ぶどうの木

動植物

パレスチナの最も重要な産物の一つで、教会とキリストをたとえるために用いられた。

ぶどうの木はパレスチナの最も重要な産物の一つである。最初の言及はノアの歴史に出る(創9:20)。その後、旧約と新約の双方でしばしば言及され、段々畑のぶどう園の遺跡は、ユダヤ人がこれを広く栽培していた証拠を示している。イスラエル人がその地を占領する前から、ぶどうの木はパレスチナで栽培されていた。モーセが遣わした人々は、エシュコルの谷から非常に大きなぶどうの房を持ち帰り、「棒に掛けて二人で担いだ」(民13:23)。エン・ゲディ(雅1:14)、ヘシュボン、シブマ、ヤゼル、エルアレ(イザ16:8-10、エレ48:32、34)、ヘルボン(エゼ27:18)のぶどう園は、エシュコルのぶどう園とともに有名であった。

教会はぶどうの木にたとえられ(詩80:8)、キリストはご自身について「わたしはぶどうの木である」と言われた(ヨハ15:1)。主はまた一つのたとえで(マタ21:33)、ご自分の教会を、ある家の主人が植え、周りに垣を巡らしたぶどう園にたとえられた。

ホセア10:1は、欽定訳の「イスラエルは空しいぶどうの木であり、自分自身のために実を結ぶ」ではなく、改訂訳では「イスラエルは生い茂るぶどうの木であり、その実を結ぶ」と訳される。

代表・関連聖句