄牛一頭、雄羊一匹、小羊一匹。 ⁷⁶ 罪祭のためにやぎ一匹。 ⁷⁷ 平和の献げ物の祭物としては、雄牛二頭、雄羊五匹、やぎ五匹、一歳の小羊五匹。これがオクランの子パグエルの献げ物であった。 ⁷⁸ 第十二の日にナフタリの子らのつさ、エナンの子アヒラがささげた。 ⁷⁹ その献げ物は、銀の皿一つ、その重さは百三十シケル、銀の鉢一つ、七十シケルで、聖所のシケルによる。これらは共に油を混ぜた細かい麦粉の素祭のものとして満たしてあった。 ⁸⁰ 香を満たした十シケルの金のさじ一つ。 ⁸¹ 燔祭のために一歳の若い雄牛一頭、雄羊一匹、小羊一匹。 ⁸² 罪祭のためにやぎ一匹。 ⁸³ 平和の献げ物の祭物としては、雄牛二頭、雄羊五匹、やぎ五匹、一歳の小羊五匹。これがエナンの子アヒラの献げ物であった。 ⁸⁴ これが、油を注がれた日に、イスラエルのつさたちによる祭壇の奉献であった。すなわち銀の皿十二、銀の鉢十二、金のさじ十二。 ⁸⁵ 銀の皿はおのおの百三十シケル、鉢はおのおの七十シケル。すべての銀の器は聖所のシケルによって二千四百シケル。 ⁸⁶ 金のさじは十二、香を満たし、おのおの聖所のシケルによって十シケル。さじの金はすべて百二十シケル。 ⁸⁷ 燔祭の雄牛は十二、雄羊は十二、一歳の小羊は十二、その素祭と共に。罪祭のやぎは十二。 ⁸⁸ 平和の献げ物の祭物の雄牛は二十四、雄羊は六十、やぎは六十、一歳の小羊は六十。これが油を注がれた後の祭壇の奉献であった。 ⁸⁹ モーセが会見の幕屋に入って主と語ろうとしたとき、あかしの箱の上にある贖罪所の上、二つのケルビムの間から彼に語りかける声を聞いた。主は彼に語られた。
ここに、祭壇の奉献——燔祭の祭壇も香の祭壇も——の盛大な儀式の記録がある。これらは油を注がれたときにすでに聖別されていた(レビ 8:10,11)が、今やつさたちの自発的な献げ物によって、いわばその初使用が祝された。彼らは豊かな献げ物、喜びと楽しみの大きな表現、また彼らと共におられる神の臨在のしるしへの特別な敬意をもって、その使用を始めた。ここで観察せよ。
一、つかさたち、すなわち身分の高い人々が、神への奉仕において最初に、かつ最も進んで立ったこと。先任の権利を持つ者は善いわざにおいて先頭に立つべきであり、それが真の誉れである。ここに貴族と紳士、権威とその地域の第一の地位にある人々への模範がある。彼らは自身の名誉と権力、財産と影響力を、宗教の促進と、自分たちの住む場所における神への奉仕のために用いるべきである。他の者より多く持つ者は、持っているものでより多くの善を行うことが期待されるのは当然である。さもなければ彼らは不忠実な執事であり、喜びをもってその勘定を済ませることはできないであろう。いや、身分の高い人々は、その富と権力で神に仕える者たちを助け保護するだけでなく、自ら敬虔で信心深く、敬虔なわざの実践に自らを費やす良心を持たねばならない。それは大いに神の栄光に帰し(詩 138:4,5)、他の者にも良い影響を与えるであろう。というのは、信心のわざがこのように名誉あるものとして示されるのを見るとき、彼らはますます容易に信心深い行いへと説き励まされるからである。最も偉大な人も神の諸規定の最も小さいものより小さく、宗教の最も卑しい奉仕も、世において最も偉大な姿をなす人々を決して辱めるものではないことは確かである。
二、彼らが携えた献げ物は非常に豊かで価値あるものであった。ある人々は、彼らと他の者との間にそれほど大きな財産の差はなく、各部族のかしらたちがそのつさが携える献げ物に共同で出資したのだと考えるほど、その豊かさであった。
彼らは常設の奉仕のために残るものをいくつか携えた。六十オンスほどの重さの大きな銀の皿十二枚、およそ三十五オンスの同じほどの大きな銀の鉢十二個。前者は素祭のために、後者は灌祭のために用いられた。前者は犠牲の肉のために、後者は血のために。後者は(いわば)神の食卓であり、これほどの大王が器で仕えられるのは当然であった。香を満たした金のさじは、おそらく金の祭壇の奉仕のために意図された。というのも、両方の祭壇が同時に油を注がれたからである。観察せよ。信心と慈善のわざにおいて、私たちは自分の能力に応じて寛大であるべきである。最上のものは、私たちが持つ最上のもので仕えられるべきである。イスラエルびとにとって、そのような大量の金銀を聖所の奉仕のために手放すことは十分に可能であった。彼らは天からパンをもって日々養われていたので、肉を買い、陣営に食糧を補給するためにこれを必要とせず、また間もなくカナンの所有とされるはずであったので、土地を買うため、あるいは軍勢に報酬を払うためにこれを必要としなかった。
彼らは直ちに用いられるものをいくつか携えた。すなわち各種の献げ物——燔祭、罪祭、また多くの平和祭(その一部で友人たちと共に盛宴を催すため)、およびこれらに付随する素祭である。これによって彼らは、モーセを通して神が最近彼らに授けられた犠牲に関するすべての律法に対する、感謝に満ちた受容と喜んでの服従を示した。そして、それは喜びと歓喜の時であったが、それでも彼らの犠牲のただ中に常に罪祭が見出されることは注目すべきである。私たちの最善の奉仕においてさえ、私たちは自分のうちに罪の混じりを自覚するのであるから、最も喜ばしい奉仕においてさえ悔い改めの混じりがあるのは当然である。神に近づくすべての機会において、私たちは信仰によって大いなる罪祭としてのキリストに目を向け、キリストに言及しなければならない。
彼らは各々別の日に、最近配置された順序にしたがって献げ物を携えた。そうして儀式は十二日間続いた。神はこのように定められた(民 7:11)。彼らはその献げ物を、おのおのその日に、つさごとに携えるであろう、そして彼らはその通りに行った。十二日の間に少なくとも一つの、もしかすると二つの安息日が含まれるはずであったが、彼らは安息日にこれを休んだようには見えない。それは聖なるわざであり、聖なる日にふさわしかったからである。神がこれを数日間にわたって行うことを定められたのは、(1) 儀式が延長され、それによってすべてのイスラエルが広くそれに気づき、その記憶がより効果的に保たれるためであった。(2) これにより各部族におのおの等しい栄誉が与えられるためであった。アロンの胸当てには各部族の宝石があったように、この献げ物においては各部族にその日があった。(3) こうしてより荘厳に、また秩序正しく行われた。神のわざは混乱にかけて、急いで行われるべきではない。時間を取るなら、より早く終えるか、少なくともより良く終えるであろう。(4) 神はこれによって、信心と敬虔の実践をいかに喜ばれ、また私たちが喜ぶべきかを示された。それらの繰り返しは私たちにとって絶えず喜びであるべきであり、善を行うことに疲れてはならない。もし特別な奉仕が十二日間続けて行うことが求められても、私たちはこれを縮小したり、これを課題や重荷と呼んではならない。(5) 祭司とレビびとは、この機会に毎日同じ犠牲を、しかも各種のものをそれほど多くの日続けてささげることで、彼らの手はよく慣らされ、それらに関する律法に熟練することになったであろう。(6) 平和祭はすべてささげられた当日に食べられなければならず、雄牛二頭、雄羊五匹、やぎ五匹、小羊五匹は一日の盛宴に十分であった。もっとあったなら、とりわけすべてが一日にささげられたなら、過度の危険があったであろう。節制の徳は、盛宴という宗教の名のもとに捨てられてはならない。
彼らの献げ物はすべて、何の変化もなく全く同じであった。おそらくつさたちも部族もみな同じように豊かだったわけではないが、しかしこれによって、イスラエルのすべての部族が祭壇において等しい分け前を持ち、その上にささげられる犠牲において等しい権益を持つことが示された。ある部族が陣営において他より栄誉ある位置に配置されたとしても、彼らと彼らの奉仕は神にとってすべて同様に受け入れられるものであった。私たちも人を偏り見て私たちの主イエス・キリストの信仰を持ってはならない(ヤコブ 2:1)。
ユダの部族のつさ、ナフションが最初にささげた。神がその部族に陣営における第一の名誉の地位を与えられたからであり、他の部族もこれに服し、神が彼らに陣営を張るように定められたのと同じ順序でささげた。キリストの来られたユダが最初であり、次に他の部族。こうして魂の神への奉献において、各人はキリストという初穂として、おのおのその順序において献げられる(コリント一 15:23)。ある人々は、ナフションが唯一明示的に「つさ」と呼ばれていないこと(民 7:12)に注意を向ける。ユダヤ人はこれについて次のように説明する。彼が最初にささげたために高ぶらないように、彼は「つさ」とは呼ばれず、他のすべての者は(その中に年長の家の者がいたにもかかわらず)彼の後に服してささげたので「つさ」と呼ばれた、と。あるいは、ユダのつさという称号はキリストにさらにふさわしく属していたからである。彼に諸民の従うべきことが及ぶからである。
献げ物はすべて同じであったが、その記録は同じ言葉で各部族ごとに詳細に繰り返されている。聖書にはむなしい繰り返しはないことは確かである。ではこれらの繰り返しをどう理解すべきか。この立派な十二人の陪審が、その陪審長の携えたのと同じ献げ物を各々その日に携えたと言うだけで済ませることはできなかったか。いや、神はこれを各部族ごとに明記することを望まれた。なぜか。(1) これらのつさたち、および彼らの各部族の奨励のためであった。各々の献げ物が詳細に記録されることで、いかなる軽視も彼らに向けられていないように見える。というのも、富める者も貧しき者も共に神の前に集うからである。(2) すべての信心と慈善の気前の良いわざの奨励のためであった。このようにささげられるものは主に貸されること、そして神がこれを注意深く記録し、おのおのの献げ物にその名を冠されることを知らせるため。というのも、このようにささげられるものを神は報いられ、冷たい水一杯でさえ報いを受けるからである。神は不義ではなく、費用にも愛の労苦にも覚えておられる(ヘブル 6:10)。キリストが倉庫に投ぜられたものに特別な注意を払われたのを見出す(マコ 12:41)。ささげられるものがわずかであっても、他の者の慈善への寄付であっても、もし私たちの能力に応じたものであるなら、それは記録され、正しい者の復活において報いられるであろう。
勘定の末尾に総計が加えられている(民 7:84-88)。これは、神がご自身の自発的献げ物の言及をいかに喜ばれたか、また各つさがその割当を携えたとき、それが全体としてどれほどの量になったかを示すためである。もしすべての者がその場所において、模範的な純潔と敬虔、広範な慈善、普遍的な有用性をもって、その分を果たすなら、神の聖所はどれほど豊かにされ、美しくされることであろうか!
神は、ご自身に携えられたこれらの献げ物を恵み深く受け入れられたことを、贖罪所の上から、人がその友に語るように親しくモーセに語られることによって示された(民 7:89、12:8)。そしてモーセに語ることによって、神は事実上すべてのイスラエルに語り、彼らにこの良いしるしを示されたのである(詩 103:7)。観察せよ。もし神が私たちに恵みを与えて、ご自身のことばを聞き受けられるようにされるなら、神が私たちの祈りを聞き受けられたことをこのようにして知るのである。というのも、これによって私たちと神との交わりは維持され保たれるからである。これらの献げ物が携えられた各日において(おそらく祭司とささげる者たちが平和祭で盛宴を催している間)、モーセは幕屋にあって、この書と前の書で既に見たような律法や規定のいくつかを受けていたと考えてもよいであろう。そしてここで、すぐれたパトリック主教が観察するように、神がこのように可聴の明瞭な声で、まるで聖なるからだをまとったかのようにモーセに語られたことは、時の満ちたときに神の御子が受肉し、ことばが肉体となって人の子らの言葉で語られることの担保とみなされ得る。というのも、神が古えには、多様なしかたで先祖たちに語られたとしても、これらの終わりの日にあっては、ご自分の御子によって私たちに語られたのである。そして今やモーセに、ケルビムの間からシェキナーすなわち神の威光として語られた方が、永遠のことば、三位一体の第二位格であったというのが、多くの古代教父たちの敬虔な推測であった。神と人とのすべての交わりは、その御子によるのであり、御子によって神は世界を造り、教会を治め、その方はきのうも、きょうも、とこしえに変ることがないのである。
神がイスラエルの宿営の真ん中に(いわば)家を建てられたので、イスラエルの君たちはここにその贈り物を持って訪問に来る。地代を払う者としてその地主に、それぞれの部族の名において。一、彼らは贈り物を持って来た。1. 幕屋の奉献のために、その奉仕のために(民7:1-9)。2. 祭壇の奉献のために、その使用のために(民7:10-88)。そして二、神が恵み深くそれらの受け入れを示された(民7:89)。前の二つの章は神がイスラエルに与えられた追加の律法の記録であったが、これはイスラエルが神に行った追加の奉仕の歴史である。