scripture.how 聖書注解書

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複数のパブリックドメイン注解書と scripture.how の韓国語訳を、書巻と章ごとに閲覧できます。注解書を切り替えながら、訳文だけでなく原文と訳文を並べて読むこともできます。

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Matthew Henry's Complete Commentary

Matthew Henry · 1714

パブリックドメイン

Matthew Henry 사후(1714) 공개 도메인. 디지털판 CC0-1.0.

翻訳進捗
4,537 / 4,537
原文言語
en

Jamieson-Fausset-Brown Commentary Critical and Explanatory on the Whole Bible

Robert Jamieson, A. R. Fausset, David Brown · 1871

パブリックドメイン

Commentary Critical and Explanatory on the Whole Bible (1871). CCEL expanded electronic edition states it is in the public domain.

翻訳進捗
19,831 / 19,831
原文言語
en

Barnes' Notes on the Bible

Albert Barnes · 1834

パブリックドメイン

Albert Barnes' Notes on Revelation Of St. John The Divine (New Testament, English original, public domain). Sourced from the Christian Classics Ethereal Library (CCEL). Public domain. Retrieval mirror: biblehub.com/commentaries/barnes.

翻訳進捗
22,781 / 22,781
原文言語
en

Adam Clarke's Commentary and Critical Notes on the Bible

Adam Clarke · 1831

パブリックドメイン

Public domain English commentary by Adam Clarke, normalized from Wikisource book pages for scripture.how. Public domain. Retrieval mirror: biblehub.com/commentaries/clarke.

翻訳進捗
21,603 / 22,101
原文言語
en

John Gill's Exposition of the Bible

John Gill · 1763

パブリックドメイン

John Gill(1697-1771), Exposition of the Old and New Testament(1746-1763). Public domain. Retrieval mirror: biblehub.com/commentaries/gill.

翻訳進捗
12,528 / 30,759
原文言語
en

Calvin's Commentaries

John Calvin · 1850

パブリックドメイン

종교개혁 신학 원천 (영역본 PD, 대부분 — 전권 아님)

翻訳進捗
144 / 7,385
原文言語
en

Matthew Poole's Annotations upon the Holy Bible

Matthew Poole · 1685

パブリックドメイン

간결 절별 전권 개혁주의 주석

翻訳進捗
0 / 31,092
原文言語
en

The Pulpit Commentary

ed. H.D.M. Spence & Joseph S. Exell · 1890

パブリックドメイン

전권 강해·설교·예화 풍부 (항목 대량)

翻訳進捗
0 / 25,592
原文言語
en

Keil & Delitzsch Commentary on the Old Testament

Carl F. Keil, Franz Delitzsch · 1866

パブリックドメイン

구약 학술 표준 — 히브리어·문헌비평·고대근동 배경

翻訳進捗
0 / 2,044
原文言語
en

Ellicott's Commentary for English Readers

ed. Charles J. Ellicott · 1878

パブリックドメイン

학술+가독 균형 전권 주석

翻訳進捗
0 / 23,497
原文言語
en

Cambridge Bible for Schools and Colleges

Cambridge (다저자) · 1900

パブリックドメイン

준전권 준학술 (권별 저자·연도 확인)

翻訳進捗
0 / 27,176
原文言語
en

Vincent's Word Studies in the New Testament

Marvin R. Vincent · 1887

パブリックドメイン

신약 헬라어 단어 연구

翻訳進捗
0 / 5,763
原文言語
en

Word Pictures in the New Testament

A.T. Robertson · 1933

パブリックドメイン

헬라어 시제·문법 해설 결정판 (KR PD / US 1931+ 권별)

翻訳進捗
0 / 6,935
原文言語
en

The Expositor's Greek Testament

ed. W. Robertson Nicoll (다저자) · 1910

パブリックドメイン

헬라어 신약 학술 (권별 저자 PD 확인 필요)

翻訳進捗
0 / 7,010
原文言語
en

Meyer's Critical and Exegetical Commentary on the New Testament

Heinrich A.W. Meyer · 1880

パブリックドメイン

신약 학술 정밀주해 (독일 — K&D 대응)

翻訳進捗
0 / 5,340
原文言語
en

Wesley's Explanatory Notes

John Wesley · 1755

パブリックドメイン

간결 실용 전권(NT 1755 / OT 1765) 웨슬리안

翻訳進捗
0 / 5,643
原文言語
en

Benson's Commentary of the Old and New Testaments

Joseph Benson · 1815

パブリックドメイン

웨슬리안 전권 주석

翻訳進捗
0 / 14,675
原文言語
en

The Treasury of David

Charles H. Spurgeon · 1885

パブリックドメイン

시편 주석 고전 (설교 자료 풍부)

翻訳進捗
0 / 2,290
原文言語
en

MacLaren's Expositions of Holy Scripture

Alexander Maclaren · 1910

パブリックドメイン

설교형 강해 명저 (전권, 절별 가공 필요)

翻訳進捗
0 / 1,144
原文言語
en

The People's New Testament

B.W. Johnson · 1891

パブリックドメイン

평이 절별 신약 해설 (일반신자·모바일)

翻訳進捗
7 / 3,477
原文言語
en

Trapp's Complete Commentary

John Trapp · 1660

パブリックドメイン

청교도 전권 주석 — Henry/Gill 보완

翻訳進捗
0 / 26,397
原文言語
en

Hodge's Commentary on the New Testament

Charles Hodge · 1860

パブリックドメイン

프린스턴 조직신학 관점 신약 정밀 주석 (롬·고전후·엡)

翻訳進捗
0 / 1,011
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Obadiah 1章 서론

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Matthew Henry's Complete Commentary

無題

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本書は全体がエドムに関するものである。エドムはイスラエルと近い血縁関係を持ち、密接に隣接しながらも、ヤコブの子孫に対する敵であり、ヤコブに対する彼らの父エサウの敵意を受け継いでいた。さて、ここには序言ののち、Ob 1:1 に続いて、次の内容がある。Ⅰ. エドムに対する脅し。1. 彼らの高慢はへりくだらされる、Ob 1:2-4。2. 彼らの富は略奪される、Ob 1:5-7。3. 彼らの知恵は狂わされる、Ob 1:8,9。4. 神のイスラエルに対する彼らの悪意ある振る舞いは報復される、Ob 1:10-16。Ⅱ. イスラエルに対する恵み深い約束。彼らは回復され、改革され、エドム人に勝利し、彼らの地と、他の隣人たちの地を手中に収めるようになる(Ob 1:17-20)。そして、大いなる救いの実現によってメシアの国が立てられる、Ob 1:21。

Jamieson-Fausset-Brown Commentary Critical and Explanatory on the Whole Bible

Introduction

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はじめに

本書は旧約聖書で最も短い書である。その名は「ヤハウェのしもべ」を意味する。オバデヤはヘブル語の正典配列では小預言書の第四番目、ギリシャ語配列では第五番目に位置する。ある者は彼を、紀元前627年にヨシヤの下で神殿の修復を監督したオバデヤと同一人物と見なす(

代下 34:12)。

しかし

オバ 11-16, 20

は、この時までにエルサレムがすでにカルデヤ人によって覆されていたこと、そして彼がその際のユダヤ人に対するエドムの残酷さを指していることを暗示する。それはまた

哀 4:21, 22; エゼ 25:12-14; 35:1-15; 詩 137:7

にも言及される。

オバ 5

と

エレ 49:9、

オバ 6

と

エレ 49:10、

オバ 8

と

エレ 49:7

を比較すると、エレミヤが他の預言者の場合にもしたように(比較

イザ 15:1-16:14

と

エレ 48:1-47)、

オバデヤの預言の一部を自身の預言の中に組み込んだことがわかる。

年代において先行する他の小預言者たちよりも前にオバデヤが現在の位置に置かれた理由は次の通りである。アモスはその預言の終わりで、将来ユダヤ人によってエドムが服属させられることを予告する。それゆえ小預言者たちを一巻に配列した者は、エドムに関するアモスの先行する短い預言の、より十分な陳述、いわば注解としてオバデヤを次に置いた[マウラー(Maurer)]。(比較

アモ 1:11)。

オバデヤの預言の時期は、おそらくネブカデネザルによるエルサレム占領の直後、紀元前588年であろう。その五年後(紀元前583年)、エドムはネブカデネザルによって征服された。エレミヤはオバデヤの預言の一部をそれが語られた直後に自身のものに組み込んだにちがいなく、そうすることでその正典性を刻印した。

ヒエロニムス(Jerome)は彼をホセア、ヨエル、アモスと同時代とする。この見解を支持する論拠は、エレミヤが同時代の預言者よりも、先行する預言者から一部分を自身の預言に挿入する可能性が高いということである。もしそうなら、

オバ 11-14

の言及は、エルサレムがかつて捕えられた事象のひとつを指すであろう。すなわちレハベアムの下でのエジプト人によるもの(

王上 14:25, 26; 代下 12:2

など)、あるいはヨラムの治世でのペリシテ人とアラビヤ人によるもの(

代下 21:16, 17);

あるいはアマツヤの治世でのイスラエル王ヨアシュによるもの(

代下 25:22, 23);

あるいはエホヤキムの治世でのもの(

王下 24:1

など);あるいはエホヤキンの治世でのもの(

王下 24:8-16)。

すべての場合においてイドマヤ人はユダヤ人に敵対的であった。そしてその敵意を特徴づける言葉は、

ヨエ 3:19

(比較

オバ 10);

アモ 1:11, 12

においてよりも、オバデヤにおいて強いわけではない。

オバデヤが暗示するエルサレム占領は、アマツヤの治世でのヨアシュとイスラエル人によるものの可能性が高い。なぜなら、その少し前、同じアマツヤの治世に、ユダヤ人が戦いでエドム人を征服した後に彼らを過酷に扱ったので(

代下 25:11-23)、

エドム人が報復としてエルサレム攻撃にイスラエル人に加担した可能性があるからである[イェーガー(Jaeger)]。

本書は二つの部分に分けられる。(1)

オバ 1-6

は、イスラエルの悩みの日にその兄弟イスラエルに対するエドムの暴虐と、ユダの他の敵と共にエドムに来る滅びを示す。(2)

オバ 17-21

は、ユダヤ人が自身の所有地に回復されること、それに隣接する諸民の所有、とりわけエドムの所有が加えられることを語る。

Barnes' Notes on the Bible

Obadiah 1 Introduction

翻訳あり 本文を開く

オバデヤ書導入

預言者オバデヤについては聖書が沈黙を守っているが、これは人々が彼について何かを知りたいと願う関心とは著しい対照をなしている。神が保存することをお望みになった以上のことを彼について知りたいという願いを、古の人の精神が正当化しようと試みた数々の組み合わせを検討することは、むしろ骨折り損ですらある。人々はそれらを取り上げて、後世の優れた洞察を誇示し、既に討たれた者をさらに討つ。神の民たち——その預言を神が私たちのために保存してくださった方々——について、また各預言者がそうであるような恩人について、より多くを知りたいと願ったのは良い敬虔な感情であり、人々はその観点から、その恩人を、より詳しい記録のある誰かと同一視できないかと探し回った。こうして人々は、オバデヤが、アハブのもとで預言者たちの忠実な保護者であった人物、あるいはエリヤが生き返らせたシュネムの女の息子、あるいはヨシャパテがユダの諸都市に教えさせるために遣わしたオバデヤ、あるいはヨシヤの治世に、神殿の修繕の監督者としてもう一人と共に選ばれたレビ人であると証明されることを期待したのである。神が隠されたことについての、実を結ばない憶測よ!神は、彼の名とこの短い預言だけがこの世で知られることをお望みになった。ここで彼は、ただオバデヤ、「神を礼拝する者」としてのみ知られている。

しかし、これら敬虔な人々の憶測は、次の点を明らかにしている。すなわち、正典の編成者は、この預言者を聖書の他の箇所に言及されるいかなる人物とも同一視することとは別の根拠に基づいて、正典の中のオバデヤの位置を定めた、ということである。というのも、聖書が名以上のことを記すオバデヤのうち、二人はアハブの治世に生き、一人は十部族の捕囚の後に生きたが、預言者は、正典の編成者によって、彼の前後に置かれた者たちが活躍したウジヤとヤロブアム二世の時代に位置づけられているからである。近代の批評家たちは、これらの敬虔な願望を軽んじた上で、なおさら自分たちの流儀で誤りを犯している。ドイツの批評家たちは、互いに600年以上も隔たった年代をこの預言者に割り当ててきた。あたかも人が「内的証拠」から、ある著作がウィリアム征服王の時代に書かれたのかクロムウェルの時代なのか、聖ルイの時代なのかルイ十八世の時代なのか、あるいはヘシオドスがカリマコスと同時代人であり、エンニウスがクラウディアヌスと同時代人であり、ニーベルンゲンの歌の作者がシラーと同時代に生きたのかどうかを疑っているかのようである。他の事例に当てはめれば直ちに不条理に見えるこのような相違は、不信仰の実りであった。

この預言において語られているのは、二つの、いや、三つの大いなる事実である。すなわち、エルサレムの陥落、そして兄弟の倒れの上で悪意をもって勝ち誇ったことに対するエドムへの二重の刑罰である。一つは異邦人によるもの、もう一つは回復されたユダヤ人によるものである。預言者はエドムへの刑罰を、なお来たるべきものとして明確に予告している。私たちの訳によれば過去のこととして語られているエルサレムの破壊も、実際には予告されているのである。不信仰は一切の預言を否定する。奇妙なことに、宝石——人に対する神の本物の、かつ本物と証明された御声——の存在を否定するはずの不信仰が、匣の時代を問題にして心を悩ませる。しかし、事実そうだったのである。イスラエルの預言者たちは、その霊感を否定する人々に対して魅惑的な力を及ぼした。彼らは預言を否定しながら、預言者たちについて自ら仕事をしていた。預言を否定する不信仰は、歴史の中に、預言者の述べたこれらの事柄に対応する二つの出来事——エルサレムの陥落と、それに「続く」(「結果として起こる」とは言い得なかった)エドムの受難——を見出さねばならなかった。そして、エルサレムが最初に陥落したのは紀元前970年、レハベアムの第五年にエジプトの王シシャクの手によってであり、ヨセフスは、紀元前301年に、プトレマイ・ラゴスがいけにえをささげるとの口実のもとに欺きによってエルサレムを占領し、これを酷く扱い、ユダヤの山岳地帯とエルサレム周辺の諸地方、サマリヤ、ゲリジムから多くの捕虜を連れ去り、皆エジプトに定住させたと伝えている。それゆえ、不信仰的な批評には、揺れ動くための広い範囲があった。

こうして不信仰的批評は、これらの時期の最初と最後の間を行きつ戻りつ動揺し、オバデヤは預言しなかったという点では一致しながら、それ以外のすべての点では不一致であった。アイヒホルンは、神の預言者たちが詳しい出来事を未来のこととして語るとき、実際には過去を描写しているのだという彼の不信仰の原理に基づいて、最後の五節がアレクサンドロス・ヤンナイオスの時代、すなわち最も遅い年代からさらに二世紀後の、紀元前82年頃に書かれたと仮定した。あたかもヘブライ人の預言者が、アレクサンドロス・ヤンナイオスの恣意的な残酷さのゆえに憎むべき者を、救い主と呼ぶかのように!

オバデヤの時代に関する本当の問題は二点にかかっている。一つは外的なもの、もう一つは内的なものである。外的なものとは、エレミヤと共通する諸節に関して、オバデヤがエレミヤにおいて散在する諸節を一つに集めたのか、それともエレミヤが、エドムに対する預言を更新する際に、オバデヤの諸節を取り込んだのか、という点である。もう一つ、オバデヤ自身に内在する問題は、彼がエルサレムの陥落を預言的な過去として語るのか、それとも現実の過去として語るのか、そして(これを決定するものとして)エドムを、エルサレム陥落の際の過去の悪意について責めるのか、それとも未来に対して警告するのか、という点である。

本文の英語訳は、オバデヤが過去の罪について責めていると仮定している。というのも、それは「あなたは兄弟の日に、彼が外国の人となった日に、見ていてはならなかった。ユダの子らの滅びの日に、彼らを喜んでいてはならなかった。彼らの苦しみの日に、高ぶって語っていてはならなかった」と訳しているからである。英語の傍註は、もう一つの訳として「見てはならない、等」を示している。しかし、אַל 'al が未来形と共に用いられるとき、未来の事柄を禁じ、あるいは嘆くというのが絶対的に確実である。ヘブライ語聖書において אַל 'al の現れるすべての箇所で、それは「~してはならない」を意味する。「盗むな」が「盗んではならなかった」という意味だと言うのと同程度に、「見てはならない」を意味する תרה ואל ve'al tēreh が「見ていてはならなかった」という意味だと言うことができよう。

確かに、強い感情に属する生き生きとした疑問の形式において、既に起こった事柄の前の時代に思いを馳せる魂は、過去をなお未来として語ることができる。こうしてダビデは、棺の上で嘆きつつ「アブネルは愚か者の死のように死ぬべきであったのか」と言い、あるいはヨブは、神に「なぜあなたは私を胎から出させてくださったのか」と言った後、自分をその時の者として、「私は息絶えるだろう。そして目は私を見ないだろう。私がいなかったかのようであるだろう。私は胎から墓まで運ばれるだろう」と(文字どおりに)言う。彼は、産みの苦しみの中で死んでいたならばどうであったかを、未来として見ているのである。それは相対的な未来であった。私たちも、強い感情の下では、ほとんど同じように「~することになっている」を用いることができる。「アブネルは愚か者の死のように死ぬことになっているのか」と訳すことができるように。しかし、これらの実例は、「~してはならない」という一様な慣用句とは何の関係もない。解釈のいかなる原理に基づいても、ただ一つの実例において、慣用句が持っている意味が私たちに合わないという理由だけで、一般的な慣用句に、それが持たない意味を帰してはならない。これを表現する慣用句は「存在する」。それは לֹא lo' を伴う未来形であり、אַל 'al を伴うものではない。

これと一致するのは、その直前の箇所——私たちの訳が「あなたは彼らのひとりのようであった」と訳す所——では、ヘブライ語が(私たちの聖書で斜体によって示されているように)ただ「あなたは彼らのひとりのように!」とだけを持ち、いかなる時も表現していないことである。節全体は、エドムについては何の時をも表現していない。「あなたがそばに立っていた日、外国人たちが彼の力を捕らえて行った日、外国人たちが彼の門に入って、エルサレムのためにくじを引いた日に、あなたも彼らのひとりのようであった」。

これもまた、修辞の問題ではなく、道徳の問題である。打つためだけでなく警告される全能の神が、既に終わった罪について、「してはならない」「してはならない」「してはならない」と、それ自体のうちに切迫さを多く含む繰り返しを八回も行うであろうとは、私たちは想像できない。過去の罪については、神は悔い改めを、その罪を断ち切ることを勧めるのであり、それを新たに繰り返さないようにとは勧めない。神は、ご自身の全能とさえ矛盾することになること——既になされたことをしないようにと勧めること——はなさらない。

それゆえ、ことばが担う唯一の意味によれば、オバデヤがエドムを警告したとき、エドムはまだその罪を犯しておらず、したがって預言者が書いたとき、エルサレムはまだ破壊されていなかった。というのも、その直前に言及された、「あなたの兄弟の日」(それは「彼のわざわいの日」と説明される)、「彼らの滅びの日」、「苦しみの日」の七重の繰り返しは、「外国人たちが彼の力を持ち去り、異邦人たちが彼の門に入って、エルサレムのためにくじを引いた日」以外の何ものでもありえないからである。しかし、エルサレムにとって完全な滅びの日であったのは、ネブカデレザルによるその陥落の日以外にはない。シシャクによる陥落、あるいはエホヤキムとエホヤキンの下でのカルデヤ人による陥落は、都に損傷を残さなかった。ヨアシュは、アマジヤを打ち破ったとき、その城壁の一部だけを破壊した。

オバデヤとエレミヤの関係も、これと一致する。この関係を証明するこの議論は、カスパリによって非常に注意深く書き上げられているので、それを明確に示すこと以上に必要なことはほとんどない。私が思うに、(強い反対の先入見の下にない限り)ほとんど誰も、預言者自身の書におけるオバデヤの最初の五節と、Jeremiah 49 に散在して現れるそれらの節とを読んで、エレミヤがオバデヤのことばを自分の預言の中に再び組み込んだと確信しないではいないであろう。

これは、それ自体としてもっともらしい。というのも、エレミヤは、モアブに対する預言においてイザヤから八節を、バビロンに対する預言において同じ預言者から四節を、一語あるいは慣用句、表現様式の中に含まれる彼の預言へのいくつかの言及のほかに、確かに自分の預言の中に取り込んでいるからである。同様にエレミヤは、ダマスコに対する自分の預言を、アモスのダマスコに対する預言の一節で閉じ、アンモンに対する自分の預言に、アモスのその民に対する一節を挿入している。これはいっそう注目に値する。アモスの各民に対する預言は、わずか三節から成るからである。これはもちろん、意図的に行われたのである。おそらくエレミヤは、これらの国々に対する預言を更新する際に、かつての預言がなお効力を持つこと、まだ使い尽くされていないこと、神の脅かしは遅れるゆえに少しも不確かではないこと、神は忍耐深くあられるゆえに、ご自身のことばは少しでも多く確実に成就することを指し示そうとしたのであろう。このような以前の預言の挿入——長いものも短いものも——は、エレミヤの諸国民に対する預言の特徴であり、バビロン、ダマスコ、モアブ、アンモンに対するものに現れているのであるから、おそらくエドムに対するものにも現れているであろう。

しかも、オバデヤとエレミヤに共通な八つの節は、オバデヤにおいては一つの全体をなしている。エレミヤにおいては、彼がイザヤのモアブに対する節を導入したと私たちが知っているのとまさに同じ仕方で、彼自身の他の節の中に散在している。しかし、イザヤの預言に対するエレミヤの預言の関係というこの類比に加えて、エレミヤが、神が彼に与えたことばを付け加えて、既存の預言を拡大したと考える方が、オバデヤがエレミヤの散在した言明を寄せ集め、しかも、文脈から切り離されたそれらの言明が、現にそうであるように、なお一つの緊密で連結した全体を形成したと考えるよりも、当然に自然である。

ところで、オバデヤのこれらの節については、まさにそうなっている。ひとまず詩的な意象を別にすれば、オバデヤの預言における思考の連結は次のとおりである。Obadiah 1:1 神は諸国民にエドムに向かって進むよう命じられた。Obadiah 1:2 それを低くすることを定めて。Obadiah 1:3 エドムはその堅固な位置に誇って信頼していた。Obadiah 1:4 しかし神はそれを引き下ろされる。しかも、Obadiah 1:5 並の略奪者によってではなく、Obadiah 1:6 その最も隠された宝を捜し出す者によって。Obadiah 1:7 その友人たちがその破壊者となる。Obadiah 1:8 その知恵、そして Obadiah 1:9 その力は、それを支えられなくなり、Obadiah 1:10 それは兄弟ヤコブへの悪意のゆえに滅びる。その行為の極みは、エルサレムの陥落の時にあった。Obadiah 1:11-14 しかし神の日は近い。異邦人は報いを受ける。Obadiah 1:15-16 シオンの残りの者は救い出され、自分たちを追い散らした者たちを追い散らし、広く広がる。Obadiah 1:17-20 救い主がシオンから起こり、国は主のものとなる。Obadiah 1:21。

このように、オバデヤからの八つの節——そのうち五節はエレミヤに再び現れ、三節は彼が言及するものである——は、オバデヤにおいて緊密な連結の中にあるだけでなく、よく整序された一つの全体の一部をなしている。連結は実にきわめて緊密なこともある。エサウの誇る問い、ארץ יוּרדני מי mı̂y yôrı̂dēnı̂y 'erets(Obadiah 1:3)「誰が私を地に引き下ろすのか」に対して、神は「たといあなたがその巣を星の間に置いても、משׁם אוּרידך mı̂shâm 'ôrı̂ydekâ(Obadiah 1:4)、そこから私はあなたを引き下ろす」と答えられるように。

反対にエレミヤは、預言者たちの中の嘆く者であり、神の民の敵に対する預言においてすら哀調を帯びている。この預言においてすら、彼は柔らかなことばを交えている。「あなたの孤児たちを残して行け。私は彼らを生かし、あなたのやもめたちを私に信頼させよ」と。それに応じて、エレミヤには印象的な絵画的場面が次々と現れるが、彼における連結は、思考の連結というより弁論の連結である。彼の目的は感銘を与えることであり、彼は、恐怖あるいは荒廃のイメージの積み重ねによって感銘を与える。思考の緊密さは彼の目的を助けないので、彼はそれを顧みない。ただし、オバデヤの順序を保つときは別である。しかし、順序が思考の連結であるところこそが預言の元の形である、というのが最も可能性が高いことは明らかである。その連続は、オバデヤのこれらの節だけの特徴ではなく、全体の特徴である。預言者の全21節は、初めから終わりまで、一つの連結した思考の流れをたどる。一節といえども、その順序を損なって移すことはできない。思考は次々と、一つから他へと流れ出る。しかし、この連結した思考の流れが、本来連結せずに立っていた思考を寄せ集めることによって生じたと仮定することほど、ありそうもないことはない。

また、二つの預言者のうちに現れるこれらの節のわずかな相違も特徴的である。二人の預言者が多少なりとも異なっているところではどこでも、オバデヤはより簡潔、あるいは急峻であり、エレミヤは、彼の哀切な性格にふさわしく、より流麗である。こうしてオバデヤは次のように始める。「主なる神がエドムについてこう仰せられる。私たちは主から報告を聞いた。異邦人の間に使者が遣わされた。立ち上がれ、我々は戦いのために彼女に向かって立ち上がろう」。「主なる神がエドムについてこう仰せられる」というこのことばは、続く預言全体が神から来たことを宣言する。次いでオバデヤは、神から聞いたことをほとばしらせる。「私たちは主から報告を聞いた」。これらのことばは意味において結ばれているが、文法上の連結を顧みれば不正確であろう。また、「私たちは聞いた」ということばにおいて、預言者は自分の民を自分と結び付けている。エレミヤは、より正確な「私は聞いた」に置き換え、このことばを預言の後の部分に転置することによって連結の困難を回避し、次いで、不規則な שׁלח shullach を規則的な形 שׁלח shâlach に置き換え、一つの急峻な文「立ち上がれ、我々は戦いのために彼女に向かって立ち上がろう」を、ヘブライ語の対句法「おのおの集まれ、彼女に向かって来れ。戦いのために立ち上がれ」に置き換える。

次にオバデヤはこう言う。「見よ。私はあなたを諸国民の中で小さくした。あなたはひどく侮られる」。エレミヤは小辞「というのは」を付け加えることによってこの節を前の節に連結し、全体を「私は小さくした」という語に依存させて流れさせる。「というのは、見よ。私はあなたを諸国民の中で小さくした。人の間で侮られる」。オバデヤは対句法の規則を顧みずに言う。「あなたの心の高ぶりがあなたを欺いた。岩の裂け目に住む者、その高き座に住む者よ。心に『誰が私を地に引き下ろすのか』と言う者よ」。エレミヤはより柔らかな流れで。「あなたの恐るべきことが、あなたの心の高ぶりが、あなたを欺いた。岩の裂け目に住む者、丘の高さを抱く者よ」。

オバデヤは非常に大胆に言う。「たといあなたが鷲のように高く上がり、たとい星の間に巣を置いても、そこから私はあなたを引き下ろす、と主は仰せられる」。エレミヤはこれを縮め、ヘブライ語においてほとんど唯一の、大胆さのための慣用句 סים ככבים בין ואם ve'im bēyn kôkâbı̂ym sı̂ym「星の間に置くとしても」を省いて、ただ「あなたが鷲のように高く上がるとき、あなたの巣を、そこから私はあなたを引き下ろす、と主は仰せられる」とだけを持つ。そこではまた、「星の間」という語の省略を通して、「そこから」という語は、エレミヤにおいては正確な先行詞を持たない。

同様にエレミヤは、次の急峻な訴えを滑らかにする。「盗賊があなたのところに来たなら、夜の略奪者たちが(あなたはなんと断ち切られたことか!)彼らは自分の分を盗まずにいるだろうか。ぶどう取りがあなたのところに来たなら、彼らは落ち穂を残さないだろうか」。エレミヤはこれを二つの均整的な半節に変える。「ぶどう取りがあなたのところに来たなら、彼らは落ち穂を残さないだろうか。夜の盗賊たちが来たなら、彼らは自分の分を略奪しただろう」。また、オバデヤの大胆な五語、מצפניו נבעוּ עשׂו נחפשׂוּ איך 'êyk nechâphas'û ‛ês'âv, nı̂b‛û matsepunâyv(文字どおりには「なんとエサウは捜し尽くされたことよ、その隠れた所が捜し出されたことよ」)に対して、エレミヤは「私はエサウを裸にした。私はその隠れた所を探り当てた。彼は隠れることができない」と置き換える。

さらに、エレミヤ書の英語の読者であれば、エレミヤが繰り返し好んで用いる多くの慣用句、句、イメージを持っていることに気づくだろう。それらは彼の文体の特徴である。ところが、オバデヤとエレミヤに共通するこれらの節には、エレミヤの他の箇所に現れる慣用句は一つもない。他方、それらが、いわば嵌め込まれているエレミヤのエドムに対する預言の他の節には、いわばお気に入りの表現がいくつかある。そのようなものとして指摘されてきたのは、エレミヤがエドムに対する預言を開始するときの短く急な問い「テマンにはもはや知恵がないのか」、次々に積み重なる急迫した命令「逃げよ、向きを変えよ、深く潜れ」、荒廃を表す語の積み重ね「ボツラは荒廃、そしり、荒れ地、のろいとなる。そのすべての町は永遠の荒廃となる」、その滅亡に驚いての「打ちのめされる」「シューと口笛を吹く」という二つの強い語の結合「そのそばを通る者はみな打ちのめされ(私たちの言う「唖然とする」)、そのすべての災いのために口笛を吹く」である。

同様なのは、ソドムとゴモラの滅びとの比較、「ヨルダンの茂りから上ってくる獅子」というイメージ、これらの預言の重荷「エドムの滅びの日、その刑罰の時」である。「それゆえ、エドムに対する主のはかりごとと、テマンに対して主がたくらまれたみこころを聞け」。また、これらの預言においては、節全体が繰り返されている。

エドムに対するエレミヤの預言を構成する16節のうち、四つはオバデヤのものと同一であり、第五はオバデヤの一節を具体化しており、残る11節のうち10節には、エレミヤが、外国の諸国民に対するこれらの預言においてであれ、彼の預言一般においてであれ、再び現れる表現や慣用句が多かれ少なかれある。さて、一人の預言者が、エレミヤの預言から節を選び出すとして、しかもエレミヤの特徴的な表現を一つも含まないものを正確に選び出したということは、まったくありそうもない。他方、エレミヤがオバデヤの節を自分の預言に織り込んだという仮定には、こう織り込まれた節の中に、エレミヤの他の箇所に現れる表現が一つもないという事実が完全に適合する。

例外として引用されてきた一つの表現は、単なる偶然の一致以上のものだとすれば、むしろこれを裏付けている。オバデヤは、エレミヤがここでは用いていない前の方の節の一つで言う。「あなたと契約を結んだ人々はあなたを国境まで送り出した。あなたと平和な人々はあなたを欺き、あなたに打ち勝った。あなたのパンを食べる人々は(すなわち、あなたと共にパンを食べた人々は)あなたの下にわなを仕掛けた」。兄弟ユダへの彼らの悪行に対するこの三重の報いのただ中に、「あなたと平和な人々」ということばがあり、これはおそらくダビデの一篇の詩から取られたものである。しかし השיאך「あなたを欺いた」という語は、Obadiah 1:3 の השיאוך「欺いた」と、あなたの心の高ぶりは、に対応する。同盟者たちによる欺きは、自分の心の高ぶりによる自己欺瞞の実であり結果であった。それゆえオバデヤのこの節は前の節と連結しており、自分の預言の一つの部分を他の部分に響き合わせ、ことばの連結によって思考と出来事の連結を示すことは、オバデヤの特徴である。エレミヤが、バビロンの君たちの前に引き出されるとき家に残される女たちの口に載せた、ゼデキヤに対する嘲りことば——「あなたの友人たち」、文字どおりには「あなたと平和な人々は、あなたを唆し(המיתוך、Jeremiah 38:22)、あなたに打ち勝った」——は、オバデヤのことばの追憶である可能性が十分にある(ただし「あなたと平和な人々」という語だけが同じである)。しかし、それはエレミヤの他のことばとは何の連結も持たない。オバデヤのことばが前のことばと連結しているのとは違って。

エレミヤがオバデヤのこれらのことばを組み込んだその預言自身も、エルサレムの破壊をなお未来のこととして語っている。というのも彼はエドムに向かって言うからである。「見よ。杯を飲むべきでないとさばかれた者たちが、確かにそれを飲む。そしてあなたは罰を免れるのか。免れない。あなたは確かにそれを飲むからだ」。同じ表現 ישתו שׁתו を、前半では過去として「確かに飲んだ」と訳し、後半では תשתה שתו כי を未来として「あなたは確かにそれを飲む」と訳すこと(私たちの訳自身がそうしてきたように)は、明らかに誤りである。後半において未来でなければならないのなら、前半もまたそうでなければならない。エレミヤもまた他の箇所で、神の御自分の民への扱いと諸国民への扱いを、まったく同じ語形で未来として対比している。「万軍の主はこう仰せられる。見よ、わたしの名で呼ばれる町に悪を下し始める。あなたがたは全く罰を免れるのか。免れない。地のすべての住民に剣を呼ぶからである、と万軍の主は仰せられる。あなたがたは確かに飲む」。語形 להתע מחל בעיר־אנכי הנה は、それ自体、少なくとも近い未来を要求する(הנה は分詞と共に用いられるとき、常に、近いにせよ遠いにせよ、未来を示すからである)。そしてこれらのことば自身、エホヤキムの第四年に語られたものである。

まさにそのエホヤキムの第四年に、エレミヤは、エホヤキムが少し読まれたときに焼き捨てた巻物に書き記すよう、神から命令を受けた。「わたしがイスラエルとユダとすべての国々に向かって、あなたに語ったすべてのことばを。わたしがあなたに語り始めた日から、ヨシヤの日からこの日まで」。エホヤキムが巻物を焼いた後、その同じ集録は、神の命令によって、「多くの似たことば」と共に新たにされた。さて、その直後に、エレミヤ書においては、外国の諸国民に対する預言の集録が続く。そしてこの集録の中で、三つはエホヤキムの第四年に書かれたことを示す記載を含み、集録に付け加えられたのであろう最後の二つ、すなわちエラムとバビロンに対するものだけが、より遅い日付を帯びている。バビロンに対する預言は、その終わりにおいて、全く独立したものとして記されている。セラヤは、バビロンに着き、「この書を読み終える」とき、それに「石を結び付け」、それを「ユーフラテス川の中に投げ込み」、「バビロンはこうして沈む。私がその上に下す災いのゆえに、それは再び起こらない」と言うよう命じられているからである。

それゆえ、バビロンに関するこれらの章は、神の民の敵に対する預言であるという点で前のものと連結してはいるが、一つの点でそれらから切り離された、それ自体で一つの書として記されている。そしてこれに応じて、それらは冒頭で、ゼデキヤの第四年に書かれたとされている。同様に、ゼデキヤの治世の初めに発せられたエラムに対する預言は、おそらく、ネブカデレザルがエホヤキムを捕らえてバビロンに連れて行ったとき、エルサレムに向かうカルデヤ人の軍勢に仕えていた、当時の野蛮なこの民の悪行に起因するものである。それは、より早い預言たちと区別される。エラムは神の民の根深い敵ではなく、その刑罰の道具はバビロンではないはずだったからである。

Jeremiah 46-49:33 の、エジプト、ペリシテ(ツロとシドンを含む)、モアブ、アンモン、エドム、ダマスコ、ケダル、ハツォルの諸王国に対する、より早いこれらの預言は、みな次の点を共通に持つ。

(1) それらが、神の民の古くからの根深い敵に向けられていること。

(2) それらがみな、一つの源——北から、あるいはネブカデレザル自身から——来る滅びを脅かしていること(彼を名ざしにするか、記述するかのいずれかによって)。

それゆえそれらはおそらく一つの全体、ネブカデレザルを通した神の敵への刑罰の書であろう。しかし、エジプトに対する二つの預言の最初のものは、パロ・ネコのアッシリヤ遠征に関係し、その膨大な軍勢のユーフラテス川での完全な敗北を予告する。その敗北はカルケミシで、エホヤキムの第四年に起こった。次のエジプトに対する預言は、パロの敗北に直ちに続いた、それに対するネブカデレザルの遠征に関係する。ペリシテに対する第三の預言は「パロがガザを打つ前」であったが、これはおそらく、彼自身の権力が永遠に打ち砕かれる前に、その同じエホヤキムの第四年におけるアッシリヤへの遠征の途上においてであった。

しかし、オバデヤの預言はエレミヤのものより前であったから、おそらくずっと前であった。というのも、エレミヤはおそらく、それになお蓄えられている成就があることを示すために、それを組み込んだのである。そしてこれと一致するのは、オバデヤが彼の預言において、バラムの言語、ダビデの詩の言語、ヨエルとアモスの言語を用いており、それより後の預言者の言語を用いていないことである。彼が小預言書の系列の中で位置づけられている時代に生きていたのでない限り、これは別様でありえなかったであろう。彼がより後に生きていたのなら、彼が実際にそうしているようにヨエルとアモスの言語を意図的に用いながら、彼の預言が、他のより後の書の痕跡を少しも示さないということは考えられない。ヨエル書から取られた表現は、両書の小さな規模を考えれば、注目に値する。そのようなものとして疑いなく挙げられるのは、「それ」——エルサレム——「は聖なるものとなる קדשׁ qôdesh」「シオンの山には残りの者がいる」「主の日は近いからだ。あなたの報いをあなたの頭の上に返す」という句、および「くじを引く」を表す句 גוּרל ידוּ yadû gôrâl である。

これらは偶然の慣用句ではない。それらは意象の言語ではない。それらは、用いられていない慣用句とは、詩的にも修辞的にも何の区別もされていない。

それらは、感覚や想像に訴えるから用いられているのではない。一人の預言者は、他の預言者の意象を借りない。それらは預言の宗教的言語の一部であり、宗教的真理がひとたびその中に具体化されると、預言者たちはそれを世代から世代へと手渡したのである。これらのことばは、愛される親しい旋律のある音符のようなものであり、それが一部であるところの全曲を魂に呼び戻した。「主の日」がヨエルによってそれほど恐ろしい威厳をもって描写されたので、それ以後、「主の日は近い」という言い方自身が、彼自身の簡素なことばで繰り返されるとき、それがまとっていた畏怖のあらゆる情況を心に伝えた。同様に「聖なるものとなる」という二語は、神の御霊の注ぎ——聖の唯一の源——の満ち満ちたものを、すべて示唆した。それらのことばはヨエルにおいてこの語と結びついていたからである。それらは福音の約束に満ちている。教会は聖いだけでなく、聖の保管者、神がそれを広めるために定められた道具となる、という約束である。

同じように特徴的なのが、もう一つの表現「シオンの山には残りの者がいる」である。これは、パウロが展開しなければならなかった、肉と血にこれほど反するあの真理——イスラエルから出た者が、みなイスラエルなのではない——を際立たせる。それは神の憐れみの肯定的側面と否定的側面を一度に示した。「シオンの山に救いがある」が、「残りの者」のみの、というように。他方、慣用句 יעקב אחך מחמס mēchâmâs 'âchı̂kâ ya‛ăqôb の使用は、ヨエルの יהודה בן מחמס mēchâmâs bên yehûdâh から、強められた形で繰り返されたものであり、ヨエルがエドムの荒廃を予告したその宿りの罪——彼の兄弟ヤコブへの暴虐——に対する証言を、続けるものである。

アモスにおけるヤコブの拡大の約束「彼らはエドムの残りの者と、わたしの名が呼びかけられるすべての国々を継承する」は、同様に、オバデヤがアモスと同様に、神の民がエドムを継承するという約束から始める、四方——東、西、北、南——への拡大の詳細な約束の基盤である。「南地はエサウの山を継承し、低地はペリシテ人を継承する」。アモスは、エドムを、神と神の民を憎む者たちの標本、類型として取り上げ、彼らとすべての国々が教会の相続財産となることを約束する。オバデヤは同じ根拠に立って、エドムに対する神の判決を宣言した後、神の民の各部分が、どのように自分自身を超えて拡大し、広がっていくかを描写する。

アモスのことばに言及しつつ、オバデヤはさらに、アモスも言及するバラムの表現を具体化する。バラムは言う。「エドムは相続財産(ירשׁה yerûshshâh)となり、セイルもその敵に相続財産となる。ヤコブは力強く行い、ヤコブから出た一人が支配し、町から残りの者(שׂריד s'ârı̂yd)を滅ぼす」。バラムのこれら二つの宣言(そのうちアモスが用いたのは一つだけ)の結合は、偶然ではありえない。それらはそれぞれ、隣接した二つの節の中にある。「ヤコブの家は火となり、ヨセフの家は炎となり、エサウの家は刈り株となり、彼らは彼らに火をつけ、彼らを焼き尽くす。エサウの家には残りの者(שׂריד s'ârı̂yd)がいなくなる。主がそれを語られたからだ。南地はエサウの山を相続し(ירשׁ yârash)」。また第四節において、オバデヤは、他のどこにも現れない、バラムの預言の慣用句を持つ。「あなたの住まいは堅固であり、あなたの巣は岩の上に置かれる(קנך ושׂים ves'ı̂ym qı̂nekâ)」。ここの不定詞は非常に生き生きとした、しかし異例の構文である。この慣用句がヘブライ聖書の中でこの二箇所にだけあるというのは、偶然ではありえない。

より早い預言者たちの預言的言語のこの使用は、オバデヤ自身の語法の独創性と新鮮さのゆえに、いっそう注目に値する。彼の21節の中には、他のどこにも現れないいくつかの語がある。それらはそのほとんどが、使用されている単純な語や語の活用形である。それでも、それらはおそらく預言者自身によって造られた。みずから言語の語の倉に付け加える者は、他人から語を借りる必要がない。オバデヤが他の預言的言語を採用するのは、自分の意味を表現するためにそれを必要とするからではなく、それに新たな力と意義を与えるためである。

しかし、オバデヤが自分より前に生きた預言者たちの言語を用いたのと同じ根拠で、彼がより後に生きていたのなら、より後の預言者たちのことばを用いたであろう。

個々の語や形の形成は、オバデヤの文体の独創性の最も小さい部分である。生き生きとした描写、連結、力強さが、その特徴である。始まったとおりに、それは続き、終わる。中断も途切れもない。思考は思考の上に続く、波が波の上に寄せるように。しかしすべては一つの終わりに整列し、神がそれらのために定められた目標に向かって、縦隊から縦隊へと進軍する。各節はその前の節から生じ、その思考を運ぶ。原語における語のリズムは、哀切と力との奇妙な融合である。リズムの哀切は、預言者が印象付けたい一つの思考に留まる、やや長く持続する尺にあり、力は、ある文を要約するほんの短い数語にある。その延びた流れは、英語の読者をも打つであろう。簡潔さは、ヘブライ語においてのみ見ることができる。「なんとエサウは捜し尽くされたことよ!その隠れた所が捜し出されたことよ!」というあの五語には、既に言及した。

そのような他の実例は、Obadiah 1:7 を閉じる בוא תבונה אין 'ayin tebûnâh bô'、Obadiah 1:11 の מהם אחד אתה גם gam 'attâh 'echâd mēhem「あなたも彼らのひとりのようであった」、Obadiah 1:12-14 の長い勧告の後の עשׂה אשׁר 'ăsher ‛âs'âh לך יעשׂה yē‛âs'âh lâk、あるいは Obadiah 1:16-17 の記述を閉じる三語 היוּ כלו והיוּ vehâyâh kelô' לו lô hâyû、あるいは全預言をこれほども見事に要約する三語 המלוּכה אדני והיתה vehâyethâh 'ădonāy hammelûkâh「国は主のものとなる」である。預言者に現れる繰り返しすら、同じ効果を加える。נכרי ביום beyôm nokrı̂y、אבד ביום beyôm 'âbad、זרה ביום beyôm zârâh、אידם ביום beyôm 'ēydâm、אידוּ ביום beyôm 'ēydô(Obadiah 1:12-13)という、兄弟の災いにおける悪意ある喜びに対する勧告の各節を閉じる、二つの短い語のように。描写における特徴的な生き生きとした詳細、そしてそのただ中にある、単調にならない大きな簡潔さは、オバデヤ全体を通して見られる。

それゆえ、オバデヤの預言ほど短く、これほど連結した預言が二つに引き裂かれ(一方の部分はあるより早い預言者に属し、他方はエルサレムの破壊の後に書かれたとされる)ことが、いっそう不思議なことであろうが、この預言の切断の動機は明白である。「オバデヤの名の下に保存されたエドムに関する神託は」と、ある著者は言う、「その現在の形では、バビロン捕囚より早い時期のものでありえない。エルサレムの破壊と完全な荒廃がここに描写されている。預言者自身は捕囚の民の中で書いた」。この著者によれば、それはより早い時期のものでありえない。なぜなら、彼の信じるところでは、人自身の良心と神の通常の摂理の考察が示唆しうる薄暗い予感以上の、未来の詳細についての確実な予言、あるいはその未来についての知識は、ありえないからである。これは、神がご自身を受造物に啓示することができない、というもう一つの「ありえない」を前提とする「ありえない」である。

しかし、この著者自身も、この預言の大部分が捕囚よりずっと前の期間に属さなければならないという印象から、完全には逃れることができなかった。これらの矛盾——外的証拠のこの「ならなければならない」と、教義に反する先入見のこの「ありえない」——を調和させる唯一の道は、この生きた全体を二つに分け、エルサレムの破壊への言及を含まないエドムに関する部分をより早い時期に割り当てることであった。そして、こうされる。「さらに進んだ調査」と著者は続ける、「この後の預言者が、エドムに関する、より早い預言者の断片を用いたことを示す。現存するものの半分以上、すなわち Obadiah 1:1-10、Obadiah 1:17 の半分、Obadiah 1:18 は、その内容、言語、色調によって、そのようなより早い預言者を非常に明確に示している。しかも、ほぼ同じ頃に、エレミヤがこのより早い断片を用いた。Obadiah 1:1-9 の非常に多くがエレミヤに再び現れるが、最も目に見えて後の預言者に属する Obadiah 1:11-16、Obadiah 1:19-21 のことばは、何も現れない」。

  1. さて、明らかに、エレミヤはここに、なぜ自分の預言に特定の節を組み込み、オバデヤの特定の他の節には言及しなかったのかを、語ることはできない。それゆえ、単に用いなかったという事実から、彼がそれらを用いるための手元に持っていなかったという積極的な推論を下すことは、この上なく軽率である。彼は確かに自分の預言にオバデヤの最初の五節を組み込んでおり、そこで二人の預言者の一致はほぼ終わる。Obadiah 1:6 の「思考」はエレミヤに再び現れるが、その一語も再び現れない。Obadiah 1:7 には全く言及がない。Obadiah 1:8 についても、思考は保たれているが、「一語」だけであり、それも全く異なる形においてである。この第八節が、エレミヤが言及するオバデヤの最後の節である。それゆえエヴァルトは、彼の「より早い預言者」を、エレミヤが組み込んでいる最初の五節と、思考だけがエレミヤに再び現れる他の二節と、エレミヤには全く言及のないさらに五節とからこしらえなければならず、全章からこれらを恣意的に選び出した上で、エレミヤが用いないという根拠で、残りの不存在を論じる。しかしエレミヤは、エヴァルトが同時にその存在を認める節のうちの五つを、同じく用いてはいないのであり、他の二つにはごく遠くからしか言及していない。エレミヤがこれらの節の五つに言及しないことが、エヴァルトによれば、それらが当時存在しなかったことを証明しないのであれば、残りを用いないこともまた、それらについてそれを証明しない。

  2. エレミヤは、エドムへの刑罰の根拠として、その高ぶり以外には何も割り当てておらず、またこれらの小さな国々に関する預言のどれにおいても、ユダの未来については何も予告していない。これは、彼に、ここでの主題として割り当てられていなかったのである。彼は、エジプトとバビロンに対する預言においては行う。それらは、人の目には、ユダの存続が依存していた大帝国であったからである。そこで彼は、神が彼らを「追いやった」すべての国々を「全く終わらせる」が、ご自分の僕なる「ヤコブ」は終わらせない、と予告する。全体としてのユダの未来の運命は、これらの小さな国々にはかかっていなかった。おそらくこの根拠から、エレミヤは「彼らの」滅びとモアブとアンモンの回復を予告し、ユダについては沈黙するのである。さらに、これらの小さな国々すべての、ネブカデレザルによる直接の刑罰こそがエレミヤの預言の主題であって、ユダの手によるより遅い報いではなかった。ところが、これらの主題——エドムの刑罰の根拠としての、その「兄弟ヤコブ」に対するエサウの「暴虐」(Obadiah 1:15-16 でオバデヤは、その罪を述べた後、判決を繰り返す)、ヤコブの未来の拡大、そしてユダを通したエドムへのより遅い報い——は、エレミヤに言及のないオバデヤの節の大部分を占める。これは、エレミヤが言及しないオバデヤのほぼすべてについて、エヴァルトが「彼の」仕方で説明する部分についても、彼が説明しないままにする部分の大部分についても、説明を与える(仮に説明が必要だったとしての話であるが)。

しかし、全体として言わなければならないのは、神の預言者たちは、神が彼らに教えてくださったとおりに、以前の預言者たちのものを自由に用いる、ということである。彼らは、目の前に横たわる著作を単に書き直しているかのように、機械的に彼らを写したのではない。したがって、彼らが繰り返すことを良しとしなかった一切について、私たちがその説明を求められることもない。イザヤのモアブに関する預言の同様の使用において、エレミヤは最初の五節に何の言及もしていない。

  1. それどころか、「捕囚の民の中で書いた」のではなく、オバデヤは、捕囚がまだ始まっていないことを含意している。彼はユダとベニヤミンを、自分たちの土地にいる者として語り、彼らが四方に広がることを予告する。ホセアとアモスは当時、イスラエルの「王国」の最終的な破壊と十部族の離散を預言していた。これに応じて、オバデヤは二部族に、彼らが約束の地の空いた場所を占めるであろうことを予告する。このユダとベニヤミンの拡大との対比において、彼は既に捕囚にある者たちについて語り、彼らの回復を預言する。彼は、現在の捕囚の民の二つの集団について語る。「イスラエルの子らのこの軍勢の捕囚」「セパラデにいるエルサレムの捕囚」。これらについて彼はおそらくこう言う。「カナン人の間にある、ザレファトまでのイスラエルの子らのこの軍勢の捕囚と、セパラデにいるエルサレムの捕囚は、南地の諸都市を所有する」。この二つの捕囚の民の集団は、どちらも数において限られていたに違いない。

「セパラデにあるエルサレム」の者たち、すなわちリディヤ帝国の首都サルデスの者たちは、奴隷貿易を通じて移送されたような者たち以外ではありえなかった。

ユダヤ人がそこに公的に定住した唯一の機会は、ずっと後の時代、紀元前200年頃のことである。アンティオコス大王が、リディヤとフリギヤの暴動を抑えるために、「その先祖たちへの試み済みの忠実さと熱心な奉仕のゆえに」、メソポタミヤとバビロニヤから「2,000のユダヤ人家族を、その財産と共に、大費用をかけてそこに移した」のである。この移住は、土地の下付、10年間の貢納免除、人身および宗教上の保護を伴っており、それは開始された「離散」の継続「ではあった」が、捕囚ではなかった。彼らは、望めば自分たちの国に帰還できたかもしれなかった者たちの子孫であった。彼らは、彼らの先祖が、自分たちの土地での受ける分と引き換えに手放した一切のこの世的利益を享受していた。彼らが神の約束の対象として特別に選び出されるべき理由は、何もなかった。ユダヤ人は当時、至る所に離散しつつあり、あらゆる国において福音の未来の弟子あるいは迫害者となろうとしていた。一世紀前のセレウコス・ニカトルは、アジアと下シリヤにユダヤ人を見出し、そこに定住させたマケドニヤ人やギリシヤ人と同じ特権を彼らに与えた。ユダヤ人は彼の戦争を分かち合った。アレクサンドロスは、アレクサンドリヤにおいて、エジプトのユダヤ人に同様の特権を与えた。そのような時代においては、「セパラデの捕囚」はなく、リディヤ帝国もなく、そこにいるユダヤ人を、進んで祖国を離れたままの他のすべての者たちから区別するものは、何もなかった。

他方、預言者が、帰還のときのこれらの捕囚の民に割り当てる場所は、ユダの一部、「南地の諸都市」にすぎず、彼はそれを無人の地としては表していない。同様に、イスラエルに関するこれらの語が、「カナン人の間にある、ザレファトまでの」者たちと訳されるにせよ、「カナン人をザレファトまで所有する」と訳されるにせよ、いずれの場合も、預言者が語っているのは、非常に限られた数についてに違いない。彼が十部族あるいはその回復に関して語っていたのなら、その領土「エフライム、サマリヤ、ギルアド」を二部族に割り当てることはなかっただろうし、彼らにこれほど小さな一画を割り当てることもなかっただろう。捕囚の民のこの限られた数は、オバデヤが、正典における彼の位置が示すとおりに、ヨエルに近い時代に生きていたと仮定すれば、事態と正確に一致する。というのも、ヨエルは、ユダとエルサレムの子らをギリシヤ人に売ったことのゆえに、ツロ、シドン、ペリシテに神のさばきを宣告しているからである。オバデヤの語るこれらの捕囚の民は、おそらく一部はまだ売られずにサレプタにおり、一部はセパラデすなわちサルデスのギリシヤ人の間にいた。他方、ユダとベニヤミンが、彼が書いたとき、自分たち自身バビロンに捕囚となっていたのに、オバデヤが現在の捕囚、「イスラエルの子らのこの捕囚」「セパラデにいるエルサレムの捕囚」を、古い所有地にいるユダとベニヤミンと対比したであろうことは、考えられない。また、彼がイスラエルの小さな断片について、それが回復されると預言しながら、彼が預言したときに十部族が捕囚にあったのであれば、その全体を言外に置いたであろうことも、考えられない。さらに、「セパラデにあるエルサレムのこの捕囚」によってオバデヤが、彼自身がその中にいるような捕囚の民を意味する(これがエヴァルトのこの理論の全根拠である)可能性も、また何もない。その場合、彼はおそらく、慰めと帰還の約束を彼ら「に」語りかけ(他の預言者たちがそうするように)、彼らについて「だけ」語ることはなかっただろう。

数年後には、この理論は、過ぎ去ったものの中に数えられるだろう。オバデヤにおける思考の連結はあまりに緊密であり、彼の文体の特徴は、この短い預言全体を通してあまりに一様に現れるので、このように脱臼させることが許されない。彼の預言を通して、後のヘブライ語においてより頻繁に用いられたと、ただ言うことすらできるような、一つの語や形を挙げることは、どこにもできない。すべては、一つの独創的で、一様で、結合した全体である。

「オバデヤは」と、聖ヴィクトルのフーゴーは言う、「言葉においては簡素であり、意味においては多様である。言葉においては少なく、思考においては豊かである。『知恵ある者は、その言葉の少なさによって知られる』とあるとおりに。彼は、文字どおりにはエドムに向かって預言し、寓意においては世界を、道徳においては肉を責める。救い主の像を帯びて、彼は、彼を通して世界が滅ぼされ、彼を通して肉が征服され、彼を通して自由が回復される、その方の来臨をほのめかす」。「すべての預言者の中で」と、別の者が言う、「彼は、言葉の数において最も簡潔である。奥義の恵みにおいては、彼らと同等である」。

Adam Clarke's Commentary and Critical Notes on the Bible

Obadiah 1 Introduction

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God is here represented as summoning the nations against Edom, and declaring that his strongholds should not save him, Obadiah 1:14; that not a remnant, not a gleaning, should be left of him, Obadiah 1:5; that the enemy would search out his people, and totally subdue them; and that none of their allies should stand by them, Obadiah 1:6-9. He then enlarges on their particular offense, and threatens them with a speedy recompense, Obadiah 1:10-16. The Babylonians accordingly subdued the Edomites, and expelled them from Arabia Petraea, of which they never afterwards recovered possession. The remaining verses contain a prophecy of the restoration of the Jews from the Babylonish captivity, and of their victory over all their enemies, Obadiah 1:17-21. Some commentators think that these last verses were fulfilled by the conquests of the Maccabees over the Edomites. See 1 Maccabees 5:3-5, 65, etc.

Who was this prophet? where born? of what country? at what time did he prophesy? who were his parents? when and where did he die? are questions which have been asked from the remotest antiquity; and which, to this day, have received no answer worthy of recording. There is a multitude of opinions concerning these points; and their multitude and discrepancy are the strongest proofs of their uncertainty. All that seems probable is, that, as he prophesied concerning the destruction of Edom, he flourished a little before, or a little after, the taking of Jerusalem by Nebuchadnezzar, which happened about five hundred and eighty-eight years before Christ; and the destruction of Idumea by the same monarch, which took place a short time after; probably between 588 b.c. and 575 b.c., in the interval of the thirteen years which Nebuchadnezzar employed in the siege of Tyre, which he undertook immediately after the capture of Jerusalem.

Obadiah foretells the subduction of the Idumeans by the Chaldeans, and finally by the Jews, whom they had used most cruelly when brought low by other enemies. These prophecies have been literally fulfilled for the Idumeans, as a nation, are totally extinct.

Whoever will be at the trouble to collate this short prophecy with the forty-ninth chapter of Jeremiah, will find a remarkable similarity, not only in the sentiments and words, but also in whole verses. In the above chapter Jeremiah predicts the destruction of the Idumeans. Whether he copied Obadiah, or Obadiah copied him, cannot be determined; but it would be very strange if two prophets, unacquainted with each other, should speak of the same event precisely in the same terms. See the parallel texts, and the notes on Jeremiah 49:1 (note), etc.

John Gill's Exposition of the Bible

Obadiah 1 Introduction

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INTRODUCTION TO OBADIAH

The title of this Book, in the Hebrew copies, is usually "Sepher Obadiah", the Book of Obadiah: the Vulgate Latin version calls it the Prophecy of Obadiah; and so the Arabic version: and in the Syriac version it is, the Prophecy of the Prophet Obadiah. His name signifies a "servant" or "worshipper of the Lord". Who he was, what his parentage, and in what age he lived, are things uncertain. The Seder Olam Zuta (a) places him in the reign of Jehoshaphat: and he is thought by some to be that Obadiah that was one of the princes he sent to teach the people, 2 Chronicles 17:7. The ancient Jewish Rabbins take him to be the same with him that lived in the times of Ahab, and in his court, who hid the prophets by fifty in a cave, and fed them, 1 Kings 18:3; to which Aben Ezra objects, because he is not called a prophet, only one that feared the Lord; whereas to be a prophet is something greater. They also say he was an Edomite by birth, but was proselyted to the Jewish religion, and so a fit person to be employed in prophesying against Edom; and it is a tradition with them that his widow is the woman whose cruse of oil Elisha multiplied, 2 Kings 4:1. Some have been of opinion that he was the captain of the third fifty, whose life Elijah spared in the times of Ahaziah; and who upon that left the king's service, and followed the prophet, and became a disciple of his; so Pseudo-Epiphanius (b), and Isidorus Hispalensis (c), who say that he was of Sychem, a city of Samaria, and of the field of Bethachamar, or Bethaccaron. Others would have him to be one of the overseers of the workmen in the house of the Lord, in the times of Josiah, 2 Chronicles 34:12; to which Mr. Lively (d) inclines; though others, going according to the order of the books in the canon of Scripture, which is not to be depended on, place him earlier, and make him contemporary with Hosea, Joel, and Amos, as Grotius (e), Huetius (f), and Lightfoot (g): but he seems rather to be contemporary with Jeremiah and Ezekiel, with whose prophecies this agrees, as may be observed by comparing it with Jeremiah 49:1; and to have lived and prophesied after the destruction of Jerusalem by the Chaldeans; in which the Edomites, against whom he prophesies, had a concern; see Obadiah 1:11; though Dr. Lightfoot thinks these prophecies refer either to the sacking of Jerusalem by Shishak king of Egypt, 1 Kings 14:25; or by the Philistines and Arabians, 2 Chronicles 21:16; or by Joash king of Israel, 2 Chronicles 25:21; so that, upon the whole, it is not certain; and, as Aben Ezra and Kimchi own, it is not known in what age this prophet lived: Bishop Usher (h) places his prophecy in the twelfth year of Jeconiah's captivity. However, there is no doubt to be made of the authenticity of the prophecy; as may be concluded, not only from the title of it, and the solemn manner in which it begins; but from the matter of it, and the accomplishment of what is contained in it; as well as from the testimony borne to it in the New Testament, in which not only the book of the minor prophets, in which this stands, is quoted, Acts 7:42; but a passage in it, Obadiah 1:8; is referred to in 1 Corinthians 1:19; as is thought by some learned men. I have only to observe, that, according to Pseudo-Epiphanius (i), he died in Bethachamar, where he is said to be born, and was buried in the sepulchre of his ancestors; but, according to Jerom (k) and Isidore (l), his sepulchre is in Sebaste or Samaria; which remained to the times of Jerom, near those of the Prophet Elisha and John the Baptist. Monsieur Thevenot (m) says that John Baptist here lies buried between the Prophets Elisha and Abdias.

(a) P. 103. (b) De Prophet. Vid. c. 15. (c) De Vita & Mort. Sanct. c, 44. (d) In loc. (e) In loc. (f) Demonstrat. Evangel. Prop. 4. p. 290. (g) Works, vol. 1. p. 96. (h) Annales Vet. Test. A. M. 3417 or 587 B.C. (i) Ut supra. (De Prophet. Vid. c. 15.) (k) Comment. in loc. & in Epitaph. Paulae, fol. 59. M. (l) Ut supra. (De Vita & Mort. Sanct. c, 44.) (m) Travels, par. 1. B. 1. ch. 56. p. 216.

INTRODUCTION TO Obadiah 1

This prophecy of Obadiah is the least of the minor prophets, consisting but of one chapter; the subject of it is Edom, whose destruction is foretold, and is to be considered as a type of the enemies of Christ and his kingdom, and especially of the Roman antichrist. After the preface, the rumour of war, and preparation for it, which would issue in the ruin of Edom, are observed, Obadiah 1:1; because of their pride, confidence, and security, Obadiah 1:3; which should be complete and entire, Obadiah 1:5; notwithstanding their allies, who would deceive them; and the wisdom of their wise men, which should be destroyed; and the strength of their mighty men, who would be dismayed, Obadiah 1:7; and this should come upon them, chiefly because of their ill usage of the Jews at the time of Jerusalem's destruction, which is enlarged upon, Obadiah 1:10; and this would be when all the nations round about them would be destroyed, Obadiah 1:15; and then deliverance is promised to the Jews, who should not only enjoy their own possessions, but the land of the Edomites, wasted by them, Obadiah 1:17; and the book is concluded with a glorious prophecy of the kingdom of the Messiah, Obadiah 1:21.

Ellicott's Commentary for English Readers

Obadiah 1 Introduction

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OBADIAH.

Obadiah

BY

THE REV. ARCHDEACON AGLEN, M.A.

INTRODUCTION

TO

OBADIAH.

NOTHING whatever is known of the author of the shortest of all the prophetical books except his name. Obadiah, or, in its older and longer form, Obadiahu, means servant of Jehovah, and seems to have been as common among the Hebrews as Abdallah, a name of kindred formation and meaning, is to-day among the Arabs, for as many as twelve Scriptural persons bear it. The LXX. represent the name by Ἀβδίας or Ὀβδίας, the Vulgate by Abdias, Obdias, or Obedia. The prophet has been variously identified with Ahab’s famous officer (1Kings 18:3), with the Obadiah, Prince of Judah, whom Jehoshaphat sent with Zechariah, Micaiah. and others to teach in the cities of his kingdom (2Chronicles 17:7); with the son of Merari, a Levite, noted for his skill in music (2Chronicles 34:12); with the son of the Shunamite restored to life by Elisha; with the third of the captains sent by Ahaziah to capture Elijah. There is not a shadow of foundation for any one of these guesses, and the patristic tradition assigning him to the tribe of Ephraim, and fixing his abode at Bethachamar (or Bethacaram), in Shechemite territory, is as mythical as his grave pointed out in later times at Sebaste, by the side of those of Elisha and John the Baptist.

The only external guidance of any kind towards fixing even approximately the date of this prophecy is its place in the canon. An attempt at chronological order evidently directed the arrangement of the minor prophets. The discussion of the internal evidence for date and authorship offers a complicated problem, which will be better reserved for an Excursus. With this question must be reserved that of the immediate circumstances arising out of the relations of Israel and Edom, to which the book primarily refers, since it is so closely bound up with it; but the general purport of the prophecy is independent of these.

The long feud between the brother tribes of the Beni-Israel and the descendants of Esau, which began at the birth of the twin ancestors, and continued with varied fortunes down to the extinction of both as distinct nationalities, forms the subject of Obadiah’s vision. It is remarkable how large and complete a view we should have into the relations of the two tribes, even if this were the only extant record of them. Not only the close ancestral relationship and the bitterness of the rivalries that had so early divided Edom and Israel, but even the very nature of the desultory and protracted warfare that they waged, the tactics of the wild but wily sons of the desert, the caution with which they moved, the attitude of watchful neutrality they assumed when it suited them, and the skill with which they seized on the moment of Israel’s weakness, come clearly into view. We seem even to see the very gestures of the fierce hillmen, and to hear their words of scorn and derision (Obadiah 1:12-13). Their cunning diplomacy, overreaching itself, as is so generally the case (Obadiah 1:7), and their treachery, the more formidable because of the sagacity for which the tribes of Western Arabia were renowned (Obadiah 1:14; Obadiah 1:8-9), as well as the unrelenting spirit in which they pursued their object, and the rapacity which followed their victories, are all touched most vividly, though in single words. We are taken also into the mountain home of these warriors, and see them in their rock-hewn dwellings, perched like vultures on their inaccessible cliffs, vaunting their security, their wisdom, and their might (Obadiah 1:3-4).

But this graphic picture of the most virulent of all Israel’s foes is not presented in the mere spirit of an enemy and a rival. There was a higher purpose controlling the vision of Obadiah, and in this we see the true motive and power of prophecy, that far-stretching, lasting light, by which men behold more than the petty scene around them, a light which spreads over centuries of thought and over the life of nations. He speaks, indeed, exultingly of the destined overthrow of an enemy so bitter; but even in his exultation there is a tone of regret and sadness (see Obadiah 1:5, Note), equally suggestive, whether it be a touch of the far-off sense of brotherhood with Esau, or a hint of the Divine pity for the sinful and fallen, afterwards to shine forth in the Gospel. Compared with other oracles against Edom, this one bearing Obadiah’s name is singularly free from the spirit of unrestrained revenge (compare Obadiah with Isaiah 34:5, seq., Isaiah 62:1-6; Psalm 137:7-9). This undercurrent of regretful tenderness has led some commentators to conjecture that the author was himself an Idumæan. but we need no such conjecture. Occupied with larger interests than those of the immediate present, with his prospect widened beyond the horizon of Edom or Israel, though he addressed himself to the children of Jacob and Esau, and pronounced their doom, and consoled the nation they had injured with the promise of deliverance and restoration, the seer was able to rise above mere exultation in present triumph to the thought of the far grander course of events, in which the present fortunes of his own people and their enemies formed only an episode. It is not on Edom only that the Divine justice will assert itself, not for the salvation of Israel alone that the Divine mercy will be displayed. The “Day of the Lord” is seen to be near upon all the heathen, and in the magnificent utterance which concludes the short prophecy, “the kingdom shall be Jehovah’s,” we catch the promise of a large and far-off Divine event, and recognise the higher purpose by which the Hebrew prophets were gifted to look through the present into the future, from the needs of Israel to those of a world not yet born.

This promise of a widespread dominion has made the Book of Obadiah a favourite study with the Jews. “They read in his words the certainty, not merely of restoration to their own land, and the extension of their dominion over Idumæa and Philistia (see Obadiah 1:19), but of the downfall of Christianity, and the conquest by themselves of France and Spain. Naturally we ask for the explanation of so extraordinary an interpretation, and we find that it is a settled principle with the Rabbins that Edom is Rome, and the Edomites all Christians whatsoever. For reasons which will scarcely bear the test of criticism, they believe that Janus, the first King of Latium, was Esau’s grandson, and that the Latins were not Trojans, but Idumæans. To the same stock they refer all the early Christians, as if the apostles and first disciples were not Jews, but Edomites; and affirm that when Constantino made the Roman Empire embrace Christianity, it became Idumæan” (Bible Educator iv. 107). Accepting this as an established principle, the Jews very easily arrive at. the startling conclusions mentioned in the Notes (Obadiah 1:20-21).

The book divides naturally into three parts: 1, The general announcement of the pride which has prepared for Edom the retributive justice of God (Obadiah 1:1-9); 2, Enumeration of the practices of Edom against the brother tribe, and repetition of the doom about to fall (Obadiah 1:10-15); 3, The forecast of future salvation and glory for Zion, in which, though there is no mention of the Messiah, there breathes the same hope which no earthly grandeur could ever have satisfied, and which waits even yet for its entire fulfilment (Obadiah 1:17-21).

It is to be remarked that Obadiah uses many words or forms of word peculiar to himself, so that even this short writing gives him an individuality. The style is vigorous, and there is one image (Obadiah 1:4) of almost startling boldness, but the parallelism is too defective to allow the work to be classed with the poetical books. As a defect in style, the preponderance of interrogations may be noticed.

EXCURSUS ON NOTES TO OBADIAH.

ON THE DATE AND AUTHORSHIP OF THE BOOK.

OBADIAH has been placed as early as the beginning of the ninth century, antecedent to the prophet Joel, and by one commentator at least—Eichorn—has been brought down as late as the first century before Christ. The data for determining the problem are:—

  1. The identification of the siege and capture of Jerusalem, mentioned in Obadiah 1:11, with some one known historical event.

  2. The recurrence, in an altered order and form, of certain verses of this prophecy in Jeremiah 49

  3. A comparison of Obadiah with other oracles concerning Edom.

  4. There is no question that Obadiah 1:11 records a conquest of Jerusalem, which had already taken place. It is true that in Obadiah 1:13-14 the margin, “do not behold,” is the correct translation, and not “thou shouldest not” of the Authorised Version. But the tone of this warning makes it evident that the particular practices referred to are enumerated as being such as had been employed by Edom before, such as were customary whenever occasion offered. Obadiah 1:11—“In the day of thy standing over against, in the day of taking away strangers his forces (or substance), and foreigners entered his gates, and over Jerusalem cast lots, thou too as one of them “—is too general and indefinite to enable us to identify it with certainty with any one of the seven captures of Jerusalem mentioned in the Old Testament. But some of these we can eliminate. The capture by the Egyptian King Shishak in the reign of Rehoboam is excluded by the fact that at that time Edom was subject to Judah. Obadiah cannot be referring to the civil war between Joash and Amaziah, because he expressly calls the enemy that captured Jerusalem foreigners.

There remain—(1) The capture by the Philistines and Arabians in the reign of Jehoram (related in 2Chronicles 21:16-17); (2) by the Chaldæans in the reign of Jehoiakim (2Kings 24:1, seqq.; 2Chronicles 36:6-7); (3) the second capture by Nebuchadnezzar when Jehoiachin was taken prisoner (2Kings 24:10, seqq.; 2Chronicles 36:10); and (4) the final and decisive siege, which ended in the destruction of the city and general captivity.

There is much to favour the view that our prophet refers to the first of these. We know that Edom revolted from Judah during Jehoram’s reign, and though that monarch was able partially to recover his authority, it was never completely recovered. The Arabians mentioned as allied with the Philistines in a raid on his territories may have included the Petræan Arabs. From the account in Chronicles we learn that these marauders burst into the land, forced their way into Jerusalem, plundered the royal palace, and carried away the children and wives of the king, so that only the youngest son was left behind. If, as seems probable from the remarkable coincidence of language between this passage and Obadiah 1:10-17, Joel 3:3; Joel 3:5-6, they refer to the same events, numbers of the people also were made prisoners, and sold as slaves. On the other hand, the state of things indicated in Obadiah seems to demand a captivity on a much larger scale than even this. The concluding part of the chapter seems to refer to a catastrophe far more wide in its extent than the expedition in Jehoram’s reign. The re-settlement of the captives in their old possessions, and overflow of them into the conquered territory of Edom, points to a previous dispersion on a grand scale.

Altogether, it must be left as impossible to decide from this datum to which of the captures of Jerusalem the prophet refers. That he had some comparatively recent event in his mind is clear, not only from the general tone of the language, but also from the probable inference, from Obadiah 1:20, that he was himself among the captives. (See Note.) At the same time, from Amos 9:11-13 we see that he wrote with the fear of a repetition of Edom’s well-known practices in his mind. On the whole, from this doubtful historical reference alone, we incline to the opinion that our prophet’s is a voice raised during the early years of the exile, when the memory of Edom’s unbrotherly alliance with the Chaldæans was still strong and bitter, although the sight of them enjoying the fruits of their conduct in the lands of Judah had not destroyed prophetic hope, nor weakened the belief, which older oracles had pronounced, of a swift and terrible vengeance on this hated people.

  1. If the relation between Jeremiah and Obadiah could be satisfactorily ascertained, the question of the date of the latter would be settled. The forty-ninth chapter of Jeremiah contains an oracle about Edom, in which the earlier part of Obadiah’s prophecy is embodied. Out of the sixteen verses of which it is composed, four are identical in language with verses from Obadiah (Jeremiah 49:9; Jeremiah 49:14-16 correspond with Obadiah 1:5, Obadiah 1:1, Obadiah 1:2, Obadiah 1:3). A fifth embodies the substance of a verse (comp. Jeremiah 49:10 with Obadiah 1:6). In two other verses respectively of the two prophets the same thought appears (Jeremiah 49:7 and Obadiah 1:8); while the image in Jeremiah 49:12 is that of Obadiah 1:16. Add to this that the title which Jeremiah prefixes to his oracle—“concerning Edom, thus saith the Lord of hosts “—appears in a slightly changed form in Obadiah, after the proper heading—“vision of Obadiah”—in such a way as to confuse the construction (see Note). Now, of these two passages Obadiah’s has undoubtedly the appearance of being the original in form. It is almost inconceivable that a copyist should have culled here and there a sentence from a longer work, and woven them into a connected and harmonious whole like Obadiah 1:1-6. It was also so much in Jeremiah’s manner to incorporate and use, for his own immediate purpose, oracles about foreign nations which he found in older works (comp. Jeremiah 48 passim, with Isaiah 14, 15, 16; Jeremiah 49:1-6 with Amos 1:13; Amos 1:15; Jeremiah 1. with Isaiah 12, &c.) that we should suspect him to be the borrower in this instance. The passage in Obadiah, moreover, reads as the more ancient of the two. It is the more concise and abrupt, is rugged in comparison, and less polished, as we should expect in an older copy, has an irregular grammatical form where Jeremiah substitutes a regular (shalluach, Jeremiah 49:14, for Obadiah’s shullach, Amos 9:1), does not attempt an easy flow of verse or careful parallelism, and preserves an image which is among the boldest of even Hebrew poetry, and which is omitted in Jeremiah, though the omission makes the construction faulty, “Though thou exalt as the eagle, and among stars set thy nest, thence will I bring thee down, saith the Lord.” Jeremiah omits the italicised words, and so loses the direct antecedent to thence.”

These considerations lead to the conclusion that Obadiah did not copy from Jeremiah. The first part of the prophecy bearing his name must have been in existence before the date of Jeremiah’s forty-ninth chapter; but it does not follow that the whole, as it now exists, had. been written at that time. A later hand may have incorporated the earlier vision of Obadiah with fresh matter of his own; and there are indications that such was the case, besides the fact that the verses identical with those of Jeremiah are confined to the first portion of the book, viz., Obadiah 1:1-9. There is a correspondence between the latter parts and Joel—not so close as that of the first part and Jeremiah, not extending to whole verses, but confined to phrases and expressions—but still a correspondence so close and striking, especially considering the very small limits in which the similarities occur, as to warrant the conclusion of a dependence of one writer on the other. The originality of Joel will hardly be disputed. We are therefore brought to infer that the writer who left the Book of Obadiah in its present shape took the ancient oracle against Edom, of which Jeremiah also availed himself, for the first half of his work, and in what he added was indebted greatly to Joel. This hypothesis accepted brings the composition of the work as we have it within the exile period, but leaves it quite uncertain to what date in that period to assign it. The concluding words of the prophecy are an echo of Zechariah 14:9 (see Note), or at least belong to the same period.

But the question remains whether Obadiah was the name of this later editor, or whether it was the name of the older seer whose oracle he incorporated. The inscription leads to the second of these two conclusions. There is no reason to doubt that the first title, “vision of Obadiah,” belongs to the older part; the second heading, “Thus saith,” &c., which as it stands does not harmonise with the first, may have been inserted by some copyist to bring this oracle into similarity with the circle of oracles against foreign nations in Jeremiah, where the recognised introduction is of this form.

  1. The time to which we have assigned our prophecy brings it within the circle of well-known prophecies about Edom: viz., Ezekiel 25:12-14; Ezekiel 35:1-15; Isaiah 34, Isaiah 63:1-6; Psalm 137:7-9; Lamentations 4:21-22; Ezekiel 32:29; Ezekiel 36:5.

It has been noticed that the tone of Obadiah is not so fierce and vindictive as these. It is, however, quite in accordance with their general feeling. We should like to know more of this writer, who, commissioned with only one short message against one of Israel’s foes, delivered it with such incisive force, yet such moderation and self-restraint. We only know that, like him whose words he adapted to his own use, he too deserves the name “servant of Jehovah.”

Obadiah 1章 1

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Jamieson-Fausset-Brown Commentary Critical and Explanatory on the Whole Bible

無題

翻訳あり 本文を開く

オバ 1-21.

ユダ、すなわちエドムの兄弟に対する残酷のゆえに臨むエドムの滅びと、ユダヤ人の回復。

1. オバデヤ——すなわちヤハウェのしもべ。Abdeelおよびアラビア語 Abd-allahと同じ。

われわれは——わたしとわたしの民。

聞いた——(

イザ 21:10)。

ひとりの使が遣わされた——しかり、使、すなわち御使が、エドムに敵するアッシリア人(および後にカルデヤ人)を奮い立たせるためにすでに遣わされた。異邦人に対する使のメッセージの結果は、彼らが異口同音に「立ち上がれ、われわれも(結束した力で)立ち上がろう」と叫ぶことである。

エレ 49:14

はこれを引用する。

Barnes' Notes on the Bible

Obadiah 1:1

翻訳あり 本文を開く

オバデヤの幻——すなわち、「神を礼拝する者」の幻。預言者は、彼の名が示すところによってのみ、彼が神を礼拝した者であったことによってのみ、知られていたのであろう。彼はこの二重の標題において、預言が誰を通して来たか、また誰から来たかを、私たちに告げる。彼の名は、ユダヤ人の教会に対して預言を保証した。それ以後、彼は全く隠されたままであることを選んだ。彼はそれを「幻」と題する。預言者たちが「先見者」と呼ばれていたように(1 Samuel 9:9)。ただし彼が語るのは、彼が見た幻ではなく、その実質と意味である。おそらく未来は、彼の心の前に広げられた光景という形で彼に展開されたのであり、彼はそのことを、神から彼に与えられた言葉によって語ったのである。彼の言語は一続きの絵から成り、彼はそれを見たかもしれず、その絵の言語によって描写したのである。「預言が『ことば』と呼ばれるのは、神が預言者たちの内に語られたからである。同様にそれが『幻』と呼ばれるのは、預言者が、心の目と、それらが照らされる光によって、神が彼らに知らせようと望まれるものを見たからである」。この名はまた、彼らの知識の確実性をも表す。「私たちの感覚の器官の中で、視覚は、私たちの感覚の対象であるものごとについて最も明白な知識を持つ。それゆえ、真実であるものごとの観想は、その明白さと確かな確実性のゆえに、『幻』と呼ばれる。その根拠で、預言者は『先見者』と呼ばれた」。

主なる神がエドムについてこう仰せられる——この第二の標題は、続くすべてが神から出たことを述べている。直後に続くことは、オバデヤ自身の人格において語られているが、そのように語られたものであれ、神の人格において直接語られたものであれ、すべては等しく神のことばであった。神は、預言者たちの中において、あるいは彼らによって、この両方の仕方で語られた。2 Peter 1:21 「預言は決して人の意志によってもたらされたのではなく、聖なる人たちが、聖霊に動かされて語ったもの」だからである。オバデヤは、自分の預言全体に関して、他の預言者たちが神からの直接のメッセージを伝える際に用いる言葉を用いることにおいて、自分の預言の全体を、他のいかなる預言者が、神の語れと命じられたいかなる言葉について行ったのと同じように、神に直接帰している。これらの言葉は、すべての預言に対する規則である。すべては神から直接来る。

私たちは報告を聞いた——むしろ「うわさ」。文字どおりには「聞くこと、聞かれたもの」。イザヤが言うように(Isaiah 53:1)「だれが私たちの伝えることを信じたか」。「うわさ」は、それが来る権威に応じて、確かなものにも不確かなものにもなる。この「うわさ」は「主から」のものとして、確かに真実であった。複数形の「私たち」によって、オバデヤは、自分と、ヨエルやアモスのような自分の時代の他の預言者たち——彼らは、バラムやダビデのような、さらに早い者たちと共に、エドムに対して預言した——あるいは、神が彼にそれを知らされた、その民を、結び付けていたのかもしれない。いずれの場合にも、預言者は自分一人のために立ってはいない。彼は「預言者たちの麗しい交わり」の中で聞き、神の民は彼の中で聞く。イザヤがまた言うように(Isaiah 21:10)「私が万軍の主、イスラエルの神から聞いたことを、私はあなたがたに告げた」。

異邦人の間に使者が遣わされた——「使者」とは、神によって遣わされた、目に見えるものであれ見えないものであれ、すべての働き手のことである。戦争をかき立てようと望む人の勢力は、人の使いを遣わす。すべてのことは神の命令の下に立ち、神が用いるものすべて、また誰であれ、神からの使いである。神は、私たちに対して私たちの言語を用いられる。神は天使を用いたかもしれない。神が詩篇で言われるように(Psalm 78:49)「神は彼らの間に悪い御使いたちを遣わされた」。また、偽りの霊に与えられた許しを通して(1 Kings 22:21-23)、神はアハブの上にご自身のさばきを執行された。アハブは自分の自由意志によって、悪い霊を信じ、ご自身を信じなかった。同様に(Judges 9:23)「神はアビメレクとシケムの人々の間に悪い霊を送られた」。これは、神にそむく霊が、彼らの奴隷となっている悪い情欲をいっそう燃え立たせることによって、悪人どもの刑罰をもたらすことを許されたのである。悪い霊たちは、その悪意とそむきにおいて、征服欲をかき立てつつ、なお神の使いである。神がそれらを統治される限りにおいてである。パウロに対する(2 Corinthians 12:7)「肉の刺、彼を打つためのサタンの使い」が、なお神の賜物であったように。「それは私に与えられた」と、彼は言う。

立ち上がれ、我々も立ち上がろう——彼らを奮い立たせる方は「立ち上がれ」と言い、彼らは直ちにそのことばを唱え返す、「我々も立ち上がろう」と。神の意志は直ちに成就する。彼らは、自分自身の目的を成し遂げようと熱心であるうちに、ますます神の目的を成就する。第一の働き手が、人の情動であれ、それらをかき立てる悪い霊であれ、その衝動は、一人あるいは少数から多くの人々へと広がる。しかし、すべてが、彼らの間に投げ込まれた火花を捕らえる。召集は、即座の応答を見出す。「立ち上がれ」は、どのように与えられようとも、神の命令である。「我々も立ち上がろう」は、神の秘密の意志を勢いよく成就する、人の強欲、あるいは高慢、あるいは野心の、熱心な応答である。人が人に対して放ち、人に向かわせた虎が、自分の血への渇きを満たしつつ、その飼い主の意志を成就するように。こうしてイザヤは聞く(Isaiah 13:4)「山々の上の、大群衆のどよめき。多くの民の集まった国々の、騒がしいどよめきのように」。メディヤ人とペルシヤ人は当時、自分たちが、自分たちの知らない唯一の神の道具であるなどとは、何も考えていなかった。しかしイザヤは続ける。「万軍の主は戦いの軍勢を召集される」。そしてそれが成就したとき、クロスはそれを見、それを認めた(Ezra 1:1-2)。