Barnes' Notes on the Bible
Albert Barnes · 1834
Albert Barnes' Notes on Revelation Of St. John The Divine (New Testament, English original, public domain). Sourced from the Christian Classics Ethereal Library (CCEL). Public domain. Retrieval mirror: biblehub.com/commentaries/barnes.
- 翻訳進捗
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- 原文言語
- en
この詩篇には「ダビデの詩篇」という標題が付けられている。これはまた、救い主によって Matthew 22:43、ペテロによって Acts 2:34 においてもダビデに帰されており、標題の正しさを疑う理由はない。しかし、ダビデの生涯のどの時期に、またどんな機会に書かれたのかを決定するものは、標題にも詩篇にも何もない。アベン・エズラ(Aben Ezra)は、それが 2 Samuel 21:15-17 で言及される時のであったと考え、他の者たちはダビデの生涯の他の機会を選んできた。しかしこれらはすべて推測である。この詩篇は彼の歴史の中の何事にも特別な言及を持たず、それがまるごとメシアについての預言である以上、彼の生涯のいかなる時期にも作られ得たものである。
この詩篇は、メシアを指すものとして新約聖書の中で繰り返し引用されており、それがユダヤ人の間での慣習的な解釈であったこと、あるいはメシアに関する「証拠」として引用され得、論証の的確さと適切さが直ちに認められるようになることを示す仕方で引用されている。Matthew 22:44(Mark 12:36; Luke 20:42 を比較せよ)、Acts 2:34、Hebrews 5:6、Hebrews 7:17, Hebrews 7:21。それが引用されている仕方は、これがこの詩篇を解釈する、行き渡って受け入れられた様式であったことを示している。
しかし、この信仰は一様ではなかった。デウェッテ(DeWette)は、これがダビデ自身を指すと考える。ヤルヒ(Jarchi)はそれがアブラハムを指すと考え、ボルヘク(Borhek)はソロモンを指すと、ユスティノス・マルティル(Justin Martyr)とテルトゥリアヌス(Tertullian)はヒゼキヤを指すと考えた。ローゼンミュラー(Rosenmuller)を参照せよ。
新約聖書におけるこの詩篇のメシアへの適用はあまりにも明白で曖昧さがないので、私たちは、それが彼を指すように「意図された」という意見を擁護する義務がある。また、それが引用されている様式は、それが何らかの二次的な意味においてでもなく、いかなる「転用」の仕方によってでもなく、彼への本来の排他的な適用可能性を持っていたことを示している。解釈における正直さのあらゆる原則がこれを要求する。解釈自体の中に困難があるかもしれないが、それがメシアを指すという事実は、預言というものがそもそも存在すること、また旧約聖書の「いかなる」部分かがメシアへの言及を持つことが一度認められるなら、何の困難も含まない。新約聖書においてこの詩篇ほど明白に彼に適用されている旧約聖書の部分はなく、これほど自然にメシアを想起させる部分もなく、それが彼を指さないと主張するならこれほど説明が困難な部分もなく、それを彼に帰することによってこれほど明白になる部分もない。それゆえこの注解では、この詩篇がメシアへの本来の排他的な言及を持っていたこと、また啓示の友たちが、メシアであると主張し、新約聖書においてこの詩篇が適用されている方――主イエス――において、この中に含まれる預言の「正当な」成就があることを示す義務がある、と想定される。
この詩篇における考えは、メシアの高挙、征服、祭司職、支配である。二つのもの――メシアの王職と祭司職――が結合されている。主要な考えは、「祭司王」あるいは「王なる祭司」の考えであり、それはメルキゼデクの場合と同様、祭司と王という二つの職が非常に珍しい仕方と形で一人の人物の中に一つに結合されていた。通常、それらは世界の最も早い時代においてさえ別々であった。メルキゼデクの場合、それらは「結合されて」おり、それゆえ彼は、一見調和しないこれらの職を一つに結合すべき方であるメシアの適切な代表者として選ばれた。
この詩篇は次の点を含む。
I. 詩篇の作者によって自分の「主」として認められたメシアの、その高い職への任命。それは彼がすべての敵を服従させるまで保持されるべきものである Psalm 110:1。
II. 彼が任命された目的を達成するために必要な「力」を授けられていること Psalm 110:2。
III. 彼がその力をふるう日に、その民が「自発的」にさせられるという確信 Psalm 110:3。
IV. メルキゼデクの位に従う「祭司王」としての、その統治の特別な特徴。王と祭司の二つの機能をその御自身と職務の中に結合すること Psalm 110:4。
V. 彼の征服と勝利 Psalm 110:5-7。