パン
物ユダヤ人の間では一般に小麦で作られ、種を入れてこね、薄い菓子状にして焼かれました。
ユダヤ人の間でパンは一般に小麦で作られましたが(出29:2、士6:19)、時には他の穀物でも作られました(創14:18、士7:13)。炒った穀物が、他の調理なしに食物として用いられることもありました(ルツ2:14)。
パンは木の鉢または「こね鉢」でこねて作られました(創18:6、出12:34、エレ7:18)。生地は種と混ぜられ、丸形または楕円形の薄い菓子状にされてから焼かれました。過越の時に食べるパンは常に種なしパンでした(出12:15-20、申16:3)。町にはパンを焼くためによく用いられた共同のかまどがあり、職業としてのパン焼き職人もいました(ホセ7:4、エレ37:21)。彼らのかまどは現代のものと大きく異なってはいませんでした。しかし時には、火で熱した地面の上にパンを置き、燃えさしで覆って焼くこともありました(Ⅰ列19:6)。創18:6で言及される場面で、サラがパンを用意した方法は恐らくこれでした。
レビ2章には、ユダヤ人が用いたさまざまな種類のパンと菓子についての記録があります。(焼くを参照)
供えのパンは、毎安息日に用意され、金の机の上に温かいまま供えられた十二個の種なしパンから成っていました。それらは正方形または長方形で、イスラエルの十二部族を表しました。古いパンは毎安息日に取り除かれ、聖所の庭で祭司たちだけが食べることができました(出25:30、レビ24:8、Ⅰサム21:1-6、マタ12:4)。
パンという語は、「苦労のパン」(詩127:2)、「涙のパン」(詩80:5)のような表現で比喩的に用いられます。すなわち、悲しみと涙が日ごとのパンのようであり、人生の大きな部分を占めるという意味です。「悪のパン」(箴4:17)と「欺きのパン」(箴20:17)も同様に、悪と欺きが日常生活の一部であることを示します。