顔(御顔)
その他単に臨在を意味し、アダムとエバが主なる神の「御顔」を避けて隠れたことに見られる。
単に臨在を意味する。アダムとエバが主なる神の「顔[改訂訳では『臨在』]」を避けて身を隠したと記録されていることに見られる(創 3:8、同じヘブライ語が「臨在」と訳される出 33:14, 15参照)。「神の御顔の光」は神の恵みである(詩 44:3、ダニ 9:17)。「顔」はまた、怒り、正義、厳しさを意味する(創 16:6, 8、出 2:15、詩 68:1、黙 6:16)。「神の顔に向かって怒らせる」(イザ 65:3)とは、公然と神に罪を犯すことである。
ユダヤ人は神殿とエルサレムに顔を向けて祈った(王上 8:38, 44, 48、ダニ 6:10)。「神の御顔を見る」とは、神に近づき、その恵みを享受することである(詩 17:15、27:8)。これは聖なる天使たちの特権である(マタ 18:10、ルカ 1:19)。「イエス・キリストの御顔」(コリ二 4:6)とは、神の栄光を現された方であるキリストの職務と人格である(ヨハ 1:14, 18)。